Episode87 忘れていたこと
翌日、LHRで俺は大事な行事を忘れていたことに気が付いた。
「えっと、一年生の模擬店出店は無しでお願いします。では後はホーム長に任せますね」
担任である佐伯先生の言葉にクラスはざわつき始めている。
そして呼ばれて出てきたのは園田だった。
この前、ホーム長やらが替わる事になったのだが、園田は女子たちの強い要望によりホーム長になっていた。
つい一ヵ月前くらいはあの根暗って感じの園田がこんなことになるなんて。
人間分からないものだなと思ってしまう。
「分かりました。えっと……まず案だそうか」
「はいはーい! お化け屋敷とかー」
「うん、お化け屋敷……と」
「あ、私代わりに書きますよー」
「ありがとう、石田さん」
なんて爽やかに笑う園田である。
しかし奴のすごい所は、ああやっているのにも関わらずオタク趣味というのを包み隠してはいない所にある。
むしろ園田に合わせようとそちらの方向へハマっていく人すらいるそうな。イケメン怖い。
「定番だな……だがしかし、女子の喜ぶ声が聞こえるのならばそれも手かもしれぬな……あ、かわいい子限定で」
「最後の言葉で完全に崩壊したぞ、海斗」
暴落し続けている株が更に落ちている事を海斗は知らない。
いや、知らない方がマシな気がするんだ。本人にとっては。
「お化け屋敷、ですか……」
青葉がお化け屋敷とつぶやいたのが耳に届いて思わず、夏の肝試しの事を思い出す。
あの時、青葉は俺に告白の返事を迫ってきて、俺は素直に思っていた事を伝えた。
その時に繋いだ手の感触やらが急に蘇って恥ずかしくなった俺は赤面してしまった。
そんな俺に気がついて同じことを思ったのか、青葉は少し頬を朱に染めている。
と、とりあえず落ち着け、俺!
「んー、こんな所か……よし、多数決とりまーす、一人一回手を挙げてください」
俺が落ち着こうとしていると話がだいぶまとまったのか、クラスの催し物の多数決が始まろうとしていたのだった。
……それから先のことはあまり覚えてない。
確か、クラスの催し物が休憩所になったとかそんな感じだったはずだけど。
休憩所って催し物とは言わない気が……気にしないでおこう。
そして、LHRと終礼が終わると、俺は流れるように部室棟へと向かっていた……いや、抗ったのだけど。
正しく言うと、俺は拉致されたも同然だった。
少しぼーっとしていたら気付けば弥生、青葉、ティエルの三人が俺を包囲していて。
……で、連れてこられたわけだ。
略してもわかるよね、ね。
「拒否権ってないんですかね」
「ないですね」
即答。
……青葉さんそんなご無体な。
そんなこんなしているうちに部室棟へと向かう出入り口を出て、陽が射す中を部室棟まで歩いていく。
部室棟に入った俺たちは階段を上ってまっすぐ歩いた。
部室棟二階一番奥、ここが俺たちが所属しているJRC部だ。
少しプレートが取れかけてるんだけどこれ直さなくていいのかな。
「失礼しまーす」
「あ、来たんだー。うんうん、相変わらずの様子で何より」
俺が挨拶しながら入ると、猪崎先輩が茶化しながら出迎えてくれた。
「……出来れば助けて欲しいですよ、猪崎先輩」
「面白いから断るね。そうそう、猪崎じゃなくて名前で呼んで欲しいかな」
「ゆ、優衣先輩……」
なにこれ恥ずかしい。
そしてさりげなく助けは断られました。
「優衣せんぱーい、八重樫先輩は?」
「んー? ああ、陸? 部員増えて部活としてちゃんと続くからそれで色々と話があるんだとか聞いたけどねー」
「ということは、今日は遅くなりますの?」
「そうだねー。そもそも陸の事だし帰りそう……」
「八重樫先輩と優衣先輩はどんな感じですかー?」
「ええっ……改めて話すとなると恥ずかしいなあ……」
なんだろう、この珍しいくらいに食いつくティエルと青葉の質問攻め。
