Episode77 三章プロローグ
三章突入、大波乱の幕開け!
と、なればいいのですが。
全盛期のような暑さは少し和らいだものの、残暑によりまだまだ暑い日が続いていた。
今日も例に漏れず、真夏のような太陽が照りつけていた。
学生たちはそんな暑さに悶えながらも、外で走っていたりしていた。
何だか慌ただしかった八月が過ぎて、九月。
二学期が始まり、夏休みボケをしている人が大勢いたのだが……波乱が起きていたせいで、それどころではなかった。
私立桜沢高校の一年に転校生が三人も来たと言う話で、学校中は騒然としていた。
さらにそのうち二人はとんでもなく可愛いらしく、残る一人は男なのだがこれまたイケメンという噂だ。
いや、噂も何も……俺自身驚きに驚いているのだが……
その転校生三人、いずれも俺の知り合いなのだ。
まあ一人は見ただけに過ぎないのだが。
「なかなか学校の制服というのは着慣れないものだな……」
「ま、まあそのうち慣れるよ、きっと」
俺はあなたにまだまだ慣れませんが。
さっきから紺色のスカートに触れては体を揺らしているのは燃えるような赤髪ポニーテールと左目の眼帯が特徴的な少女、宝生美紗さん。
聞いて驚くなかれ、彼女は元殺し屋で裏の世界では名の知れた殺し屋だったらしい。
弥生が狙われて、一時は本当に殺されてしまうかと思ったが、弥生の説得により無事に済んだ。
そして改心したのか、弥生のお屋敷で住んでいるらしく、この度は神崎グループが携わっている桜沢に入学したとのこと。
形式的には編入学、という形らしいが……神崎グループの力ってなんなのだろう。
「ま、洵様! わたくしを置いていかないでください!」
「いや……別に急いではないけどな」
「ちょ、姉さん急に走らないでって!」
俺たちに向かってとてとてと走ってくるのは桃色の髪がとてもインパクトとなっている、アイドル顔負けの少女、ティエル……なんだっけ。
彼女はついこの前、イギリスから日本に帰ってきたところで桜沢には正式に編入学したというわけだ。
一学期の時に出会ったと思うんだけどな……
その後ろには茶髪のどこから見てもイケメンな……えっと、確か山吹玲音だったか。
「まあまだ時間はあるわね」
「なんか少し緊張してきたけどな」
「大丈夫、旦那様はお前の事を信用しているから」
その信用が重たいんだよ!
さて、俺の右隣でちょこんと立っているのは太陽に照らされてまばゆい輝きを放つ金髪をシュシュで束ねてツインテールにしているのは神崎弥生だ。
絶世の美女、なんて言われたりもするくらいに綺麗で、俺とはワケあって恋仲みたいな形になっている。
神崎グループは有数の大グループだとかなんとかで、弥生は深窓の令嬢、みたいな感じだ。
須田は……俗に言う男の娘だ、うん。
雑とか言わない。
そういえば執事だった。
「ふっふっふっ……我はついに弥生様の邸宅にお邪魔させていただける権利を手に入れたのだ!! フハハ……そこらの学生どもがまるでアリみたいだな! 誠に愉快である! 絶景かな、絶景かな!」
「……これ、必要あるかしら」
「……情けだよ」
なんか喚きちらしているのは、言わずもがな校内でもトップレベルの変人として有名な海斗だ。
もはや人から避けられる存在になっている事にいい加減気付いてくれ。
「すみません、少し遅れてしまいました!」
「ううん、問題ないわ。さ、車に乗りましょ」
「はい!」
快活な返事をする元気たっぷりな青葉の切り揃えられた銀髪がほんと眩しい。
そういえば、青葉のトレードマークである背中の白い羽が見当たらない。
「青葉、羽はどうしたんだ?」
「ああ、実はですね……」
「うちの科学力よ。まあ正直言って科学力という言葉で締めくくるのもおかしい気がするけど」
つまり、弥生の家の方で羽を消した……のだろうか。
まだ事態がつかめなくて俺は首をかしげてしまう。
「あ、出せますよ、ほらっ」
「うお!? マジで出た、何これ!」
「脳波を読み取るんだったかで、意思で動かせるみたいです」
「すごいな……その技術……私も一度見てみたいものだよ」
それにしても出したり消したりできるってどういう事なんでしょう。
正直言って意味がわからない。
まあ、それで青葉に問題はなさそうだし、深くは考えないようにしよう。
「ほら、立ち話はいいから」
「ああ、そうだな」
それぞれがこの前乗った大きくて長い黒色の高級車へと乗り込んでいっている。
と、俺の隣には青葉と弥生がいて……って、なにこれデジャヴかよ。
「あのー……動けないんですがー」
「そうね。じゃあ行きましょうか」
「置いていくのはダメですよ、一緒にです」
なんか二人が怖いなぁ。
軽井沢に行って以来、二人が変わってる気がしてならない。
そりゃあ青葉は俺に告白してきたわけであり――丁重にお断りしたのだが――まあ、本人いわく「まだ諦めていない」との事だから……ここは一歩譲ろう。
それにしても弥生まで変わったのがおかしいと思うんだよな!
