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Episode88 青葉の提案

 昼休み、俺は弥生と青葉の二人と昼食を取っていた。

 まあいつも通りなので特筆する事はない。


 まだ暑さの残る屋上は相変わらず人が多い。

 これだけいるから余計暑くなるんじゃないかな。


「青空の元で食べるのはやっぱりいいですよね、暑くなければ」

「本当にな……暑すぎ……」


 でも俺の隣に陣取って弁当を食べている弥生は一切問題なんてなさそうに見える。

 タフだよなぁ……


「洵」

「な、なんだ?」


 不意に声をかけられた俺は噛みそうになりながら聞き返した。


「……あの事、青葉には話した?」

「え?」

「はい? 私ですか?」


 あまりに突然すぎて訳がわからない。

 どういうことだろう?


「そう、何か聞いたかしら?」

「……いえ、私は何も」

「それにしても、なんで急に?」


 コロッケに手をつけた箸が止まってしまっているくらいに俺は固まってしまっていた。

 弥生はどういう考えなのだろうか。


「青葉は無関係とは言えないわ。後から聞かされるより先に知っておく方がいいと思ったのよ」

「何の話でしょう……?」

「そうだな、青葉、真面目な話があるんだ」


 俺はいまいち事態が掴めていない青葉に事の詳細を伝えた。

 驚きを隠せないのか、青葉の口は小さく開かれたままだ。


「そう、なんですか……じゃ、じゃあ今のうちにどこか遊びに行きませんか?」

「え?」

「少しでも、楽しい思い出を残せたらな……って、私、変ですかね……」

「そうね、もう少し楽しみましょ」


 青葉の提案に弥生が同調する。

 確かに、一理あるかもしれない。俺はつい、どうにかしようとだけ思っていたけど……

 結局何も浮かんでなくて、行き詰まっていたのだ。

 もしかしたら側にいれば、何か掴めるかもしれない。これはわずかな可能性に過ぎないけど、諦めたくはなかった。


「そうだな、明日は土曜日だし、どこか行くか」

「決まりね。じゃ、誘える人何人でも呼んで遊園地とかでも行きましょ。お金はこちらが持つわ」

「わわわ、明日の何時くらいですかっ」

「十時くらいにしましょ、場所はそうね……」


 矢継ぎ早に明日の予定が決まっていく。

 しかし手放しで喜んでいられるほどの状況でもないのもあって、少し複雑な気分を心に残したままの俺はどこかうまく笑えないのだった。




 日が明けて土曜日。

 色々誘ってみたところ、だいぶ大所帯になった。

 まあそりゃあお金は弥生が負担してくれるのだから時間が許すなら来るよね。

 俺もそれなら喜んでいくと思う……ってどうでもいいか。

 俺たちは近くにあるそこそこ大きなレジャーランドに来ていた。

 今は入口前で一度集合している。


「みんな集まったわね」

「番号ー、いーち!」

「にー!」

「しゃ……さーん!」


 右から、海斗、園田、噛んだ青葉、そして俺なのだが……これ言った方がいいのか。


「こら、言えよな。空気読めないとこれから苦しむぞ?」


 常日頃から空気読めなくて苦しんでるお前に言われるとはな……

 俺は思わずため息をついてしまう。


「…………」


 今朝からずっと微笑みもしない宝生さんはみんなから少し距離をとったところでしかめっ面になっている。

 状況が状況だからだろうか。


「宝生さん、今日だけはリラックスして……」

「……黙れ」


 静かに拒絶を表す宝生さんが怖い。


「楽しむ時くらいは楽しんだ方がいいと思いますよ、美紗ちゃん」

「み、美紗ちゃん……!?」


 青葉にちゃん付けで呼ばれた事に慌てた宝生さんは珍しく頬を少し紅潮させて、恥ずかしそうに少し距離を離した。

 俺はそんな宝生さんに離れまいとついていく。


 余計なお世話かもしれないけど、今のままでいいとも思えない。だからこそ、俺から動こうと思ったのだ。


 今日は是か非でも側にいようと心に誓って、弥生や青葉にもその事は伝えておいてある。


 二人からの賛成ももらった俺は少し意気込んでいたりするんだけど。


「さ、とりあえず行こうか」

「おいおい、洵が仕切るとか俺は解せないぞー、ここは公平にこの我が!」

「お前は黙れっ!」

「ひゃぁぁあい!」


 なんて少し久々に見た海斗と須田のやり取りを横目に見ながら、俺たちはそれぞれ入場券を持って入っていく。


「各自自由で構わないわ。何かあったらあたしか洵に連絡しなさい」

「はーい」


 何人かで集まったりして、それぞれが人混みの中に紛れていく。

 何やらジェットコースターが見えたり、高くに上がってから落ちていくやつがあったり。あれは乗りたくない。別に怖いとかじゃないからな。


