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Episode59 焦り

 

 木々が生い茂っている鬱蒼うっそうとした森の中で、木漏れ日に照らされた金色が大きな存在感を醸し出していた。落ち着いた雰囲気の森の中で、俺はどこまでも焦っていた。


「弥生……落ち着け……」


 俺は肩で息をしながら、突然立ち止まった弥生に声をかけた。


「……洵、あなたは嫌じゃないのかしら」

「そりゃあ、あれだけ話し合ったし……弥生の気持ちもわかるけどさ……弥生が死ぬなんて、俺は嫌だから」

「…………昔ね。あたし、何回か自殺しようとした事があるのよ」


 弥生はこちらを振り向いて、はっきりとそう言った。

 そして、そのまま続けていく。


「生きる理由が分からなくなった事があってね……何度か、試したけどその度に止められちゃったわ」

「俺もその場面に出くわしてたら、同じように止めると思うけどな」


 自殺は、勇気がいる事だが……褒められたようなものではない。授かった命を、自ら捨てるのだから。

 俺はとてもじゃないが許せないだろう、たとえ理由があろうとも。


「……まあ分かって――」


 俺は、向こうに揺れて鮮やかに映える赤髪を見つけた。

 ――危ない!


「弥生っ!!」

「きゃっ!?」


 とっさに俺は弥生を勢いに任せて押し倒した。

 俺の頭上を何かが一瞬で通り過ぎていくのを感じた。


「ま、洵っ!? ま、まさかこんなところで襲うなんて――」

「弥生、奴がいるから……動くな」


 慌てふためく弥生は真っ赤になっている。

 俺としても弥生に覆い被さってるわけで……お察しの通りかなり触れています。すごい恥ずかしいです。


「で、でも……なんでこうしてるのよ?」

「アレだよ、さっきの話。ターゲット以外は手にかけてないっていう」

「……バカね」

「え……い、いいんだよ。こうなったら旅は道連れみたいなっ!」


 弥生を抱きしめているような形のまま、しばらく時間が経った。

 ……次第にドキドキしてきているのは内緒にしておこう。うお、顔熱い。


「……去ったか?」

「分からないわ」


 何故かいつも通りな雰囲気に戻っている弥生は冷静に 述べな。

 俺は全然落ち着けないのにな。


「……じゃあひとまずはもう少し待つか」

「ええ……」


 ……それからは俺にとっては幸せに近く、また、耐える時間だった。

 密着しているため、弥生の香りがこれでもかと鼻をくすぐってくる。そして露出した肌は少し冷たくて柔らかく、目の前にある顔は上気しながらも俺を見据えている。弥生の綺麗な顔に、碧い瞳に惹きつけられる。

