Episode74 あたしとわたくし
あのキャラが久しぶりの登場!
波乱を呼びます。
「あのバカは……もう」
なんで思うようにいかないんだろう。
なんで思うようにしてくれないんだろう。
そんな思いが、弥生の中で渦巻いていた。
昨晩はありったけの勇気を出したつもりだった。
その前に問い詰めるという宣言をしておいたおかげで部屋に入る事は何の躊躇いもなくて済んだ。
ここまでは作戦通りだったのだが……
言わない限りはここから出ないと言ったら、まさかさらっと事情を語るとは思っていなかったのだ。
そのせいで予定は狂ってしまって……強引な手段に転じた。
たぬき寝入りだけはどんどん上手くなっているようで、洵は寝たと思い込んだらしい。
……いや、これもまた思わぬ方向に転がってしまったものだ。
洵は床に布団を敷いて寝てしまったのだから。
多少の恥も承知でベッドに潜り込んだというのにそれでは何の意味もない。
そして……なんでこんな事をしているのか、自分がこうも焦っているのか。
うすうすと弥生は気づき始めていた、自分の心に、その想いに。
「それにしても、こんな所に来ちゃうなんてね」
行きたいところがある、そう言って一人で来た場所、それは神社だった。
穴場的なスポットで、ここは縁結びの神社である。
そして弥生はお守りとにらめっこしてはため息をついているのだった。
恋愛成就、そう金色で綴られているお守りを見て……思い浮かぶのは洵と青葉だ。
青葉の事は出来るだけ応援したい、そう思っていたのだが、素直に応援出来ない自分がいた。
「はぁ……」
「はぁ……」
弥生がため息をつく隣で、同じようにため息をつく少女がいた。
「だ、誰?」
「そちらこそ……誰ですの?」
目の前にいるのはピンク色の髪が映える、可愛い感じにまとまった女の子。
自分とは違うタイプだとすぐにわかった。というより、自分自身可愛いなどと言われてもさっぱり分からないのだ。
青葉が可愛いのは弥生にも分かるが、とても自分は敵わないと思っている。
と、話が逸れてしまった。
「あたしは神崎弥生。あなたは?」
「わたくしはそうですわね、ティエル・ソフィーディアと申しますわ」
桃色の短い髪をさらっと手でなびかせてティエルは言った。
そしてそのまま続けていく。
「ところで、買わないのですの?」
「えっ……ええっと……ティエルさん、は買うのかしら?」
「ええ、わたくしは買いますわ。少し気になる殿方がいらっしゃいますのよ」
ティエルは少し頬を赤らめてぼーっとしている。
……青葉と全く同じような目をしていた。
まあここに来ている時点でそんなものだろうか。
「これ、いただけます?」
「はい、五百円になります」
「わかりましたわ、五百円ですわね…………ん? そんな、まさか……」
小さなバッグを必死に漁っているその顔には焦りの表情が窺えた。
……何やってるんだか。
「私も買うから……はい、千円」
「はい、確かに丁度頂きました。ありがとうございました!」
恋愛成就のお守りを二つ受け取って、少し青ざめながらも事態が飲み込めてないティエルに一つ渡した。
「出すのが遅いわ、ほら」
「う……さ、財布を忘れただけですのよ」
「まあいいわ。それあげるから」
「……お金はちゃんと支払いますわよっ」
ティエルはお守りを受け取りながらそう吐き捨てる。
「別にどちらでもいいのだけど……そうね、今度会った時でかまわないわ」
「ここの方……ですの?」
「違うわ。ちょっと遊びに来たのよ」
「じゃあどこに住んでいますの……?」
「東京よ」
「それなら近いですわ! 学校はどちらに?」
嬉しそうな顔で興味津々なティエルを見ていると、なんだか少し笑みがこぼれる。
「そうね、桜沢って所なんだけど」
「知っていますわ! そちらに通っていらっしゃるですの?」
「ええ、まあそこまで近くってわけでもないのだけどね」
んー、と考え込むような仕草をティエルはしていた。
それから少し経って、ティエルは再び話し始める。
「……分かりましたわ。わたくし、日本に帰ってきたのが少し前ですのよ。それでどの高校に入れさせてもらおうか考えておりましたの。そちらに入れていただけます?」
「ええ、構わないわよ。うちの関連だからそのくらい簡単に済むわ」
「あら、あなたの家の所なのですの。分かりましたわ、お願いしますわね」
「ええ」
お互いの連絡先を交換して、それとなく近くにあった甘味処、という看板を掲げているお店へと二人は入った。
団子と饅頭を頼んで待っていると、お茶を出される。
弥生はそっとお茶を一口。
「あ! そういえばですわ」
「何かしら?」
突然、ティエルが話しかけてきた。
弥生はお茶をすする手を止めて、ティエルの言葉に耳を傾ける。
「せっかく、戦友に近い私たちなのですから……お互い、好意を寄せる相手の名前を教え合いません?」
「え……本気で言ってる?」
衝撃的な提案がなされて、思わず聞き返してしまう。
あたしは――洵の事が……好き、なのだろうか。
確かに、好きなのかもしれない。
青葉が言っていた例に漏れず、という点もあったのだから、そうなのだろうか。
洵が断った、と言ったことにすごく安心していた。
洵が側からいなくなってしまうような気すらしていたから、聞くのが少し怖かった。
そして、青葉はまだ諦めてない……この言葉でまた弥生の心は揺らいでいた。
今の関係がなくなってしまえば、確実に洵は側からいなくなってしまう。そんな気がしていた。
朝一緒に登校しているのも、洵の家まで送ってもらっているから出来ているわけで、普通にはとても厳しい。
言ってしまえば家と桜沢までは近くもない。より近い所だってあった。
これは高成からの提案があったからそう決めただけだった。
まあ今となっては洵に出会えたきっかけでもあるのだろうから、むしろ感謝している。
「弥生さん?」
「……へ?」
「どうしましたの? 突然魂が抜けたみたいにぼーっとして」
「ごめんなさい、つい……」
「もう団子もお饅頭も来ましたわ。早くしないとわたくしが食べちゃいますわよ」
なんて言いながらも、こちらに差し出してくれた。
弥生はそれを受け取って、団子をぱくりと頬張る。
「弥生さんは言わなくても構いませんわ。とりあえずわたくしは言わせていただきますわね。わたくしが好きな殿方は、洵さんですわ」
「…………え? ちょっと待って、もう一度お願いできるかしら」
「洵さんですわよ?」
「…………苗字は?」
まさか、いやそんなはずはないと思いながらも聞いてみる。
「ええっと、さざ……あれ、忘れてしまいましたわ」
「もしかして……小波、洵?」
「ええ! それですわ!」
「ええっ!?」
「ど、どうしましたの!?」
あまりに予想外だった出来事に思わず驚きの声が上がる。
そんな、いや……まさか。
洵はモテないって言っていたが、少々信じがたくなってくる。
知るだけで二人に好意を寄せられていて……それで……自分も、好きなのかもしれないのだ。
「……何でこうなるのかしら」
弥生はこれからの学校生活があまりに不安なものになっていくのをひしひしと感じていた。
思っていたよりもライバルは多くて、それでかつとても強い。
そんな中で、これからを過ごしていかないといけない事に、弥生は頭を抱えて悩んでしまうのだった。
「……はぁぁ」
盛大なため息とともに。