Episode79 嫉妬
ベージュ色のふかふかなソファの上に、淡い桃色が溶けていく。
横たえた体をソファがそっと包み込むように受け止めてくれていた。
「……不平等ですわ」
天井を仰いだティエルから、憂いを帯びた言葉が紡がれる。
「そうならそうと、言ってくだされば良かったのに……神崎さん」
今日、休み時間に聞こえた「弥生と洵は付き合っている」という言葉を疑って、話を聞いた。
誰に聞いても、同じ答えだった。
信じたくなくて、何度も繰り返し繰り返し、聞き返した。
嘘だと思いたくて、認めたくなくて。
「さぞかし……見ていて滑稽でしたわよね」
真剣に話していたティエルを、弥生はどう見ていたのだろうか。
馬鹿なことを言っていると思っただろう。
現を抜かしていると思っただろう。
それならそうと、先に言えばよかったのに。
「でも、わたくしは絶対に諦めませんわ……こうなれば、多少無理があろうとも……!」
拳を握って、力強く言い放った。
ティエルが口にしたのは、決意の表れ。
順番は関係ない。
勝ち取ればそれでいい、そう教えられた。
でも、気がかりなのは弥生は自分よりも明らかにずっと裕福なのだ。
何もかも劣っている気がして、羨ましいを通り越した妬ましいという感情さえ身に覚える。
「まずは……そうですわね」
とにかく、どうするにも洵に、意中の相手に近づかなければ何も起こらないのだ。
洵に近づけば必然的に弥生にも近づく事になってしまうのだが……その点は我慢することにしよう。
しかし、何もなしに近づくにはあまりに不自然であり、変に思われてしまうばかりだ。
それで避けられてしまったら元も子もない。
「はぁ……」
つい、ため息をついてしまう。
クラスも違うから、余計に側に行き辛いのだ。
「あっ、そうですわ!」
生徒が自然に集まる方法。
それは何かを目指して共に動けばいい。
それなら……一つ、手はあるはずだ。
桜沢については玲音に調べさせてあるのでその中から役立つ事を見つけよう。
「決まれば動くだけですわっ! さ、頑張りますわよ!」
ぐっと力を入れて、息をつく。
落ち込んでばかりじゃ何もない。
だから、自ら動こうと思ったのだ。
こう思えるようになったのも……想いを寄せる、あの人の影響だ。
いつかは彼の隣に自分が居たい、そのための努力なら惜しむつもりはなかった。
ティエルにとっての初恋、それはそう簡単に事が進むようなものにはなりそうにないのだった。
◆
神崎邸では、菊池さんが主催のビンゴ大会が行われていた。
まともな景品があるわけではない。
でも、ある意味とてつもなく大きな景品ともとれる。
景品とは「誰かに命令を下せる権利」だからだ。
参加者はほぼ全員、海斗は危険との事で気を失ってもらっている。
それに伴って須田も見張ったりするために辞退をしているようだ。
「52番、52番ですよー。どうでしょうか?」
菊池さんがマイクで俺たちに番号を教えてくれている。
五十一ならあるのになぁ、なんて思いながら俺はカードを見つめる。
ちなみに俺は別に何もないというのに強制参加させられた。
というか、俺の両隣にいる二人が怖い。
この二人のやる気が尋常なものではないのだ。
そこまで必死になるのが良く分からないのだが……
「次ですね。えーっと、30です!」
「きゃぁぁ!」
「うお!?」
菊池さんが言った後に続くように大きな、悲鳴にも似た声を上げたのは弥生だった。
ついでに、思わずびっくりしたのは俺です。
「ふふ、リーチよ」
「弥生さんずるいです!」
「勝負は時の運、と言うでしょう? 青葉の運次第ね」
「ううう……」
勝ち誇った笑みを浮かべて得意げに笑って見せる弥生と、いかにも悔しいという顔で不満を口にする青葉。
頼むから俺を挟んで会話するのをやめてくれないでしょうか。
なんて言っても無駄なのであきらめます。
それから、数字は次々と出ていくが依然として誰一人あがることもなく、ビンゴ大会は進んでいく。
弥生はリーチのままで、青葉に関してはまだリーチもないようだ。
俺はというと……なんかダブルリーチになってたりする。
