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Episode85 皆で入ろうJRC部

 時間はお昼時。

 四限を終えた一年生たちは、ため息をついたりしながらもそれぞれ昼休みを過ごそうと分かれていく。


 いつもなら弥生の要望により屋上へ向かうのだが、今日は少し用事もあるために教室に集まっている。


 弥生の他に青葉がいるのはいつもの事だが、それにプラスでティエルがいるというのが今の状況だ。


 用事というのは部活の件。

 結局昨日はよくわからないまま終わってしまった事もあり、改めて部室へ訪れる事にしたのだ。それに、弥生も部活に入る事になったのもあった。


 しかし問題がある。

 今朝海斗から聞いた話をまとめると、二年二組の八重樫先輩はキレるとマジでやばい。

 いやもうなんと言えばいいのかわからないが、ひとまずやばい。


 八重樫先輩はそこそこに有名で、三年生や教師、学校全体が密かに恐れているらしい。


 そんな先輩と一緒の部活に入る、というこの状況がとんでもなく怖かったりする。

 あ、もう俺入ってるんでした。

 ティエルも入れるなら入れるでもうちょっとマシな部活にしてほしかったよ……


 なんて思っている内に校舎から出た俺たちは昼らしい暑さに包まれた外を少し歩いていく。

 目の前には大きな部室棟があって、俺たちの目的の場所はここにある。


 部室棟に入って、階段を上り、二階の奥へと進む。

 少し外れかけているプレートにはJRC部と書かれていた。


 そして部屋の前で俺は立ち止まってしまう。


 いや、普通に考えて怖いじゃん。学年一くらい恐れられてる先輩に会うとか怖いじゃん。


「ほら、早くするのですわっ」

「行くから、ティエルは押すな!」


 踏み出せない俺の背中をずんずんと押して急かすティエルさんは知らないだろうなぁ、先輩の事を。

 俺もまあほぼ知らなかったってのが本音なんだけどね。


「よ、よし……」


 コンコン、と軽くノックをしてみる。


 ここまで来ていないとなると本当に骨折り損なのだが……


「ん? あ、来てくれたんだねー!」

「ぐがっ!?」


 軽快な声と共に勢いよく扉を開けたことで、俺には予想外なダメージが及んでいたりする。

 特に鼻のあたりがとても痛い。


「あっ……ごめんね、大丈夫?」

「一応、大丈夫です……」


 ただしとても痛い。本当に痛い。

 申し訳なさそうな顔の先輩は昨日の事があったにも関わらずケロッとしている。

 も、もしかして……こやつも相当の手練れか……なんて冗談です。


「来てくれて嬉しいよ! えっと、お二人も入部希望なのかな?」

「あたしは神崎弥生、入部希望で来ました」


 一転、明るい表情に戻った先輩は目を輝かせていたりする。

 感情表現が豊かだなあなんて思ってしまう。


「青葉はどうするんだ?」

「私ですか…………そうですね、入ります」


 少し言いよどんだ青葉は、良くは分からないが弥生とティエルを交互に見つめてから再び口を割った。


「ええ!? 入るのか」

「嫌でしたか……?」


 なんだか今にも泣きそうな顔の青葉が俺をじーっと見ていて、こちらからすると妙な罪悪感でいっぱいだったりする。

 笑顔といい、なぜこうも断りがたい力を持っているのだろうか。


「やったぁぁぁぁ! これで部として残しておけるわっ! 本当にありがとおおおお!!」

「きゃっ!?」

「せ、先輩っ!?」

「はわわっ!?」


 感極まった先輩はみんなにハグしていっているようで、三者三様の驚いた声が聞こえる。

 なんだか面白――


「最後にっ!」

「……え?」


 なんだか柔らかい感触が突然伝わってきて……えーと、これはどういうことだ。

 こういう時は冷静に見よう、うん。


「……あ、えっ!?」


 冷静に見れるわけないよね。

 いきなり抱き着かれて落ち着ける訳ないよね。


「せ、先輩!?」

「なーに、このくらいアメリカとか行けばなんて事はないよー」

「そういう問題じゃないです!」


 なおも離れようとしない先輩をどけようとするが、先輩は石像の如く動こうとはしてくれない。


「はぁ……これだから、洵は」

「もう少し、考えてほしいものですね」

「洵さんったら……」


 ちょっと、周りの三名くらいから冷え切った目線で見られてるんですけど!

 俺悪くないよね!


「いやー、なんだか眠くなってきたからね……そのまま寝かせて?」

「冗談はいいですから離れてください!」


 離れてくれないと二つの意味で辛いんです!

