Episode 84 部活について
次の日、いつもなら俺が学校へ行こうとしていると弥生が迎えに来てくれるのだが……
「あれ? 来てないな……」
何故か分からないが、まだ弥生は来ていないようだ。
少しくらい寝坊したのかなんて思ったが……そういや昨日怒られたことを思い出す。
それで怒ってもう行ってしまっているのかもしれないな。
それなら、のんびりしていても仕方ないから登校しよう。
そう思い、俺が玄関の扉を開けるとそこには――
「何? あなたはどういったつもりでここへ訪れてきたのかしら?」
「な、なんでもございませんわよ……おほほほ」
俺の家の庭に佇む制服姿でいつも通りの弥生がいて、その先には正座をするティエルがいたのだ。
とりあえず訳が分からないのだけど。
「や、弥生……何この状況」
「そうね、お話しているのよ。そりゃあ洵の家の前でうろちょろしている不審者がいたのだから」
「う、うろちょろなんてしていませんわ」
「通報してもよかったのよ?」
「うっ……」
なんだか虫が悪そうな顔のままティエルは言い淀んでしまった。
「まあ、そういうわけだから。行きましょ、構ってると時間が無くなるわ」
それだけ言い残すと弥生はすたすたと歩きだした。
少し待ってくれてもいいんじゃないかなー。
どうせ俺たちがいつも学校に着くのは十二分に時間が余るくらいなのだ。
前に遅れそうになった事から余裕を持つようにした結果、こうなったのだけど。
「そ、そうだな……ほら、ティエル立てよ、遅れるぞ」
「ありがとうございますわ……弥生さん、とっても怖いですわね……」
「それに関しては同意だよ……たまにマジで怖い」
ティエルが立つまで待ってから、俺は弥生の後を追った。
弥生の隣まできて、速度を緩める。
「それで、部活の件はどうするのよ」
「どうしようかな……」
不本意ながら、俺はあの部活に入部したことになっているのだが、どうやら部員の数が足りないらしい。
人数が集まれば、同好会や研究会から昇格して部活動として学校から認定される。
その人数が最低五人。あの先輩たち二人だけでは同好会という立場になってしまうのだ。
そして何故先輩があれだけ必死なのかというと、学校側から部活として認定されていないものは部室を与えられない、また没収されるというものだ。
というわけで先輩は死にもの狂いで勧誘を続けているようだが、未だに成果がなかったとのこと。
ティエルの独断とはいえ、俺とティエルの二人が入ればあと一人で部活動として認められる。
こうなってしまったからには、そう簡単に抜けるとは言い辛い。
「抜ける気が無いなら、あたしも入るわ」
「えっ?」
考え込んでいた俺に対して弥生は声をかけてきた。
確かに俺がそのまま残って、弥生も入れば無事部員は五人となり事は収まるというわけだ。
そう思えば悪くないのかもしれない。
ついでに部活動を続けた方が内申とかも良いって聞くし。
「あたしは洵に合わせるから、判断は任せるわ」
「分かったよ」
どちらかというと決めてくれた方が気楽だったりするのだけど。
それからもう少し歩いて、通学路の半分を超えた辺りだろうか。
ふと立ち止まった弥生は突然真剣な表情に切り替わった。
「どうしたんだ?」
俺はとりあえず尋ねてみる。
何かあったのかもしれないし、弥生の事は俺にも関係がある事が大半と言える……と思っている。
弥生はゆっくり再び歩き出すと、静かに口を開いた。
「そうね……美紗の事よ」
「あー……そうだよな」
弥生が呟くように言った名前を聞いて、俺も少し神妙な気持ちになってくる。
そう、今一番の問題とも言えるのだ。
タイムリミットがいつまでなのかも分からない。
しかし何もしなければ確実に宝生さんは俺たちの前から消えてしまう気がする。
あの時の言葉を思い出して、なおさらそう思ってしまうのだ。
