Episode61 午後のひととき
俺たちはテニスコートへ来ていた。
これは弥生と考えてた企画の一つであり、出来るなら初日に行う予定だったものだ。
みんなにはあの事は伝えずにしている。出来るだけ迷惑や心配をかけたくないという弥生からの願いだ。
その代わりとして、俺は常に弥生の側にいるという条件と、須田と菊池も常に警戒をしている、という形になっている。
また、この付近を弥生の家からの応援のボディーガードなどが捜索、警備しており、万全の態勢をとっていた。
しかし……テニスをするのに離れるなというのは少々無理がないだろうか。
椎田さんが準備をしてくれたテニスウェアは全員分あり、男子のものはよくあるTシャツに短パンのスタイルで、女子たちは同じくTシャツに短めのタイトスカートや、単なるミニスカート。
どちらにせよ、絶対領域というか……魅惑的な太ももになんとなく目線が向いてしまいそうになるのを必死にこらえるのが地味に大変だったりする。
何でこうも白くてやわらかそうで……って落ち着け、俺。
困ったことにそんな魅力的なミニスカート姿の弥生が目の前にいるわけであり……視線をそちらへ飛ばさない事を意識する点と側にいないといけないという点が俺を板挟みにして苦しめている。
菊池さんに交代のアイコンタクトを送ってみるが、笑顔で返されるだけである。さながら、頑張れとでも言ったところか。
「なあ、これどうしたらいいんだ?」
「そうねぇ……」
弥生も困っているのか答えてくれないようだ。
せっかく遊びに来たはずなのに全然楽しめるような気配がしないんだけど。
「喰らえ!」
「フッ……甘いなっ!」
海斗と須田がすごい楽しそうにラリーを続けている。
ついでに、須田は女子の服装だったりする。似合ってるからもう気にしない。
「って、あいつ普通に遊んでるじゃないか……」
あれだけ弥生の側に仕えるとかどうこう言ってた割にこうなってるのがよく分からない。
でも前にも海斗とやった百合ブラに熱中していた所を考えてみると、案外のめりこみやすいタイプなのかもしれない。
それがボディーガードを務める人として良い事かはさておきで。
「あの子は昔からああいう性格でね。一つの事に熱中しちゃうのよね……」
菊池さんは俺たち二人の元へと近づいてきて、少し呆れるようにして言った。
「そうね。昔から何も変わっていないわ」
弥生も同調して諦めるかのようにぽつりとつぶやいた。
ちなみに、今俺たちが見ているのは青葉と優姫さんの試合だ。
優姫さんは経験者らしく、さっきからキレのある動きを見せている。
青葉は未経験だったらしいのだが、初歩的な事を教えてからは物凄い勢いで上達、今や優姫さんに負けず劣らずの勝負を繰り広げている。
……もしかして青葉って天才の部類なのか?