仮にあがってもどうしたらいいんだろうな。
57と10、この二つのどちらかが空けばビンゴになってしまう。
頼むから来ないでくれ……
檀上の菊池さんに、みんなの視線が集まる。
菊池さんの口が開いて、数字を告げられる。
「14番です! 流石に誰かあがりましたでしょうか」
「むぐ……空いたけどそこじゃないです……」
「あと一つになってから何でこうもこないのかしらね、早く来なさいよ、48番……」
なんて思い思いの言葉が隣から聞こえて、俺はどう接すればいいのやら。
ちなみに14番も空きまして、トリプルリーチです。やったねー。
「……当たったようだ」
「「ええ!?」」
すっと静かに立ち上がって出てきたのは宝生さんだった。
カードを壇上にいる菊池さんに手渡す。
って、宝生さんやってたんだ。
「確かに……ビンゴです! では、景品はどういたしますか?」
「け、景品か……何もないのだが」
「それなら保留しましょう! そして私が!」
「まだリーチにもなってないのに何を言ってるのよ、あたしに決まってるでしょう?」
二人が必死すぎて落ち着けないです、とても。
というか青葉だったら絶対に俺に何かさせそうな気がしてならないのだが。
「ダメですよ、みなさん、お嬢様も。景品は美紗ちゃんの物なんですから」
「な、名前で呼ぶなよ……」
気恥ずかしそうにしている宝生さんはとても珍しいものを見ている気分で、こちらからすると新鮮だ。
やっぱりああ見えても俺らと変わらない所はあるんだな、なんて少し親近感を覚える。
「あらあら、照れなくても。可愛いですね」
「な、なぁ!? 何を馬鹿げたことを言っている!?」
菊池さんが茶化すように言った言葉に宝生さんは頬を赤く染める。
赤髪のポニーテールを揺らしながら、宝生さんは声を張り上げて言った。
「はいはい。それで、景品はどうするのですか?」
さらっと受け流す菊池さんはやはりただものではないのだと思い知らされるようだ。
ほんと謎だらけだよなぁ。凄い人なんだけど。
「そうだな……誰か……」
宝生さんは俺たちの方を見回していく。
いつの間にか復活した海斗が熱い眼差しを送っていたが、あえなく須田に殴られていた。
この頃海斗の扱いがより酷くなってきてる気がする。
いいぞ、もっとやれ。
などと思いながら正面を向くと、丁度宝生さんと目が合った。
何やら、こちらをじっと見つめていて……俺は生唾を飲み込んでしまう。
と
「決めた。小波、来い」
こちらへと歩いてきた宝生さんは俺の腕を掴み、無理やり引っ張っていく。
「ちょ、うあああ!?」
「ま、洵!?」
「洵さん!」
急に引っ張られた俺の足が、椅子の足に引っかかってしまい俺はバランスを崩してしまう。
そして、目の前にいる宝生さんの方へと……
「危な……きゃああ!?」
俺を助けようとしてくれた宝生さんだったが、俺は勢い余ってそのまま突撃、あえなく二人ともカーペットの上に倒れてしまった。
頭がぶつかるような衝撃が身に襲ってきたと思えば、ズキズキと痛みがする。
「いてー……ごめん、大丈夫か?」
「ああ、このくらい問題は……っ!」
「そっか、よかった……ん?」
一度冷静に見よう。
今、俺と宝生さんは倒れていて……宝生さんの上に俺が乗っかるような形になっている。
そして、目の前にあるのは宝生さんの顔であって……目を丸くした宝生さんの紅い瞳には、戸惑ったような顔の俺が映りこんでいた。
つまりは俺たちはとてつもないほどに至近距離で見つめ合っているというわけで……
「は、早くどけ……」
「は、はいっ!」
俺は慌てて飛びのいて、立ち上がろうとする宝生さんの手を取った。
真っ赤になっている宝生さんというのは本当に新鮮というか……少し可愛い。
俺も顔が真っ赤になっていたりするんだけど。
「いだ!?」
何故か宝生さんに殴られました。
すごい痛い。
「と、とにかく来い!」
「だから無理に引っ張るなって!」
俺は真っ赤な宝生さんにぐいぐいと腕を引かれて連れていかれるのだった。
……弥生と青葉に睨まれたのは何でだろう。