 とにかく、時間はたっぷりあるんだ。

 俺はそう思って大きく息を吐いて、隣に立つ素っ気ない態度のままの宝生さんを見つめた。


「お前か? これを企んだのは」

「違うよ、最初に言い出したのは俺じゃない」


 この敵意むき出しな感じ。

 どうにかならないかな……今だけでいいから。


「とにかく! せっかく来たんだから何処か行くぞ」

「全く……私が一体いつ行くと言ったんだ」

「いいからっ!」


 俺はもう半ば自棄やけになりながら宝生さんの腕を掴んで歩き出した。

 こうやって話してても仕方がない気がして、とりあえずどこかへ行こうと思ったのだが……


 冷静に考えれば……普通さ、手を振りほどいて逃げたりしない?

 何故か分からないけど宝生さんは一切逃げようとしない。

 試しにチラッと後ろを見てみると、まあ怖い顔をした宝生さんがにらみつけるように俺を見ているんだけど。


 急に立ち止まった宝生さんはやれやれ、といった表情をしていた。


「……はぁ。仕方ない、それにしてもどこへ行くんだ?」

「乗りたいのとかあったら言ってくれれば……」


 今の気持ちをとても分かりやすく言うと、ノープランでございます!

 いやね、どうしたらいいとかそういう事しかろくに考えてなかったせいで全然考えてなかった。


「連れていくなら何か考えておくべきじゃないのか……」

「はい、すみません……」


 ごもっともすぎて何も言えない。うう……

 しかしそうやって立ち往生していても何もないのだから、適当にどこか行こう、うん。


「よし、とりあえずアレ乗らないか?」


 俺は園内でもかなり目立っているジェットコースターを指さして言った。

 ってか途中逆さになってるけど大丈夫なのかな、言っておいて怖い。


「まあ何もしないくらいなら……行くか」

「よし、行こうか」


 俺たちは近場のコインロッカーに荷物を預けて、入口から伸びている行列の最後尾に着いた。

 看板には後30分なんて書いてあって少し気の遠い気分がするが……30分ならまだ優しいのかな。

 幸い、まだピークの時間ではないので混み具合としてはマシだと思うんだけど、何せ休日だ。

 まず一つは決まった事に俺は内心ほっとしていたりする。

 いや、今の間に今後のプランを練ろう、そうしよう。


「で、これを言い出したのは誰だ?」


 考えようと思ったらこれだよ。

 うまくいかないものだよなぁ。


 俺は事の経緯を一部ごまかしながら伝えた。

 青葉に勘付かれて問いただされたって事にしたのだけど……ごめん、青葉、こうするしかないと思ったんだよ。


「拷問でもないのにそうすぐに吐いてどうする……」


 などど宝生さんは呆れた様子でふう、と息をつきながらそう吐き捨てた。


 考え方が俺たちと違う気がします、この人やっぱり常人とは違うね。

 いや、ミリタリー好きとかなら違うのかもしれない……ってそんなことよりプランだ、今後の!


 ひとまず時間をとれる所をって……何で時間稼ぎみたいな事になってんだろ。

 まあリクエストがあれば沿う形で、自然とショッピングしたり適当にアトラクション乗ろう。

 そして少しでも楽しんでもらえるように青葉とかにも――


「……なあ、ちょっとばかし暑くないか?」

「ああ、そうだな……まあ外だし、残暑もあるからな」


 はい、また見事にさえぎられた。

 いや、仕方がないし、これも自業自得なんだけどさ。


「……なあ、今動くのって厳しいだろうか?」


 額に少し汗を浮かべた宝生さんが尋ねてくる。

 宝生さんなんだかんだ言って可愛いよな、って違った。


「ん? どうしたんだ?」

「いや、上着を脱ごうと思ったんだが……手荷物になるだろう?」

「ああ、そういう事か。じゃあ俺が代わりに行ってくるよ」


 俺は宝生さんが脱いだパーカーを受け取ると周りの方に一言謝ってコインロッカーの方へと駆けだした。


「そうか、すまない……ってなんでお前が!?」


 後ろからなんだか聞こえた気がするが、ちょっと一人になる時間が欲しかっただけなんだ。

 許せ、っていうか動くんだからせっかくなら感謝してくれ……ごめんなさい、調子に乗りました。


 走っている最中にふと頭上を見上げると、日はまだ昇っているようだった。

 そうだ、時間は十分にあるはず。

 こんなチャンス、そうそうないはずなのだから……俺はやれるだけの事をやらないと。

 あとプラン練らないと。


 コインロッカーに着いた所で、宝生さんの鍵を持っていない事を思い出して数秒悩み、結局俺の荷物の中に入れる事にした。

 一度気持ちを引き締めた俺は、宝生さんが待っているであろう列へと再び駆けだしたのだった。


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