Episode71 軽井沢最後の夜に
社にお供え物をしてきた俺たちは書かれていた道順の通りに歩いていくと、灯りがともっている場所があった。
きっとあの場所にみんながいるはずだ。多分ではあるが最初の出発地点のはず。
大丈夫だとは分かっていても、なんだか少し不安だったのは俺が道に迷いやすいからに違いない。
「そろそろですね」
「そうだな」
すっと青葉の手が俺の手から離れていく。
少し寂しい感じがするが、こういう約束だ。
言えば青葉は喜んで手を繋いでくれるとは思うのだけどね。
「ありがとうございました」
わざわざ丁寧にお辞儀をして青葉はお礼を告げた。
「ううん、むしろ……ごめんな」
やっぱり心の中では申し訳ない気持ちがこれでもかと荒れ狂っていて、堂々と顔向けはできなかった。
そんな俺の心中を察してか、青葉は「気にしないでください」と言ってくれたが、やはり晴れないものは晴れない。
小走りに灯りがともっている方へ行くと、思っていた通りみんながいた。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます、菊池さん」
最初に出迎えてくれた菊池さんにお礼を述べた。
次に現れたのは弥生と須田だ。
「おかえり、洵、青葉」
「ああ、ただいま」
「お出迎えありがとうございます」
「このくらい対したことが無かっただろう」
「まあそこそこ楽しめたよ」
「須田、強がるのはほどほどになさい。さっきあれほど周囲を警戒していたくせによく言うわ」
「お嬢様っ!? それは言わない約束では!?」
「あら、約束なんてしたかしら」
「にゃぁぁぁぁ」
なんだか猫みたいな悲痛な叫びを上げながら須田はその場にひれ伏している。
意外にそういうのが苦手らしい。地味に可愛い面があって何も言えない。
「ま、まあ人間得意不得意ってものがさ」
「黙れっ!」
「なぁ!?」
何故か勢いで殴られた気がする。
俺悪い事言ってないと思うんだ、フォローしたつもりなんですけど。
「まあまあ、須田さん、落ち着いてください。そのくらい問題ないですよ」
「ボディーガードのくせにこのくらいでビビるのか……?」
なだめる青葉と傷に塩を塗る宝生さん。
あわせてプラマイゼロですね。
「うう……」
あ、泣き出した。
なんだかぐずる子供のように須田はめそめそとしている。
理不尽な対応をされたから正直、俺からすると何もしたくないのだけど……
「あれは放っておけば済むわ。ところで、何かあったかしら?」
「え?」
弥生の言葉についドキっとしてしまう。
心でも読まれているのかと言いたくなるくらいだ。って考えてみれば何もないはずがないか。
「ふふ、なんでもありませんよ?」
「……怪しいわね。洵、事細かく後で報告よ。全部話すまで寝かせないわ」
「了解です……」
おどけてみせる青葉の態度に何かを感じ取ったらしい弥生から寝かせない宣言をいただきました。
正直言いましてとても怖いです。言ったら言ったでどうなるんだよ、これ。
何かあったんだからどうしようもないじゃないか。
「あ、最後の二人が帰ってきたみたいですよ」
俺たちが菊池さんの言葉にそちらの方を向くと、元気がありふれている優姫さんがこちらにぶんぶんと手を振っているのが見えた。
反対にペアの海斗はとんでもなく疲れ果てているようだけど、何かあったのかな。
まあこの様子から見るに、あまりにパワフルな優姫さんにぐいぐいと引っ張られるように連れていかれでもしたのだろう。
実際に今も引きずってる形に近いし。
何か哀れというかお疲れ様というか。
心中お察しします、とても。
まあたまにはそんな苦労でもしておけ、友よ。
「お疲れ様でした」
「ただいまー! なかなか雰囲気あってよかったぁー!」
「ま、洵……俺はもう無理……ギブアップ……」
「二人ともおかえり」
「お疲れ様ね」
「お帰りなさいませー」
「ありがと、楽しかったよー!」
それにしてもこいつが今にも死にそうになっているのが不思議でならない。
タフだからすぐに復帰すると思うけど。
