Episode75 軽井沢からの帰り
遊びに遊んで疲れ果てた俺たちが帰ってくると、弥生は何やら思案顔をしていた。
俺が何かあったのかと聞くと、弥生からは追い返されてしまったのだが……
そして、今俺は部屋の片づけを終えたところだ。
各自、荷物の整理と部屋の片づけをしている所で、もうすぐ車で東京へと帰る。
三泊四日にわたった軽井沢への旅行は、そろそろ幕を閉じようとしていた。
俺は先にこまめに整理をしておいたおかげで、すぐに身支度を整え終えていた。
計画的に動く事がどれだけいいかが少しわかった気がする。
なんて思いながら俺は椅子に座ってくつろいでいた。
そんな俺を訪ねてきたのは、鬼気迫った表情の海斗だった。
「おいリア充! とにかく手伝え!」
「はあ!? 海斗がちゃんと片づけたりしてないからだろ!」
「いいから手伝え!」
無理矢理引いて行かれながら、ふと考える。
もしここで海斗を手伝わないと、結果的に遅れてしまったり、椎田さんに迷惑をかけてしまうのではないか?
それなら、ここで断るわけにもいかない。
「仕方ないな、やればいいんだろ」
「それでよし、では働くがよい」
何かすごい腹立つんだけど、そこは我慢しておこう。
どんな事態になっているんだろうと半ば不安になりながら、部屋の扉を開けてみると……
「何だこれ……」
俺は思わず呆然としてしまった。
どうなっていたかというと……一つずつあげていこう。
まず、床にはお菓子の袋やら、とにかくゴミが散乱していて、足の踏み場すら危うい状況にあった。
その次に、テーブルにはカードやグッズなどがバラバラになっていて、とりあえず何でこうなったと言いたい。
そしてベッドには、等身大の着衣が乱れている女の子のキャラがプリントされた抱き枕が置かれていて、布団はもうぐちゃぐちゃになっていた。
四日でここまでになるのか、なんて逆に感心してしまいそうだ。
ある意味天才の部類にあるのだろう。
「お、俺は悪くないぜ」
「全部お前が悪いよ!」
「違う、違うんだよ。俺はきちんと整理していたんだ。でもな、妖精さんが面白がって俺のグッズやお菓子をいつの間にかぐちゃぐちゃに……」
「するかバカ! つーか妖精さんなんているか!」
なんて口論に明け暮れていたら時間を浪費するばかりだ。
とにかく片づけないといけない。
俺は深いため息をつきながら、海斗の部屋の掃除にとりかかるのだった。
無事、俺たちが掃除を終えて広間へと行くと、みんなが退屈そうに待っていた。
そして弥生がつかつかとこちらへ歩いてきて、聞きなれたあの言葉を言う。
「洵、遅い」
「俺は悪くないんだ、海斗の部屋があまりにひどかったから……」
「うるせー! 洵がもっと早くと片づけてりゃあな!」
「他力本願もほどほどにしろ、馬鹿者っ!」
「うおあああ! 何か久々の感覚がぁぁ!」
なんか少し嬉しそうな海斗は放っておこう、というか目を瞑ろう。
触れてはいけない領域な気がするんだよね。
「皆さん、どうでしたか? 短い間でしたが、少しでも安らいでくださったのでしたらそれだけで私は光栄でございます」
「椎田さん、ありがとうございました。とても居心地が良かったです! またここに来たいな、なんてっ」
少しおどけながらも、ちゃんとお礼を述べられる優姫さんは改めてすごいと感じてしまう。
俺たちとは違う、大人の女性って感じだ。
「四日間、お疲れ様でした。椎田さんのおかげでとても快適に過ごせました……また、機会がありましたら……ぜひ」
「いえいえ、お二人とも、ありがとうございます」
青葉も卒なくこなすのは、まぁ流石というか。
って言っても俺と同い年なんだけど……
「お世話になったわね、なかなか良かったわ……その、ありがとう」
「いえいえ、弥生様からお褒めの言葉を授かるなんて……大変恐縮でございます」
「椎田さん、お疲れ様でした。流石ですよね……あの子ったら、どうしたものでしょう」