「ふふ、ならこれはどうかしら?」
なんて言葉を優姫さんが放ったと思えば、青葉のコートへと手前に落とすドロップショットが決められていた。
直前まで後ろに下がっていた青葉は間に合わず、どうやらこのゲームは優姫さんが取ったようだ。
「洵、ところで……そろそろ慣れたかしら」
「……え、ええっとこう持つんだっけ」
弥生に言われてドキっとしながらさっき習ったはずの持ち方をしてみる。
すると、弥生が呆れたようにため息をついた。
「違うわよ、ほら、一回ラケットを置いてグリップを掴むようにして持つのよ」
「……こうか?」
言われた通りにやってみる……が、なんか変な感じがしてならない。
「あーもう……ほら、貸して」
弥生の白い小さな手が俺の手の上に重ねられる。そして弥生はそのまま操るように正しい持ち方に直した。
「こうするのよ、分かった?」
「あ、ああ……」
持ち方は分かった、すごく分かった。いや、気にするべきはそこではない。
弥生の手が触れててすごいドキドキするのだ。
俺たちはあくまで仮の恋人を演じているだけであり、よほどでないと手が触れる事はない。
何回目かは分からないが言おう、弥生は万人が二度見をしてしまうほどの美少女なのだ。
そんな美少女の手が今触れている。
そう、これだけで……
「洵、貴様ぁぁぁぁぁ!」
うん、出てくると思った。
流石の海斗さん、リア充レーダーは本日も滞りなく働いている模様です。
「許せぬ、解せぬ、刑罰に処す! 喰ら――げぶほっ!?」
「あ、ごめーん! 大丈夫ー?」
ラケットを振り上げて今にも襲い掛からんとした海斗の背中に、優姫さんのサーブがクリティカルヒットしたようで、海斗はその場でピクピクと死にかけた虫のように痙攣をおこしている。
「ざまぁみろ、海斗」
「……わ、我はまだ負けぬ……」
「黙れよ」
「ちょ、待って、それは、ああっ……」
須田の追撃により、何か気持ち悪い断末魔と共に海斗は撃沈した。
ほんとざまぁみろ。
「はぁ……こいつは懲りないのか、小波」
「言われてもな……」
海斗の特徴はリア充レーダーと謎のタフさだ。
コテンパンにしたはずなのに少ししたら平然としているなんて言う事も多々あるくらいで、もはやゾンビとかその領域なのではないかと思える。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ! このくらいでやられると思ったかぁぁぁ! あふんっ」
言った側から復活した海斗を須田が遠慮なく蹴り飛ばして、海斗はまたも倒れる。
「ある意味すごいな、こいつは……」
「……ほんとにそう思うよ」
「須田、切り捨てて袋に包んで焼却炉にでも突っ込んでおきなさい」
……弥生さん、それ確実に死にます。海斗でも死にます。
容赦なさすぎます、許してあげてください。
「一応これでも友人だから見逃してあげてくれ。もし弥生に何かあったらその時はこいつを縛り上げておくから」
「洵が言うなら……って、洵……」
急に頬を真っ赤に染め始めた弥生が呟くように言う。
何かしたっけ?
「洵様ったら、いつまで手を握っているおつもりですか? お嬢様が困っておられますよ」
「え?」
言われて見てみると、先程は弥生の手が上にあったわけだが……いつの間にか、というか何でこうなったのか俺の手は弥生の手をしっかり握りしめていて……
うん、理解した、超恥ずかしい。
「あ……ご、ごめんっ」
慌てて手を離したが、弥生は赤くなってそのままそっぽを向いてしまった。
そんな様子を笑って見ている菊池さんがいて、余計に恥ずかしい。
「りゃぁー!」
ふと前方を見ると、優姫さんのドロップショットに対抗して青葉が羽ばたいて飛び込んで球をとるという常人には不可能な技をこなしていた。
そしてそれに対して優姫さんのスマッシュがコートに強く打ち付けられる……のだがそれすら飛んで取ってしまう青葉。
なにこれ、テニスだっけ。
もっと高等な何かに見えてきた。
「青葉たんのスカートの中が見える! やった、生きててよかったぁぁぁ!」
またもや蘇る海斗は青空の元、堂々と変態発言をしている。
つい、もう死んでしまえと思ってしまう。
確かに、スカートの中が丸見――
「いだっ!?」
「ぎゃぁぁぁ!?」
須田の回し蹴りが見事に俺と海斗に命中する。
俺は軽傷で済んだものの、海斗はコートを囲うフェンスの前まで転がっていった。
「洵、やっぱり変態なのね」
「……ち、違うからな」
弥生の一言でメンタルがえぐられてしまったのは内緒である。
以前のお風呂の事もあり、下手に言い返せない自分が情けないような。
「菊池、須田……せっかくだから貴方たちの試合が見たいわ」
「で、ですがお嬢様」
「かしこまりました、佑佳ちゃん、まさか逃げるのかしら?」
「に、逃げなどはしない……いいだろう、小波、お嬢様は任せた」
俺は二人の五分五分の試合を眺めたり、弥生に基礎を教わったりしながら午後を過ごしていくのだった。