弥生も、おそらくだが何か策が無いか考えてくれているだろう。
心配なのは分かるし、ついため息をつきそうになるのもよく分かる。
でも、人前でそんな顔をしていても良い事は起こらない気がするんだよな。
問題は先送りしているような気がしてくるけど、まだ時間はあるはずだから。
もう少し、考えよう。
そして、今は。
「弥生」
「な、何よ?」
虚を突かれてきょとんとしている弥生の顔はまだ少し暗かった。
残暑が厳しいのか、まだまだ照り付ける陽がとても暑くて眩しい。
「それはまだ時間があるはずだからさ、今は少しでいいから笑わないか?」
「……え?」
なおさらきょとんとしてしまう弥生が可愛いのですが色々と堪えます。
「宝生さんはまだ学校にも来ているんだろ? それならさ、出来るだけ明るく接さないか?」
「……そういう事ね。分かったわ」
そう言った弥生はふふ、と微笑んでみせる。
思わず悩殺されてしまいそうな破壊力抜群の笑みの弥生は小走りで通学路を駆けていく。
「ほら、早くしましょ? まったく……外は暑いんだから」
「そうだな、行こうか」
俺も弥生に合わせるように、通学路を駆けていった。
そのせいか、俺はむしろ汗だくになってしまうのだが……何故か弥生は涼しい顔で額にわずかな汗をかく程度なのだった。
俺は弥生と別れて自分のクラスへ入ると、先日大きな変貌を遂げた友人がいた。
「あ、おはようございます、小波さん」
「園田、おはよう。やけに爽やかすぎて少し不気味だよ……」
姉に鍛え上げられて変わった、などと聞いたが……正直そのレベルで済まないくらいの変化なのだ。
あの暗い雰囲気の青年はどこへやら、今や人当りのいい爽やかなイケメンとなっている。
思わずちくしょうと嘆きたくなってくるが、俺の境遇を知る人は俺に対して盛大な嫉妬を覚えていてもおかしくはない。
考えるたびに思うのだが、奇跡だよな……
普通に考えて有り得ない事が起きているんだから。
まあそのせいで男子からはあまり良く思われてないっぽいのが地味に辛いんだけど。
「園田君、おはよっ」
「あ、井川さん。おはよう」
俺が席に着いて少し休んでいるうちにも園田は話しかけられている。
これがイケメンパワーか。
そのまま談笑しているのを見て朝からイライラさえ覚えてしまいそうになるが、耐えなくては。
「園田、よっ」
「皐さん、おはようございます」
そう、あれくらい耐えないともっとイライラしかねないやつがいるのだから。
「洵、聞いたぜ」
「……何をだ」
なんとなく察しが付いたが、あえて尋ねてみた。
海斗はいつも通り、制服のカッターシャツの下にアニメキャラっぽいシャツを着ている。
そして俺が汗だくで登校してきたのを遥かに超える発汗量の海斗は、やはりどこか気持ち悪い。
カッターシャツがべた付いてるのもその一因なのだろうか。
「ティエルちゃんと同じ部活に入ったんだろ? 俺も入れろよ」
「いや、俺は入れられたわけであって……」
「そんな御託はいいんだよ! どれだけ些細でもとにかくお近づきになれるチャンスがあるならば何であろうとも掴みに行くのがポリシーである! そうさ、人間諦めなければ成せるのだよ! さあ、入部届を寄越せ!」
バンっと机を叩いて周囲から突き刺さるような視線を浴びている事も気にせず、海斗は俺に訴えかけてくる。
朝からクライマックスなほどにハイテンションな海斗さんの熱弁はスルーでいいよね。
「あのな、俺は別に部長とかでもないんだから……」
「だって部長はあれだろ? あのキレると鬼みたいな先輩だろ」
「……そんな有名なのか?」
もちろん知っている、と言わんばかりの海斗に俺はどんなものか聞いてみることにした。
「教えてやろう、八重樫陸の逸話をな……」
それから海斗に話を聞いた俺は、絶対にあの人を怒らせないでおこうと心に誓うのだった。
そういえばあの先輩は大丈夫だったのだろうか……