Episode68 迫りくる危機
今回は短めです。
俺は先程弥生たちと来ていた通りをボーッと歩いていた。
すれ違う通行人にはぶつからないようにただただぶらぶらしている。
「……ん?」
急に、何者かのただならぬ気配を感じる。殺気のような、恨みのような何かが近寄ってきている気がする。
辺りを見回してみるが、特に変わった様子はなさそうだった。
……でも、この感覚は前にもあったものだ。
夏休みに入ったばかりの頃に感じたあの気配と同じ気がする。
「……誰かいるのか?」
振り返ってみても、人が次から次へと川の流れのように流れていくのが見えるだけだった。
「勘違い――」
「動くな」
「……っ!?」
聞き覚えのある声がする。何事にも動じなさそうなほど落ち着いている、ずっしりとした感じ。
俺は言われた通りにそのままの姿勢で固まったまま、尋ねる。
「何か、目的でもあるのか?」
「そうだな……ここでは厄介だ、言う通りに動け」
「……分かった」
指示の通りに歩みを進めていき、人が溢れかえる通りから離れていく。
次第に俺の脳は状況を呑み込んでいく。緊張からか冷や汗が流れてきた。
「もういい、止まれ」
俺が足を止めると、後ろから赤髪のポニーテールを垂らした少女が現れた。
前に見た時と変わらずカジュアルな格好の彼女、宝生は右手に小型の銃を構えている。
血の気が引くような感覚を身に覚えた。
「さて、何故連れてきたか、わかるか?」
貫くような視線が、俺を射抜いていた。
何も言えなくなりそうだが、ここで黙っても何も起こらないだろう。
俺は固唾を呑んだ。
「そうだな、人質とか?」
「ご名答だよ」
そう言って不敵な笑みを浮かべる宝生。
どうすればいい。
どうすれば弥生が助かるんだ。
「じゃあまずは連絡を取ってもらうか。一人だけ来るように仕向けろ。もし他に誰かが来たら殺す、そう伝えるんだ」
淡々と宝生は告げていく。
その目に本気という意志が込められているのが分かった。
「わ、分かった……」
スマホをポケットから取り出して弥生にかける。手が震えていて、うまく押せなかった。
「バカな考えは諦めておけ。もし逆らうものなら貴様の身の安全は保障しないからな」
釘を刺されてしまい、わずかに考えていた事すら敵わないようだった。
高成さんに責任は取ると言ったのだから、何があっても弥生を守らないといけない。
それが、俺の役目だと信じて。
鳴り響いていたコール音が鳴り止むと、スマホから弥生の声が届いた。
『洵、どうしたのかしら』
「いや、その……今から外に来れるか?」
チラッと宝生の方を見ると威圧感を放ちながらこちらを凝視していた。
『え? どういう事かしら』
弥生の声はどうやら何か違和感を察しているようだった。
騙しているような自分が嫌になりそうなのだが、俺にはどうすることも出来なかった。
「ごめんな、弥生。一人で来てくれないか」
◆
弥生は急いで身支度をしていた。
洵から『一人で来てほしい』、そう言われたからだった。
絶対に一人で外には出るなと菊池に散々注意を受けていたが洵が急いでほしいと言っていたし、それに洵がいるのだから、きっと問題はないはずだ。
しかし勘付かれて止められてしまってもいけないので、身支度を終えた弥生はひっそりと部屋を出て階段を下りた。
降りてきた弥生は急いでペンションを抜けだす。
何故こうも急ぐのかというと、もちろん洵が言っていたのはあるが、その時に言った『ごめんな』という言葉が引っかかっていたからだった。
何かがあったのは電話越しに察しがついていた。
きっと殺し屋らしきあの少女に違いないだろう。
多分洵は人質にされていて、利用されているはずだ。
しかしそうだと分かっていても、どうすることもできなかった。
洵には助けられてばかりいるから、逆に洵を助けたかった。
自分が行けば、洵は助かるはずだから。
まだまだ人がたくさん残っている通りを通行人の間を縫うように歩いていく。
洵が言っていた店を目指して、弥生はひたすら進んでいくのだった。