「あはは、ありがとうございます。まあいずれ、なるようになると思いますよ」
「ふっ、あのくらいじゃ我は沈まぬよ! さあ、来るがよい」
「な……ならばこれでぇぇ!」
弥生と菊池さんがお礼を述べている傍ら、何やってんだ、あの二人は。
やっぱり目を瞑っておこう。ついでにもう目に入れないでおこう。
あの二人を抜くと、お礼を述べてないのが俺くらいだろうか。
そういえば、宝生さんを見かけないが……
「弥生、宝生さんは?」
「ああ、先に屋敷へ向かったわ」
「何かあったのか?」
「まあ色々あるのよ」
弥生が言葉を濁している辺り、なんだか怪しいが、言おうとしていないという事は触れてはいけないのだろう。
さて、そうなれば俺だけか。
椎田さんと目が合って、俺は椎田さんに近づいてお辞儀をした。
「椎田さん、四日間、ありがとうございました。この度は突然の――」
「洵君、話は聞いたよ……なかなか大変そうだね。まさか、三角関係なんて……頑張ってね」
俺がお礼を述べていると、途中で椎田さんは爽やかな笑みを浮かべながら割り込んできた。
なかなかにすごい事を聞いて……って何で知ってるんですか。
「は、はい」
「あ、もしも弥生様を傷つけでもしたら、私もただでは許さないからね?」
「えっと……はい……気を付けます……」
笑っているのに怖いとはこれいかに。
というか神崎グループに関連する人はみんなこうなるのか?
「さて、そろそろ行きましょ。バカ二人もいい加減になさい」
「バカ……弥生様にバカって言われた! やったね!」
「気持ち悪いから失せろ!」
「へぶほぉわっ」
須田の遠慮の欠片すら感じられない一撃は海斗の意識をフェードアウトさせていた。
須田、よくやった。
俺たちは気を失った海斗を引きずりながら、四日間お世話になったペンションを後にする。
「本当にありがとうございました!」
「いえいえ。また来てくれたら嬉しいですね。では」
最後にもう一度、お礼を述べて俺たちは椎田さんと別れを告げた。
そして停めてある黒の高級車へと向かっていく。
来るときに乗っていたもので、運転手はグラサンにスーツという厳つい恰好のあの人だ。
海斗は来た時と同じように助手席に座らせておく。
そして、俺は異変に気付いた。
扉の前で何やら弥生と青葉が立ち止まって睨み合っているのだ。
どうやら険悪なムードのようで、俺からすると怖いの一言に尽きる。
って、なんで俺の方向くんですか。
俺、何かしたっけ。
「洵、乗りましょ」
「うおわっ」
急に弥生に右腕を引かれて、少しよろけてしまいながらも車内へと引っ張られていく。
と、そんな俺を左から引っ張るのは青葉だった。
「わ、私も乗りますから」
「だからって引っ張らなくてもいいだろ!?」
「じゃあこうしますね」
「えっ、いやいやいや!」
俺の左腕を引っ張らなくはなったものの、青葉は腕組みをしてきたのだ。
香りはするしなんだかドキドキしてきて正直色々ときつい。
俺たちが車内に乗り込むと、車が走り出して緩やかな坂を下っていく。
来た時とわずかに違うのは弥生と青葉の位置が逆になっただけであり、むしろ距離は近くなっていて俺としては色々と問題である。
青葉は腕組みをしているし、弥生は肩を寄せてくるし。
優姫さんやらは疲れているのか、居心地のいい車内でぐっすりと寝ている。
……俺もできれば寝たいのだが、そうはいかなかった。
俺の両サイドに陣取っている二人の間には火花がほとばしっているようで、挟まれる俺としては何とも言えない。
そして二人からの視線はなんというか、獲物を射ようとする狩人さながらの視線で、俺はおちおち寝てもいられなかった。
むしろ眠れと言われても無理だ。
「あの、弥生さん? 青葉さん?」
「何ですか、洵さん」
「…………何か?」
「いえ……」
二人が怖い、すごい怖い。
っていうか何でこうなった。
結局俺は睡魔に襲われながらも一睡もできずに、肩身の狭い思いでただただ車に揺られているのだった。