 という俺の心の声が届いたのか、先輩は俺から離れた。


 上がってしまった心臓の鼓動を落ち着かせるだけで精一杯な俺をよそに、先輩は悪戯っぽい笑みを湛えながら何かを三人に言っているようだ。


 ……なんだか三人とも頬が赤い気がするのは勘違いだろうか。


「あ、ごめんね。さっきのはちょっとした実験だから、気にしないでね。さあて、ご紹介が遅れました、私は二年三組の猪崎優衣いのさき ゆいって言います、よろしくね! とりあえず立ち話もなんだから部屋入ろっか、どうぞー」


 なんだかよく分からないまま猪崎先輩はマシンガントークのような速さで自己紹介をあっさりと済ませて俺たちを中へと連れていった。




 それから俺たちも一人ずつ紹介を済ませて一息ついた頃、そういえばいつまでも来ないもう一人の先輩が気になってきた。

 色々と気になるので試しに聞いてみよう。


「猪崎先輩」

「なーに? まだハグしてほしい?」


 なんて小悪魔みたいな感じの仕草をしてくれる猪崎先輩のこういう面はスルーしておこう。

 気にしてたら終わる気がしないし。


「八重樫先輩は?」

「ん? あー、陸かー……そうねぇ」

「あ、あのっ」


 思案顔になりかけていた猪崎先輩に声をかけたの青葉だ。


「猪崎先輩と八重樫……先輩でしたか、は恋人同士とかですか?」

「あはははっ! ……いやーご名答、その通り」


 猪崎先輩は豪快な笑いをしたかと思えば、すぐ真面目なトーンで返事をした。


 まあ名前で呼んでたりする辺り何かあるのかなぁとは思ったんだけど、まさかこうも単刀直入に行くとは。


「ま、私たちの事はいいのよ、それより面白そうじゃない、どうなの?」

「え……俺ですか?」

「もっちろん! 小波君以外に誰がいるんだか」


 さっぱり話が読めないのだけど……


「たああ!?」

「ど、どうしたっ」


 急に声を上げたティエルの方を向くと、長机に顎を乗せるような座り方をしたティエルが悲痛な表情を浮かべていた。


「思いっきり机の脚にぶつけてしまいましたの……いたたた」

「どの辺りなんだ?」

「つま先の方ですのよ。あ、その……ありがとうございますわ……」


 ちょっと目に涙を浮かべたティエルは少し恥ずかしそうに何が起きたかを説明してくれた。

 なんだか周りの視線が少し怖い気がするんだけど、なんでかな。


「ど、どうしたんだよ弥生」

「何でもないわよ?」

「え……あ、ああ」


 何でこんな刺々しいのかなぁ。

 弥生は笑ってれば誰もが見惚れそうなほどなのに。


「洵さん……うう、これは思ってた以上に前途多難ですね……」

「青葉? どういう事だ?」

「洵さんは知らなくていいですー」


 なんて青葉にそっぽを向かれてしまった。

 さっきからさっぱり分からないんだけど……


 少し静まってきてどうしようかと思っていると、昼休みの終わりを知らせてくれる鐘の音が響いてくる。

 そのまま、流れるように俺たちは部室を出ていって部室棟を辞した。


「あ、放課後も来れたら来てねー」


 それだけ言い残すと、足早に猪崎先輩は校舎へと駆けて行った。


「……って、ここそこそこ遠いじゃんか!」

「そうね」

「そうですね」

「そうですわね」

「いやいや! 急ごう!」


 なんだこの謎で無駄な団結力は。


「どーせ休んだあたしは気に病むことなんてないわ」

「私もどーせ後から入りましたしー」

「それなら私もそうなりますわね」


 ……ですから、この謎の団結力というか。


「あーもう! 行くぞ、ほら!」

「無理に押さないでくれないかしら」

「ふふ、触れてる……」

「ほ、歩幅が合わなくなりますからやめてくださる?」


 ……もう放っておいていいですかね。

 そりゃ四人なんだから歩幅だって合わせなきゃ合わないし、何より時間がないってのにこの子たちの謎の団結が不思議でならないんだけど。


「いいからっ!」


 なんだか不満げな三人を無理やり押していきながら俺は校舎へと戻っていった。


 授業の時間にギリギリで間に合わなかったのは絶対に俺のせいではない。

 という言い訳は教師の耳に届かず、皆勤はおろか、皆出席すら俺は逃す羽目になるのだった。

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