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Episode60 対策

 俺たちがさまよいながらもどうにか戻ってくると、入口には須田と菊池さんが待っていてくれていた。

 時刻はお昼前くらいだろうか。太陽は真上から俺たちを容赦なく照らしていて暑い。

 

 「おかえりなさいませ」

 「……ぐっ……お嬢様が無事で……ぐす……本当に良かった」

 「ただいま。須田、少しは落ち着きなさいよ」

 「菊池さん、わざわざ出迎えありがとうございます……須田、たまたまハンカチ持ってたから、ほら」


 俺は須田にハンカチを手渡すと、ハンカチで顔を覆って泣いていた。

 ……少しばかりオーバーではないだろうか。

 確かに、危なかったわけなんだけどさ。そう思うとその気持ちも分からなくはない。


 「さて、まさかここまでの間に何もなかったとは思えませんから……詳しく話を聞きましょうか」

 「そうね。もう一度話したいわ」


 二人が話を進めているのはいいとして……この子どうしよう。


 「す、須田……?」

 「うう……ぐすっ……ふぇ……ぐすん」


 ……あとちょっと可愛い。待て、こいつはあくまで男……惑わされるな、俺。

 須田はさっきからハンカチで顔を覆ったまま、俺に半分ほど体を委ねている。おかげで俺はまともに動けたものじゃない。


 「す、すまない……私とした事が……」


 そう言ってハンカチで涙を拭う。すっかり赤くなった目は潤んでいて、すごい綺麗だった。

 ……男じゃなければな。

 なんて思うのは何回目だろう。


 「あ、お嬢様、洵様、お腹の具合はどうでしょうか」


 そう言った途端、思い出したかのように俺の腹が鳴った。

 ……すごい恥ずかしい。


 「な、なにかありますかっ」


 恥ずかしさのあまり、半ばやけになって吐き捨てるように聞いてみた。


 「私が作ったものでよろしければ……多少の用意はありますよ」


 菊池さんはおかしくて笑いが堪えられないとでも言うかのようにくすりと笑いながら、優しくそう言った。


 「ありがとうございますっ!」

 「いえいえ。お嬢様はどうなさいますか? お召し上がりになりますか?」

 「そうね……せっかくだしいただこうかしら」


 菊池さんと弥生の二人は中へとは入っていく。

 そして残された俺と須田。


 「……ほら、行くぞ?」

 「ああ、本当にすまない」


 須田はもう一度涙を拭って、いつもどおりのシャキッとした顔に戻る。

 まあこの方がらしいよな。


 「……何を見ている」

 「いや、何もないよ」

 「そうか」


 俺たちは先に向かった弥生たちの元へと急いだ。




 俺たちは食堂で菊池さんの用意してくれていたサンドイッチを食べながら、これからどうするかを話していた。


 「つまり、常に誰かが側にいれば問題はない、と」

 「……多分ですけど」

 「実際に最初の一発以外には撃たれてないわ」

 「ふむ、私はお嬢様の側に付きます」

 「なら……一人で全て負担するのは確実性も微妙な所もですから、順番にしましょう?」


 食堂には、俺たち四人以外には使用人らしい人が床掃除をしているくらいだ。

 青葉、優姫さん、海斗の三人は買い物に出かけているらしい。少し羨ましい。


 「私がずっと側にいても構わないのだが……」

 「あなた一人に任せるには不安ですわ」

 「なぁ!? どういう意味だ、それはっ!」


 今にも食ってかかるような雰囲気なのだが、弥生は頑として動かない。


 「弥生、もしかして……これ普通?」

 「……困ったものよね」


 どうやら当たっていたようだ。少しうんざりしたような顔で弥生はため息をついてみせる。


 「とりあえず、俺はできるだけ側にいるよ」

 「……いいの? それで」

 「だって、仮にも恋人してるからな」


 声を潜めて、弥生にだけ聞こえるようにそっと言った。


 「……ありがと」

 「ん? なんて言ったんだ?」


 何かを呟いた弥生が何を言ったかまでは聞き取れなかった。

 一つだけ分かることは、なんだか弥生が顔をわずかに赤らめて俯いている事である。何があった。


 「弥生?」

 「な、なんでもないわ」


 とりあえず良く分からないし、弥生は俯いたままだ。


 「あら、なんだかいい雰囲気でしたね」


 こういう横槍が一番凶悪だと思う。

 そんな言われ方をされると、なんだか意識してしまい……思わず俺も俯く。


 「須田。どうやら話は決まったみたいですよ」

 「なんだって?」


 こちらに振り向いた敵意むき出しの須田がさながら獅子の如き雰囲気を持っていて怖い。


 「ちょ、ちょっと待ってください。俺がずっとなわけ――」

 「あら、何かありますか?」

 「……何もありません」


 菊池さんは笑っていた。いや、笑っているが笑っていない。ここまで怖い笑顔というのは初めて見たかもしれない。有無を問わせないような、威圧的な微笑みに俺は圧倒されてしまっていた。


 「まあずっとは洵様が大変でしょう。時々私たちどちらかがサポートする形で」

 「ふむ……仕方ない」


 須田はどうやら納得したらしく、菊池さんの話にしきりに頭を下げている。

 そして話が一通り終わると、俺を鋭く睨みつけ、相変わらずの様子でこう言った。


 「お嬢様に何かあったら、ただじゃ済まさないからな」

 「……はいはい。菊池さん、ご馳走様でした」


 俺は深くため息をついて、二階の自室へと戻るのだった。


 「何かあったら、だともう手遅れなんですけどね。さて、いつ気付くのやら……」

 「菊池、どういう事だ?」

 「あなたは知らなくてよろしい」

 「はあ……分かりました」


 ピシャリと切られた須田は不服そうにしながらも返事をする。

 弥生は……俯いたままでまだ動こうとしないようだ。

 やれやれ、と肩をすくめながらも菊池は二人を眺めて微笑んでいた。



 ◆


 「ねえねえ、あれ可愛い!」

 「どれですか?」

 「これこれ!」

 「あ、ほんとですね! とても可愛いです!」

 「……男とは無力なものよ」


 青葉、優姫、海斗という三人で買い物に来たまでは良かったものの……こうも何もできないとは海斗は思いもよらなかったのだ。

 今は雑貨店。これで三軒目なのだが、二人は休むどころかますますヒートアップしているではないかと思えるほどだ。


 「完全に俺の役割が荷物持ちだよな……」


 右手に箱を持ち、左手には紙袋を三つ。

 まだ増えるのかと思うと先が思いやられて仕方が無い。

 それに……一つ一つの買い物が長い。

 あれもいい、これもいいなどと言うように広がっていき、なかなか決まらないのだ。

 多少の覚悟は決めていたものの、ここまでとは聞いていない。


 「あ! このうさぎのポーチ可愛いですよ!」

 「お、なかなか見る目あるなー。実は私もお気に入りがあるのよ、ほら!」


 ……掘り出し物の見せ合いっこを楽しんでいるようで何より。

 なんて思うと思ったか。


 「俺はもう待ちくたびれたぜ……報われるよな、きっと後で……」


 最初こそ自信と余裕に溢れていた海斗だったが、すっかりグロッキーになってしまっている。

 しかしこれもリア充を目指すため。

 誰も知らない、誰にも知られる事がない努力を海斗はひたすら重ねているのだった。


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