Episode69 対峙
遅れましたごめんなさい!
弥生がこちらへと向かってきている。
俺が弥生を連れていくという約束で一時的に解放されているのだが、もちろんこちらからは見えない所から見張っているに違いないだろう。
相手の狙いは弥生の命。
そうと分かっていて「はい、そうですか」なんていうわけにはいかない。
どこかで、弥生を助ける方法がないだろうか。
そんな逸る思いが俺の心を突き動かそうとしていた。
「洵、それでどうしたのよ?」
怪訝そうな表情を浮かべている弥生が尋ねてきた。
俺は小声で弥生に状況を伝える。
「……まあ大体想像通りだわ。そうね……あたしはあたしなりに時間を稼ぐわ。洵は須田にこのことを伝えておいてくれるかしら」
「危ないだろ、本当に殺されるかもしれないんだから……俺もついていくよ」
「……好きにしなさい」
俺は須田にこのことをかいつまんで伝えておいた。
こうなってしまったのは俺のせいだから、弥生だけを行かせるなんて事だけはしたくなかった。
「そろそろ行くわ。ここの裏ね?」
「ああ、俺もついていくから」
弥生は気丈に振舞っていたが、俺は弥生が小刻みに震えていることに気付いた。
思わず、そっと弥生の肩を抱き締める。
「……ありがと」
「弥生、何もできなくてごめんな」
俺は精一杯、弥生に謝罪を述べた。
謝っても仕方が無いのは分かっている。でも、伝えておきたかった。
「以前にもこんな事がなかったわけではないわ」
「そうか」
俺たちは二人並んで、彼女が待っているであろう場所へと臨んだ。
弥生と俺は彼女、宝生美紗と対峙していた。
あちらは銃を構えていて、威圧的な気配を放っていた。
「さて、引き渡してもらおうか」
「……ダメだ」
「それなら構わない。今すぐ片付けてしまおうか」
カチャリという音を立てた銃は弥生の頭を捉えているようだ。
考えたくもない光景が頭の中を過ぎっていく。
……それだけは、ダメだ。
俺は弥生の前に、さながら盾のように立った。
「ほう、ナイトのつもりか。しかし残念だな、この銃なら頭など貫通して二人とも死ぬだけなのに」
「くっ……」
恐ろしいほどに冷酷でこちらを見据える目に恐怖を覚えて、足が立ちすくみそうになってしまう。
「あなたは……なんのためにこんな事をしているの?」
「そうだな、普段は殺し屋でありある組織に籍を置いている。それからは前に言った通り。なんのためかと聞かれればこれが仕事だからな。生きる為には殺すしかないのさ」
「そう。なら……うちで住み込みで働いてみる? 食事も寝床もあれば危険な仕事もないわ」
「同情か……っ!」
銃を持つ手に力がこもっているのか、わずかに銃口が揺れていた。
「そうね、同情だわ」
「……黙れっ」
「あなたは……子供の時に捨てられたんでしょう? いや、売られたという方が正しいのかしら」
「うるさいっ! 黙れ!!」
ブレブレになっていた銃口から放たれた弾丸 が俺の頬を掠めていく。
消音機を付けられているのか、銃声は鳴らなかった。
「あ、あぶねー……」
「お前に何が分かる。親に金のために売られ、兵士として仕立てあげられた私の事など、誰にもわかるまい」
「確かに、良く分からないわ……でも一つ分かる事があるわ」
弥生は威圧的な態度や言葉に怖気付く様子もなく、俺の前へ出てくる。
俺は危ないと手で制するが、弥生は俺の手をはねのけてそのまま宝生へと近付いていく。
「何なんだ、言ってみろ」
「ええ、言ってあげるわ。あなたは今……幸せではないでしょう?」
「……それがどうした」
「そうね……このままこんな事を続けていても報われる事はないわ。むしろそのうち捕まって刑務所行きね」
宝生は不敵に笑いながら言い返した。
「刑務所に行くまでもなく私は地獄行きさ。今更恐れるものもない」
「今からの人生を歩みなおすのはどうかしら? やってしまった事はもう取り返しはつかないけど、今から償う事は出来るわ」
俺は二人のやりとりを間でただただ黙って聞く事しか出来なかった。
場を無音の静寂が包み込んだ。
風が俺たちのあいだを縫うように吹き抜けていく。
「はぁ……なんかやる気が失せた。もういい、見逃してやるよ。なんだかバカバカしくなってきたさ」
呆れ顔になった宝生は肩をすくめて銃をしまった。
「うちに来るかしら? 丁度銃の名手が不足していた所よ」
「……それじゃ大して変わらんじゃないか」
「あら? あなたの腕を見込んでの事よ」
「ふっ……面白いやつだよ、お前らは」
途端に宝生は破顔して俺たちの側に近付くと、肩をポンポンと叩いて歩き始めた。
「……ふう、どうにかなったわね」
「え、助かったの?」
俺は状況を把握しておらず頭の中が真っ白だった。
とりあえず無事だった事だけは理解している。
未だに事態が掴めないまま、ただ俺は弥生の後ろをついていくのだった。
通りへ出ると泣き崩れた顔の須田が弥生の無事にさらに泣き崩れ、菊池さんは俺に労いの言葉をかけてくれた。
迎えに来てくれた車に宝生さんも含めて乗り込み、事情は二人ともに車の中で話した。
弥生からの頼みにより宝生さんからは全ての武器を取り上げ、常に弥生とは一定の距離を保つ、という事で了承を得たようだ。
車の中で、武器を取り上げられて丸腰の宝生さんに話しかけてみた。
「本当に大丈夫……なんだよな」
「もうやらないと何回言わせればいいんだ……」
疲れた様子の宝生さんはやれやれ、と首を振っていた。
「そういえば、その眼帯は……?」
宝生さんの右目を覆う黒い眼帯はこれでもかと言うほど自己主張をしていた。
だからこそ、気になっていたのだ。
「ん? ああ、昔の怪我さ」
……凄い失敗したね、俺。
すごい暗い雰囲気が辺りに広がってる気がする。
「なに、これくらい少しナイフが目に――」
「す、ストップ! この話はやめよう!」
俺は重たくてそれでかつ、グロそうな予感がしたので肝心の部分に差し掛かる前に遮った。
「聞いておいてなんなんだ、お前は」
「……いや、それはごめんなさい」
そこまでやばいものだとは思ってなかったんです!
何もナイフで……なんてそこまでだとは思ってなかったんです!
「まあいい。しかし、まさかこんな事になるとはな……私も落ちぶれたか」
「良かったとは思うわよ?」
「ふっ……あははは!」
宝生さんは豪快に笑い飛ばす。
すると車内の雰囲気は少し和らいだ気がした。
どうにかこうにか、事は収まったようだ。
俺はホッとして息をつく。
ペンションまで戻った俺たちは彼女についての説明に追われるのだった。
ちなみに肝心の高成さんに聞いてみたのだが、予想以上にあっさりと受け入れてくれた。
弥生の意見を聞こう、と言う事で快諾するに至ったらしい。
一悶着あった俺たちの旅行は、次第に終わりへと近付いていく。
そんな中俺は、一大イベントが残っていることをすっかり忘れてしまっていたのだった。