 ……どうやったら落ち着けるのか教えてください。さっきから鼓動が跳ねに跳ねています。ピチピチです。


「洵」

「は、はいっ」

「……もういないわ。さ、早くして」


 なんだか緊張してしまってつい敬語になりそうなのはなんでかなぁ。

 そしてお年頃な男の脳内というのはあまりに簡単でありバカだった。


「早く……して!?」

「……良からぬ妄想は程々にしなさい。殴るわよ」

「……じ、冗談です、冗談ですからやめましょうっ」


 一瞬、血が引いていくような感覚を覚えて俺はすぐに弥生から体を離した。

 弥生から離れても残り香がして、まだ落ち着くのは難しそうだ。


 弥生が立ち上がって草や土を払っている。俺も払わないといけないんだけど、今俺の脳は弥生の香りのせいで麻痺を起こしているのか……弥生をまじまじと見つめてしまう。


「……な、なんでさっきから見てるのよ。何かあったのかしら」

「……」

「洵? 聞いてる?」

「きれいだなー……」

「は、はぁ!?」


 頬が紅潮した弥生が俺の頭を叩いた。

 ハッとして気がつくと、弥生は顔を逸らして俯いている。

 ……俺何か言ったっけ。


「弥生、どうしたんだ?」

「はぁ!? もう、呆れて物も言えないわ……」


 ……話がさっぱり読めないのだが、まぁいいか。

 とにかく、弥生が無事で本当に良かった。

 仮に何かあったらもう何も言えないし、高成さんにそれこそ葬られてしまいそうだ。


「弥生、とにかく一回帰ろう。話は聞くからさ」

「……ええ。分かったわ」


 俺と弥生は来ていた道を引き返そうとして……


「……ここ、どこだ?」

「……さあ?」


 困ったことに、ここはお互い詳しくは知らない土地の森の中。どこへ向かえば出られるのかも分からないし、道も無い。

 そう、俺としては数日のうちに二回目となる迷子というわけであり……もうやだ。

 試しにスマホを付けてみるが……予想通りというか、圏外である。

 万事休す。まさかこうなってしまうなんて。


「とりあえず……歩くか」

「……そうね、行きましょ」


 そして、俺たちは森の中をひたすら歩き始めるのだった。


 ◆


「遅いな……もしかして、お嬢様の身に何か……?」


 そう言って今にも立ち上がろうとする須田を菊池が手で制した。


「探しに行ったところで、佑佳が迷ってしまうのがオチですよ。洵様がいますから、きっと大丈夫ですよ」

「……うぐ。というか、名前で呼ばないでくれ」

「うふふふ♪」



 今はペンションの食堂、そこで椎田さん手作りの朝食に舌鼓を打っていた。

 洵と弥生の二人はまだ帰ってきておらず、皆が心配をしながらも過ごしていた。


「洵さんと弥生さん……まだですかね」

「二人とも遅いねぇ……んー主催の二人がいないってどういうことなのかなー」

「そのままくたばってしま――ぐほぅ!?」


 縁起でもない事を口走った海斗を須田が鉄拳で打ちのめす。

 各々が二人の心配を口にしていた……一人を除いて。


「しかし……どうしましょうね」

「確かに……」


 今、とてつもなく危険な状況であることは確かなのだ。

 そんな中で遊んでいられるほど悠長にいられるわけなどない。

 しかし、中止だ、帰ろうというのは……計画をあれだけ必死に考えていた弥生からして、とても辛い事なのはわかっている。

 それでも、須田や菊池……もし高成がいるとすれば、確実に中止を命じるだろう。

 また今度にすればいいのだ、今じゃなくていい。何度でも機会はあるはずだから。

 そう言おうとしたのだが、須田が言うよりも先に弥生が飛び出してしまったのだ。


「あなたは……どう思いますか?」

「そうね、私は……本人の意思に背くつもりはないわ」

「なんで……危険にさらされているのに」

「須田、私たちは……弥生様、お嬢様にお仕えしている身なのよ。確かに、危険にさらされないようにするべきだとは思うわ。でも、お嬢様がそれでもまだここに居たいとおっしゃるのなら、私は全力でお嬢様を守ります」


 須田の中で、何かが弾けるような感覚が走っていった。

 ……そうだ、守ればいいんじゃないか。普段から、あれだけボディーガードとして側に仕えていたのに、なんで忘れていたのだろう。


「……そうですね。しかし、どうやって守りましょうか」

「それは二人が帰ってきてから、話し合いましょう」

「分かりました」

「ほら、早く食べなさい。みんな食べ終わっているわよ」


 須田が辺りを見回すとみんなはもう食べ終えていて、椎田さん特製のチーズケーキを堪能していた。


「椎田さん、私も頂けるかしら」

「もちろんですよ、菊池さんは甘いものがお好きでしたか」

「ええ、特に椎田さんの作るスイーツは大好物ですわ」


 慣れた手際でチーズケーキを切り、菊池の前に差し出す。

 しっとりとしていそうなチーズケーキの上にベリーソースがかけられ、その上にハーブを添えられる。

 見ていて、なんだかとても美味しそうだと感じる。

 少しむせそうになりながらも、椎田さんの朝ご飯を食べ終えた須田は同じように特製のチーズケーキをいただいた。チーズケーキの味はとても甘くて、でも甘いだけではなくチーズのまろやかさや酸味があって……これをお嬢様に出せたら喜んでもらえるだろうか、と思い立って後で椎田さんに作り方を教わるのだが……それはまた別の話。



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