逆に優姫さんは元気すぎです。
「大丈夫、ではないな」
「まあこいつは腹いせに殴っておけばいいだろ」
「ごばっ!?」
須田さん八つ当たりはやめましょう。
息も絶え絶えな海斗はそのまま地面へと倒れてしまった。
少しだけ同情するよ、たまには。
仕方ないから連れていくか……
倒れている海斗の腕をつかんで背中まで持ち上げる。
「よっと……海斗、地味に重たいんだけど……」
「わ、私が連れていく。やったのは私だからなっ」
「いいよ。もう背負ったし、そのまま連れていくから」
「だが……」
「たまに素直に頼る事も大切だ。それくらいは理解しろ、ボディーガードよ」
渋る須田を言葉で制したのは宝生さんだった。
ついに言い返さなくなった須田は少し不満そうな顔つきで歩き始める。
「ありがとな」
「私は分からず屋に教えただけだよ」
「それでもいい、ありがとな」
「……ああ」
俺がお礼を言うと、宝生さんはぷいっと顔を逸らしてそのまま歩き出してしまった。
「さて、皆さん、もう戻りましょうか。早く寝ないと、明日が大変ですよ」
そんな菊池さんの掛け声に合わせて、残りの面々も帰路についたのだった。
……俺は、弥生と一対一で取り調べを受けている。
まさか本気でするとは思ってなかったのだが……パジャマ姿で枕すら持ってきて俺の部屋に乗り込んでいる辺り、これは本気で言うまではここから出る気はなさそうだ。
「それで? 手を繋いだのはもう分かったわ。まさかそれだけじゃないでしょ?」
……鋭い。
まあなんとなく察してそうだとは思っていたんだけどね。
困ったものだ。誤魔化しようがないし――厳密に言うと誤魔化す話術がない――とはいえ素直に言うのも恥ずかしいし難しい。
「……そうね。いいことを思いついたわ」
「え? はぁぁ!?」
弥生が突然つぶやいたいいこと、 それはまさか……俺のベッドに弥生が入ってきた。
おかしい、おかしい!
何故か得意げな表情の弥生は高らかにこう言った。
「本当の事を言わない限りは、あたしはここにいるわよ?」
「な、なんで入ってくるんだよ!」
小悪魔のような笑みを浮かべる弥生に遊ばれてる気がしてならない。
頭の辺りが熱を持っている気がするから、きっと俺は赤くなっているはずだ。
そりゃ目を見張るような美少女がいきなり同じベッドの中に入ってきたら、誰だってこうなるだろう。
「ほら、話しなさい」
「うおおおっ……」
弥生の吐息がかかって、俺は思わず身震いをしてしまう。
やばい、なんか危うい方向に走りそうだ。
「わ、分かった! 話すから!」
「あら……思ったより音を上げるのが早かったわね……」
何故か弥生は少し寂しそうな顔をしていた。
当初の目標は聞くことじゃなかったのか?
……まあいっか。
「えっと……青葉への返事だけどさ、保留というか……まあ断った」
「まあってどういう意味よ」
威圧的な弥生にはやはり敵う気がしない。
なんなんだろうな、この謎の恐怖は。
「あれだ……その、簡単に言うと青葉はまだ諦めてないって……」
「……あの子ったら、これは少し厄介かもしれないわ……どう手を打とうかしら」
「や、弥生?」
なんだかぶつぶつと呟き始めた弥生に声をかけてみる。
厄介ってどういう事だ?
「なんでもないわ。それで、これ以外に特に何かあるかしら?」
「そうだな……特にない」
「あら、そうなの。おやすみ」
「ああ、おやすみ……っておい!?」
弥生はあろうことか、そのまま俺のベッドで寝てしまおうとしている。
試しに揺さぶってみても目を開ける気配すらしない。
……なんでこうなるんですか。
いっそ叩いてしまうか……なんて思ったとき、弥生のすやすやと眠る寝顔が見えた。
「……このっ……バカお嬢様めっ」
なんて悪態をつきながらも笑ってしまう自分が少しおかしい。
自分で思っていたよりホッとしているのかもしれない、弥生が無事だったことに。
俺はそっと弥生をそのままにしておいて、自分は床に布団を敷いて寝る事にしたのだった。
俺たちのドタバタしていた、軽井沢旅行最後の夜は静かに過ぎ去っていくのだった。