Episode67 好きの意味
すみません、また少しばかり遅れてしまいました!
ペンションの広間の一角で、俺はうなだれながら考え事に耽っていた。
先程の青葉の言葉が、俺の頭の中で壊れたレコードのように何回も同じ部分だけを繰り返されている。
――あなたの事が、好きです。
あの後はどうなっていたのかはよく覚えていない。
とにかく恥ずかしくて何も言えず、ただ時間が過ぎ去っていたような気がする。
俺にとって、これは生まれて初めて受けた告白だった。
それから俺たちは帰ってきて、今俺は広間で椅子に座ってボーっとしている。
気を遣ってくれているのか、周りには誰もいない。
いっその事弥生が横で叱咤してくれた方が助かったかもしれない。
なんて、また頼ろうとしてる自分に嫌気が差すばかり。
「はぁ……」
ため息をついて、少し落ち着こうとしてみる。
青葉から、まさか告白されるなんて思いもしていなかった。
いつの間にかクラスに溶け込んだと思えば中心的な人物になっていて、持ち前の明るさと礼儀正しさから教師たちからも信用が高い。
そんな青葉が俺の事を好きだなんて、普通は思わないだろう。
いや、こんなことを考えていたって何も話は進まない。
結局は答えだ。イエスかノー、あまりに単純な二択。
しかしこの単純明快な答えを出すのはあまりに難解なのだ。
一時の迷いですぐに決めてしまうのは良くないし、断るなら断るで気を付けないと相手を傷つけてしまう。いや、傷つけないのは難しい。
こちらが考えるよりも先に、相手はずっと考えていて勇気を振り絞って言ったに違いないのだから。
きっと玉砕するのも覚悟で言ってくれたはずだから。
「青葉の事……どう思ってたかな、俺」
吐き出すように思った事を呟いてみた。
別に答えは求めてない、自分自身への問いかけ。
俺は、青葉の事は確かに好きだと思う。
あれだけ可愛くて素直ないい子なんだから、多分みんなも好きに違いない。
しかしここで一つ問題が出てくる。
この“好き”はどういう好きなのか。
恋愛的なものなのか、友達としてのものなのか。それは自分自身がよく分かっていなかった。
青葉が悲しんだりするのは見たくない。
それでも、はっきりと分からないモヤモヤとした気持ちのままに答えを出したくはなかった。
それは失礼だと思うから、ちゃんと俺が自分の気持ちに向き合って答えを出したい。
「……ちょっと外でも歩くか」
涼しげな部屋の中でもいいのだが、今日の天気とは真逆なくらいに晴れないこの気持ちが少しでも楽になってくれたらいいな、なんてわずかに思っている。
俺は席を立って外へと一歩ずつ歩いていった。
◆
弥生と青葉の二人は、部屋の中で静かな時を過ごしていた。
別に過ごしたくて過ごしているわけではない。
二人の間に何とも言えぬ空気が漂っていたからだった。
と言っても、そう感じているのは弥生だけなのかもしれない。
さっきから時々ではあるけど青葉が話しかけてきてくれたりしている。
しかしその度に素っ気ない態度になってしまっていた。
――まるで子供みたい……それにしても、なんでここまで心が揺さぶられるのかしら……
心の中で投げかけてみるが、その問いの答えが分かっていれば苦労などしていない。
少し前から、なんだかよく分からない感情が弥生の中で渦巻いていた。
それを上手く言葉にはできないが、きっとこれはとても大切な何かなんだと思う。
もし気付けたら、自分は変われるのだろうか。
青葉の方を見ると、何やら楽しそうに小鳥のぬいぐるみを抱きしめていた。
弥生と比べても青葉はとても可愛い。
そんな青葉だからこそ、あの告白はあまりの衝撃だった。
洵は自分のもの、という感覚だったのは少し前の話で今は……よく分からない。
洵の腕に結んだあのミサンガにはこんな願いが込められていた。
――洵と一緒にいられますように。
なんだか少し間違えている気がするような気もしなくはないが、この際気にはしていない。
それよりなんでこう思ったのか、それが一番の引っかかりだった。
「ねえ、青葉」
「何ですか?」
さっきまでは冷たい態度をされていたにも関わらず、青葉は笑みを湛えて接してくれる。
弥生が青葉に対して羨ましく思う一面だった。
「好きって感情は……いったい、どんな感じなのかしら?」
まだ弥生は恋をしたことがない。
だから、友達や家族としての“好き”という感情は分かっていても、恋愛的な“好き”との区別が分からない。
それなら今青葉に聞いてみれば、何かをつかめるかもしれないと思ったのだ。
「そうですね……例えですが、笑顔が見たい、相手の事が知りたい、側に居たい……そう言ったものでしょうか」
「ありがと、青葉。ごめんなさい、急に変な事を聞いてしまって申し訳ないわ」
「いえ、構いませんよ。弥生さんが私に聞いてくれたんですから、私は出来る限りの事をしたまでです」
自分よりも恵まれていなかっただろう青葉が、自分よりもしっかりとしているという現実がなんだか不思議だった。
――あたしは、甘えてただけなのかしら。あたしはまだまだ……
「弥生さん」
「な、何かしら」
不意を突かれて少しドキっとしながらも平常を装う。
こうして平常を装う事だけは誰にも負けないかもしれない。誇れるようなものでもないが。
「弥生さんは私よりも綺麗で、たくさん素敵な所がありますから……もっと自信を持ってください」
「……え?」
急な言葉に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「それだけです。では……少し疲れちゃったので晩ご飯までお休みさせていただきますね」
「え、ええ……時間になったら起こすからゆっくりしてて構わないわ」
「ありがとうございます、それでは……」
「おやすみ、青葉」
布団に寝転がった青葉は吸い込まれるように眠りに落ちる。
本当に疲れていたんだろうな、なんて思いながら、ひっそりとため息をついた。
ふと青葉の言っていた言葉を思い返す。
側に居たい……もしかして、自分は洵が……
いや、多分違う。きっと、側にいたら安心するから……ただそれだけ。
だから、そういう好きではないはず。
「そういえば須田を見ていないわね」
帰ってくると菊池がいたのだが、その代わりとしてか須田が突然姿を消してしまっていた。
基本的に側についているはずの須田が忽然と姿を消すのは珍しい事だったから、どこか違和感を感じていた。
まあすぐに呼んだらすぐに来るだろうから、そこまで気には留めていないのだが。
とりあえず、と荷物の整理をしていく。お風呂は……暇だから先に済ませてしまおう。
弥生は着替えを持って部屋を出る。
そして階段を下りて一階にある浴場へと向かっていった。
弥生が自分の気持ちに対して正面から向き合うには、まだもう少し時間が必要なのだった。
 