……まあ、俺からするとすごい助かります、そのまま頑張ってください。
俺はパイプ椅子に腰掛けてじっとしている弥生に声をかけてみることにした。
「弥生、大丈夫か?」
「……いや、何の話よ」
そういえば、こうして弥生と話が出来るのはレアケースらしい。
孤高の人ともなりつつあるらしい。
身長低いけど。あれ? 関係ないか。
「色々だけど……とりあえずは宝生さん、かな」
「そうね、今の所まだ問題はないわ。でも分からないのよ。そもそも気付けば家に居たりするし……」
一瞬だけぴくっと反応した弥生は少し不思議そうにそう言った。
まあ元暗殺者の宝生さんだから、気配を殺すくらいは簡単にしてしまいそうだけど。
「……何か手はないかな」
「止めるも何も無謀よ、全く……育ってきた環境から違うのに」
「仰る通りです……」
本当にそうなんだけど。
でもそのまま行かせたくはない。
確かに罪を犯してはいても……彼女自身が望んでやったことではないだろうから。
それに、仮に亡くなったとしてもそれで罪を償えるとは思わない。
しかし、このままでは行ってしまうに違いない。
何か手はないのか、逸る気持ちだけが俺の中で渦巻いていた。
多分、まだ時間はあるはずで。
……でも悠長にする時間はない。
九月十日、タイムリミットは着実に近付いてきているのだった。
「これ美味しいですね……あうう、食べ過ぎちゃう……」
「値段の割には十分ですわね」
「そうね、悪くはないわ」
「もう少し素直に言ってもいいんじゃないのか……」
俺たちは今、帰りに学校近くの洋菓子店を訪れていた。
結局の所、ひたすらガールズトークをしている中で俺が一人孤立しているだけという苦痛のような時間だった。
八重樫先輩とか海斗や須田はどこに行ったんだよ、もう。
この洋菓子店には販売スペースの他に、喫茶スペースがあるこのお店はこの辺りの学生にとても愛されている。
現に俺たち以外にも見慣れた制服をした女子高生やらが話に花を咲かせていた。
青葉の分は俺が奢る事にして、ここのイチオシであるスペシャルシュークリームなるものをみんなで食べていた。
一見普通のものに見えるがシュー生地から別物なこれは値段も比較的安いので実に助かる。
「ふう、洵さん、ご馳走様でした! いつもありがとうございます、そしてごめんなさい……」
「いや、謝らなくてもいいって」
なんだか申し訳なさそうな青葉を宥めていると、残り二人が俺をじーっと見ていた。
「どうしたんだ?」
「ご馳走様、洵助かるわ」
「え?」
そう言って席を立つ弥生。
ちょ、どういう事だ?
「お粗末様でしたわ。洵さん、恩に着ますわ」
「……え?」
弥生と同じようにティエルも席を立つ。
そしてすぐさま店を出ていって……いやいやいや!?
「ちょ、お金くらい払ってくれたって……っ!」
男として、こんな所でお金がどうこうなんて言うのは少し恥ずかしい気がしてきて思わず口を閉ざす。
「お会計千円になります」
「ご馳走様でした……」
「丁度千円ですね、ありがとうございました。またの御来店をお待ちしております」
会計を済ませた俺は慌てて外へ出て辺りを見回すが、二人の姿は見当たらない。
「……あいつらぁぁ!」
「ま、まあまあ……洵さん、明日にでも……」
すかさず励ましてくれる青葉が女神のように見えるよ。
それに引き換え、あの二人は……しかも弥生なんて大グルーブの令嬢だろ……
「あ、すみません、急用を思い出したので急ぎますね! それではまた明日!」
そう言って飛び立とうとして我に帰る青葉。
うんうん、周りに人いるからね。
というか普通に飛ぼうとするのが怖い。
青葉は少し恥ずかしそうに慌てて駆け出していった。
俺は青葉の背中を見届けて……羽が出そうになってますよー。
時刻は七時を過ぎた頃、少し暗くなってきた街中を俺は久々に一人でのんびりと歩いて帰るのだった。