Episode83 陰
放課後。
掃除当番でも無い俺はまっすぐ家に帰りたかった。
まだ宝生さんの件についてどうすればいいのか自分自身分かっていない。
だからこそ、早く家で落ち着きたかったのだが……
何故こうも、歯車というのはずれていくのだろうか。
「さあ、早く行きますわよ!」
「わ、わかったよ……」
俺の前を先導していくのはティエル……ソフィー……なんとか。
未だに覚えてないのだけど気にしない。
「私……気になっちゃってます! どういう事ですか!」
そして俺の隣をついてきているのは青葉だ。
少し膨れっ面をした青葉は不機嫌そうに俺に尋ねてきている。
さて、まずは状況を説明しよう。
昼の続きで部室へ行こうというティエルに連れていかれていたら、途中で青葉に目撃されて俺はそのまま事情聴取されながら歩いているというわけである。
ちなみに俺に帰るという選択肢は無いらしい。無念。
「そ、そういえば弥生はどうしたんだ?」
「ああ、弥生さんは先生に呼ばれて……って話を逸らさないでください!」
なるほど、だからいないのか。
いつもすぐに来ているから、来ていないな、珍しいなんて思っていたのだけど。
「そっか、道理でいないんだな。ところで、青葉はどうしたんだ?」
我ながら白々しいにも程があるくらいにすっとぼけてみた。
「もう! それはこっちのセリフです!」
余計に膨れっ面になって怒りを表す青葉。
やっぱり可愛いと思うのだが流石にこれ以上はまずそうだ。
そんな青葉と俺の前にいるティエルは立ち止まってくるっと身を翻すとこちらを向いた。
「ふふ、わたくしから教えて差し上げますわ! 洵さんとわたくし、同じ部活に入ることにしましたのよ!」
何故か同じという部分を強調してティエルは堂々と言い放つ。
しかしまあ、その謎の度胸みたいなのは少し尊敬する。
何やら勝ち誇ったような笑みを湛えるティエルは再び前を歩き始めた。
「むー……なんて部活ですか?」
悔しそうにこれまた頬をぷくっと膨らませた青葉が面白い。
なんて言ったら怒られそうだけど。
「良く分からないんだけどさ、JRC部って言う所……そもそも俺は勝手に入れられたんだけどな」
わざと不満そうに先導するティエルが聞こえるような声で言ってみた。
こちらからすればいい迷惑である。程々にしてくれ。
「前に一度話した事があると聞きましたわよ?」
前を向いたままティエルはそう答えた。
「あれは無理矢理連れてこられたんだよ」
「つべこべ言わない、紳士でしょう?」
いつ俺が紳士になったのか。
問い詰めたいけど意味が無い気がする。
諦めよう、うん。
「……もう帰っていいか?」
「ダメですわっ!」
「あ、帰るならご一緒に……」
うんざりしてきた俺としてはもう構わないで欲しい。
これ以上問題を増やさないでください、お願いします。
「よし、俺は帰る! 止めても帰る!」
「あっ……待ちなさい!」
俺は引き留めようとするティエルを無視することにして早く校舎を後に……できなかった。
俺が振り向いた先には弥生が俺をジト目で見つめていたのだ。
あまりの剣幕に思わず体が硬直してしまう。
余計に厄介な事になる気配を察した俺は今すぐにでも帰りたかった。
だが、メデューサにでも見つめられたのか俺の体は石のように固まったままである。
「洵、聞いたわ」
そっと紡がれる言葉が妙に重たいのが怖い。
「な、なんでしょうか……」
ちなみに、ティエルと青葉の二人も固まっていたりする。
弥生メデューサおそるべし。
「まさか、私に無断で部活に入るなんて思わなかったわ」
「いや、それは……そのですね! ティエルが勝手に俺の分まで……」
「わ、わたくしはやっていませんわよ!」
「え!?」
まさかここに来て裏切られるというかもはやこれはハメられたというべきか。
流石にそれはないですよ、ティエルさーん。
「そうね……詳しく話を聞こうかしら」
あ、俺終わった。
今更弁解したところでどうにかなるのだろうか。
「……もちろん、嫌じゃないわよね?」
「さて、わたくしは私用がー……」
無表情で告げるこの言葉に対して否定なんてできるわけがない。
したところで無駄な気がするんだけど。
「逃がすか」
「はうっ!?」
そして青ざめた顔のティエルが逃げ出そうとするが、ここで逃がすわけにもいかない。
そもそもお前が元凶だし。
ちゃんと弁解して罪を認めてもらわないと、俺は無実なんだから。
「こ、こんな怖かったですの……?」
「たまにあるんだよ、とりあえず逆らわない事を薦める」
「何を言っているのかしら?」
「「な、何もないです」わ!」
ひそひそ話をしていた俺たちは弥生が怖くて慌ててしまう。
本当に高校一年の女子生徒が放つオーラなのかと思えるほどの気を放つ弥生に俺たちは萎縮しながら同行するのだった。
事情を事細かく尋ねられた後、ティエルに反省文を書かせるという弥生さんの行いがマジで怖い。
そしてなんで俺まで反省文書かないといけないんだろうな。
全く持ってわからない。
結局、あれから部室へと顔を出すこともなく下校時間を俺たちは迎える事になるのだった。
◆
「短い間になるな……本当に。最後に楽しんで終われるのなら、私は本望かな」
夕方、誰もいない公園のベンチに座ってぽつりと意味深な言葉を呟いた少女、宝生美紗の瞳はどこか悲しげだった。
「大罪を犯したのに何を今更……本当に女々しいものだ」
彼女が持つ紙きれには、英語で殴り書きがなされていた。
「しかし、思っていたより早かったな……そう簡単に諦めはしないか」
分かっていたことだ。
これも全て承知の上で、弥生の元へ行ったのだから。
「せめてもの救いは……まだ時間が、後少しある事だな」
殴り書きされた文字の中に、9/20と書かれている。
それまでがリミット。
時間が来れば全てが終わる。
世界すら脅かせた『フィーユ・アンサングランテ』も所詮は一人の少女に過ぎないのだ。
こちらの抵抗に備えて相手は数を揃えてくるはずなのは見え透いていた。
それ故に、少しだけでも世話になった人にはこれ以上関わらせたくはなかった。
「……ん? なら、私は何故あいつに事を話したんだろうか……今思えば理解できないな」
少し考えてみるが、答えは見つかりそうにない。
ベンチを立った少女は赤髪を夕日に重ねて、ひそかに暗くなり始めた街道を歩んでいく。
彼女の言葉の裏に、自らの本心が隠れている事にも気付かずに。
陰り始めた街は、まるで彼女を闇へと隠そうとしているようにも見えた。