Episode78 パーティーにハプニングはつきものです
\コンカイハナガメダヨ/
俺たちを乗せた車は、山沿いに道を走り抜けていき、開けたところに出てきた。
そしてまだ離れているにもかかわらず、その大きさはこの前来ていたペンションなどとは比にもならないほどの屋敷が一つ、そびえ立つように構えていた。
これでも数回は来たことがあるのだが、やはり何度見ても大きいし慣れない。
あと、個人的な理由なんだけど高成さん怖い。
車は静かに広い道を走っていき、これまた広い駐車場に停まった。
何台分あるのだろう、なんて考えてもキリがない気がするので数えたりはしない。
「お嬢様、お着きになりました」
「ありがとう、高橋」
「いえ、もったいないお言葉でございます」
グラサンの厳つい男の人が運転手をしているのだけど、普通に怖いです。
なんかそっちの関連の人なんじゃないかと思えるくらいだ。
「さて、洵、降りるわよ」
「ああ」
「洵さん、私と行きましょう!」
弥生に腕を引かれて、そのまま車を出――ようと思ったのだが次の瞬間、左腕を青葉に掴まれてしまった。
俺は予想外の事で思わず倒れてしまいそうになり、反射的に右腕をぐっと引っ張った。
「きゃっ!?」
「や、弥生っ!?」
俺が右腕を引っ張った事により、掴んでいた弥生はそのまま俺に引かれるようにして……
「変態っ!」
「いだだだだだ!?」
どうなったかというと、弥生の体が俺の上に乗っかるような形になったという感じだ。
丁度すっぽりとはまってるのか、弥生が俺の腕の中にいるみたいな状況になっている。
もちろん、俺は今ので一気に心臓が跳ね上がるような感覚を身に覚えていた。
何回かこういうのあったけどやっぱり恥ずかしい。
そして真っ赤な弥生に全力で頬をつねられたのだ。
「……むう」
「なんで青葉が怒ってるんだ?」
何故か青葉がぷくっと頬を膨らませて、どうやらご機嫌ななめな様子だ。
しかし良く分からないので、とりあえず俺たちは車から降りた。
屋敷の前まで来ると、さっきのコワモテさんともう一人の男の人が大きな両開きの扉を開けてくれた。
「どうぞ、お帰りなさいませ」
「ええ、ただいま」
通されて中へ入ると、やはり大きいし豪華絢爛、といった所だ。
大きなシャンデリアは相変わらず燦然と輝いていて、俺たちを照らしてくれている。
「す、すごいですわね」
「確かに……」
ティエルなんとか姉弟が感嘆を漏らしている。
そして俺の後ろでなんだかもう一人うるさいのがいる。
「うおお、流石は深窓のご令嬢たる弥生様! イメージを遥かに超える豪邸、まさにお嬢様! 万歳!」
何が万歳なのか、それが知りたいような、知りたくないような。
海斗はとりあえず無視の方向でいこう。異論はないと思うし。
弥生の前には、見慣れたメイド姿の女性、菊池さんがいた。
菊池さんは神崎邸に仕えるメイドらしいが、俺はさっぱりこの人が分からない。
須田も昔、小さい頃から一緒にいた、という事以外に彼女の事はよく分かってはいないようなのだ。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ええ、菊池、準備はできているのかしら」
「もちろん、滞りなく」
「流石ね、じゃあみんなを通しておいてくれるかしら?」
「かしこまりました」
流れるような会話を終えた弥生は軽く俺たちに会釈をすると階段を上がっていった。
「それでは皆様、参りましょうか。こちらでございます。あ、佑佳ちゃんは私の横にでも」
「だから名前で呼ばないでくれっ」
俺たちは菊池さんに促されて奥へと進んでいくと、茶色い大きな扉が立ちはだかっていた。
菊池さんと須田が扉を開けて部屋に入ると、そこらのホールなんかよりも一段と広く、中央には何十人も座れる長テーブルが置かれている広間だった。
というかどこも広いと言ってしまうとおしまいである。
壁には骨董品や絵画が飾られており、どうやらここは客間のようだ。
俺から見て、客間だけで住めそうな気がするくらい広い。
外観がバカみたいにでかいだけはあるようだ。
「お荷物をお預かりいたします」
メイドさんたちが出てきて、俺たちの荷物を持って行ってくれる。
ああ、VIP待遇ってこんな感じなのかな。
「では、お嬢様がいらっしゃるまでお待ちくださいませ。そちらのお菓子はご自由にお食べください」
「分かりました、ありがとうございます」
「いえいえ。それでは」
それだけ言うと菊池さんは礼をして、部屋を後にした。
さて、残された俺たちはどうしようか。
「ひゃっはぁぁ! 広いぜ、こんなにも広いぜ! もう俺ここに住みたいんだけど! 洵、お前から頼む!」
「んなもん出来る訳ないだろうが!」
「まあ部屋はいくらでもあるけどな……ただ、弥生はお前の事を良く思っていない。まずここに招かれているだけ光栄に思う事だ」
俺のツッコミに続いて、真面目に厳しい事を言うのは宝生さんだ。
そういえば宝生さんもここに住んでいるんだっけか。
つい先日までは殺そうとしていた相手と、まさか一緒に住んでいるなんておかしい話だ。
それにしても弥生が遅いようで、まだ姿を現さないようだ。
早く来てほしいんだけどな……主に隣の青葉が理由だけど。
「洵さーん!」
「青葉、そんなくっつかないでくれ、恥ずかしいし動きにくい!」
いや、いくら宣言していたとはいえここまで大胆になるのもおかしいと思うんだよ。
とはいえ、男として嬉しくないわけがないので、やんわりとしか断れないのだった。
俺、情けないなぁ……
「そういえば、あの二人は?」
「あの二人? ああ、いるぞ? ほら、あそこでボーっとしている」
「ほんとだ……」
須田に指をさされた先を見ると、口をポカーンと開けた双子の容姿端麗な姉弟が長テーブルに座って固まっていた。
なんだか石像みたいで見てて面白いのでそのままにしておこう。
ついでにその脇でお菓子をひたすら貪っている海斗はもう完全にスルーで。
「洵さん、見てください!」
「どうしたんだ?」
「さあ、お待たせいたしました! お嬢様どうぞ!」
青葉に言われて向いた先には小さなステージがあり、おめかしをした女性が声高らかにそう言った。
そしてステージの脇のカーテンから現れたのは、黒を基調としてところどころに白いフリルなどが取り付けられたドレスを身に纏う弥生だった。
……こういうのって何て言うんだっけ?