「さ、早くして」
「分かったから、無理に引っ張るな!」
ぐいぐいと二人に引っ張られていき、俺たち三人も車内へと乗り込んだ。
そして二人と俺の距離というのは妙に近い。
実際、この座席は三人分といえど積めれば五人は乗れるくらいに広い。
なのに、一人分の場所に三人が詰め詰めになっているのだ。
正直言いまして苦しいです、とても。
ティエル……なんとかさんは、そんな俺たちをじーっと見つめていた。
真面目に、名前覚えよう、俺。
「ど、どうしたんだ?」
むしろ俺がどうしたと聞かれたら何も言い返せない自信があるぞ!
「むう……許せないですわ……」
「え?」
何が許せないんだろうか。
気になるけど、ティエルなんとかさんは窓の方を向いてしまったので多分聞くだけ無駄だろう。
「洵さん、洵さん!」
「わかった、わかったからそんなぐいぐい引っ張るなって!」
青葉の方を向くと、青葉はぱあっと笑顔になって可愛い……じゃなかった。
つい見惚れるくらい可愛い子がとてもとても多い気がするんだよな、ここ。
「なんで俺様だけが前に座らされているんだよ!?」
「バカがうつるから騒がないで」
「うう……いや、弥生様に罵られるのならそるもまた本望なりけりぃ……」
お前はどの時代を生きてるんだよ。
っていうか危ない方向に目覚めてて怖いよ。
「気色悪い、死ね!」
「宝生さん、殺しちゃダメだから!」
拳を構えた宝生さんは本当に殴り殺してしまいかねないような風格が漂うんだから笑っていられない。
いや、たまに殺意すら湧く気分はとてもよく分かりますよ?
「だがしかし……こいつはっ……」
「須田、宝生さんを止めてくれ!」
「ああ。宝生、落ち着け! 私たちはもう何ヶ月か耐えているんだから!」
……ここまで来ると海斗に同情しそう。
さりげなく傷口をさらに抉られているだろうな。
「ああ……言葉攻め……それもいいな……」
「むしろ逆効果かよ!」
いや、ほんと変態だわこいつは。
恍惚な表情で海斗はクネクネしているのだがとても気持ち悪い。
「仕方ない、私から制裁を下そう。喰らえ!」
「痛いけど嬉しいいいいっ!」
気持ち悪い声を上げている海斗はもう放っておこう。
須田が気を失う程度にやってくれるだろうし。
「……個性的な方が多いですね」
「それはわたくしも同意ですわ」
山吹とティエルが呆れるように呟いた。
まあそうなるよな。
……ん?
「そういえば、二人はどんな関係だ? 付き合ってるとか?」
「んっ、こほっ」
「や、弥生どうした!?」
何故か急に弥生がむせてしまったのか、苦しそうにしている。
すぐさま背中に手を当てながら、二人を見た。
「いえ、違いますよ?」
「そうですわ。わたくしたちは双子ですのよ」
「え……本気で?」
「ええ! 以後、間違いがないようにおねがいしますわ」
……いやー、知らなかった。
初耳だよ、もう。
「洵さん、洵さん!」
「だから分かったから!」
「もっと蹴ってください!」
「だから気持ち悪いわっ!」
人数が増えた車内は、思っていたよりも賑やかなのだった。