「何でここまで大事にするのよ……」
「弥生様のゴスロリ姿ぁぁぁ! そして罵られたい! お願いします!」
そっか、ゴスロリっていうんだっけ。
略さずに言うとゴシックロリータ……だったかな。
「いい加減にしろ!」
「あひゃあん……そこはだめぇ……」
「ええい、皐は黙れ!」
「ああああ、どこかに行っちゃう、だめぇぇ!」
宝生さんの一発と須田の一発の計二発により海斗はもれなく撃沈している。
とりあえず気持ち悪い声を出さないでほしい。そしていい加減学べよ。
「日本の男はこんな奴しかいないのか……まったく」
「いや、海斗を基準にされても困るんですが……」
まさに偏見というか。
海斗は例外の人類であると言っておきたい。
「弥生さん可愛いですね……」
「確かに、すごい似合ってるし」
「……うう、そういうのは期待していなかったです」
なんだか複雑そうな顔をした青葉が呻くように言った。
何か間違えたかな?
こつ、こつ、と一歩ずつ弥生が近づいてきて、俺の目の前で立ち止まった。
なんだか自慢げに見える表情をしているが、すこし不安そうな感じもしている。
「ま、洵……どう?」
「どうって……めちゃくちゃ可愛い、かな。似合ってて、これは弥生のためにある、みたいな……そんな感じがする」
「そ、そう……よかったわ」
今回は我ながら上手く言えたと思うんだよね。
バリエーションが他に無いのが欠点なんだけど……お嬢様が出るドラマとか見ておいてよかった。
弥生はくるっとターンをするとサラサラの金髪を流していきながらテーブルへと着いた。
そういえば席に着くの忘れてた。
「姉さん、何あれ、もはやお人形さんみたいだよ」
「え、ええ……そうですわね。わたくし、今日はもう帰ろうかしら……」
「えっ、帰っちゃうの?」
「今日は帰りますわ。玲音はここに居たければいるといいですわ。皆様、ごきげんよう」
突然、席を立ったティエルなんとかさんは俺たちに一言だけ伝えると荷物を持って部屋を出ていった。
弟の方はどうしたものかと戸惑っているようだ。
「帰っちゃったわね」
「そうだな」
「えーっと……僕はいてもお邪魔じゃないですかね……?」
控えめな笑顔で恐る恐る尋ねてくるイケメンのティエル弟。
イケメンというのはすごいもので、色んな動作一つ一つが絵になるのだ。
この、イケメンめっ! 羨ましい!
……自分が嫌になりそうだからそっとしておこう、うん。
「問題ないわ」
「……みたいだから、好きにしてくれて構わないよ」
「そうですか、ありがとうございますっ」
イケメンスマイル。
イラッ……じゃなかった。
「さて、一人抜けちゃったけど……始めましょう」
「パーティですね!」
「そういえば昔、こういう場での暗――」
「宝生さんストップ!」
絶対に今、物騒な事を言い出そうとしていたに違いない。
宝生さん過去がブラックすぎるよ……
「悪かった、つい、な」
「まあほどほどに気を付けてくれればそれで……」
「済まない、ありがとう」
宝生さん侮れないなぁ。
というかキャラが濃すぎるよな、ここのメンツは。
俺だけが平凡で薄いんだから場違いな気がしてならないよ。
「せっかくですから、ビンゴでもしましょうか」
「菊池、何を考えているのよ……」
「そうですね、一番に上がった人は何か一つ、誰にでも命令を下せるというのはどうでしょう」
なんだか意味深な笑みを浮かべた菊池さんはすごい楽しそうだ。
ちなみに、菊池さんも着替えていてとても眩しいほどに綺麗である。
「やります!」
「ちょ、あたしもやるわよ!」
威勢よく青葉が手を挙げると、弥生も慌てて手を挙げた。
不穏なものを感じるのは俺だけだろうか。
「はーい! 俺もやります! 勝って弥生様や青葉たんにあんなことやこんなことを……」
突然復活した海斗は誰よりも元気よく手を挙げて参加を表明している。
正直それだけは色々と許されないと思う。いざそうなったら俺が止める。
「須田、あれしめていいわよ」
「かしこまりました」
須田は拳を構えて臨戦態勢をとっている。
あ、海斗ご愁傷様です。
「ちょっと待って、それは卑怯だと思うんだ! 正々堂々と運に委ねようではないか!」
「お嬢様の命令だから、貴様に権利はない」
「何それ、理不尽じゃない!?」
……この後、海斗が二度目の撃沈を迎えたのは言うまでもない。
そして、何やら不穏な気配が嫌ほど漂うビンゴ大会が、もうすぐ開かれようとしていたのだった。