Episode55 部屋割り
少しずつ進んでいきます、ええ。
俺たちは靴を脱いで、用意されていたスリッパに履き替えて広間へと抜ける。
そして一言。
「広いな……」
中は外見からなんとなく想像はついていたにしても、とにかく広い。内装は特別豪華な造りにしているわけではないのだが、置いてある家具や電化製品はどれもこの静かな雰囲気の部屋に合わせられていた。
開けられている窓からは涼しげな風が俺たちの合間を縫うようにして流れている。
サラサラと艶めかしい髪を風になびかせているのは優姫さん。綺麗に下ろされた髪からはふわっとしたシャンプーの香りがしている。
俺たちが感嘆をあげながら部屋をきょろきょろと眺めていると、シュシュで束ねた金髪ツインテールを輝かせている弥生が俺たちの前まで歩いてきた。
「さ、あの人がここの管理をしている椎田悠さんよ」
弥生が差し出した手のひらの先には、シュッとしたスーツに似た服を着ている中年の男性がとても綺麗な姿勢で立っていた。
「ご紹介に預かりました、私めが椎田と申します。こちらの管理を神崎様から任せられております。皆様は弥生様のご友人、と聞いております。短い間ではございますが、よろしくお願いします」
深々と椎田さんが礼をするのに釣られるように俺たちも礼をして、それぞれが「よろしくお願いします」と返した。
「各々の部屋は二階をお使いください。何か用がございましたら、何でも申し付け下さいませ。それでは……」
そう言って椎田さんは奥の方へ戻っていった。
まさにジェントルマン、といった雰囲気でとても感心する。仮に弥生と釣り合うようになるとすると……こういう感じにならないといけないのかな。
「洵?」
なんて思考に耽っていると弥生が俺の顔を覗き込んで……顔近いって!
「や、弥生……?」
「ぼーっとしていたから」
素っ気なく弥生は返す。弥生の吐く息が首元に触れる。
弥生の大きな碧色の瞳には動揺している俺が映っていて、吸い込まれそうな気さえしてくる。
「……何でこうなったんだよ」
俺は弥生から一歩引きながらどうにか言葉を返した。
やばい、かなりドキドキしたぞ。
「挨拶も済んだことだし、荷物持っていって部屋割りをするわよ」
弥生はなんでも無かったかのように平然とみんなを誘導している。
って、それ俺の仕事じゃないか、忘れてた。
「弥生、ごめんな」
「謝る暇があるなら動きなさい」
「は、はい!」
弥生の隣に立って俺もみんなに呼びかける。
始まったばかりなんだから、気を持ち直さないと。
……弥生と出会ってそろそろ二ヶ月。
尻に敷かれている俺は何ら変わりがないのだった。
◆
大きな屋敷の一室でメイドの菊池は荷物をまとめながらパソコンを触っていた。
「……まさか、ね」
ぽつりと呟いた言葉は一瞬で消えていく。
バッグのチャックを閉めて、ふう、と吐息を漏らす。
もし、何かがあれば須田もいるのだからどうにかなるはず。
そう自分に言い聞かせパソコンを閉じて……一度閉めたバッグを開いてパソコンを詰め込む。
念の為に、持っていこう。あちらにネットの回線はあったはずだ。
可能性があるならば、その可能性は徹底的になくさないといけない。
笑っているだけでは済まないかもしれない、後で須田にも話しておこう。
二人は、お嬢様に忠誠を誓っているのだから……見守りたいのだ、面白くなってきたのはつい最近なのだから。
◆
くじ引きで部屋割りを行った結果、俺は一番奥の部屋になった。
二階の半分は廊下が長く続いていて、両サイドに部屋が並んでいるという仕組みなのだが……一番奥の部屋だけ、妙に他の部屋に比べて離れてしまっているのだ。
「なんだか寂しい……」
基本は二人部屋なのに、俺だけ一人とは何事か。
理不尽だ、認めてたまるか。
「あー、もう!」
なんだか苛立ってしまう。己の不運をここまで呪いたいのは久しぶりである。
空気を替えてみようとカーテンを開け、窓を開けると涼しげな風が入ってくる。
そして、風とともに俺の元へ入ってきたのは……みんなの楽しそうな声。
……待って、俺なんかすごい寂しくなってきた。
一人の辛さをなんかこれでもかと味わってる気がする。
遊びに行こうかな、とりあえず。
すぐに荷物を隅に置いて、俺は孤独から逃げるように部屋から出た。
木で造られている味わいのある長い廊下をひたすら歩いていく。
とりあえず、弥生に会いたい。この孤独を一番紛らわせてくれるはずだし、今後の予定の確認という名目がある。
よし、数秒で思いついた作戦だが割れながら完璧だ。
いける!
コンコン、とノックをしてみる。
「……誰だ?」
「須田か……」
「なんか癪に障るな」
なんて言いながら須田が扉をわずかに開けて顔だけ出している。
まあこの際須田でも構わない、とりあえずこの孤独からは離れたい。
「で、どうしたんだ?」
「いや、あまりに暇でさ」
「そうか」
「入ってもいいか?」
「なあっ!?」
俺が扉に手を掛けようとすると、須田に全力で遮られてしまう。
「だめだ、今はだめなんだっ!」
「な、なんでそんな慌ててるんだよ」
まあいつもせっかちな感じはするんだけどね。
いつになく慌ただしい様子の須田はどこからどう見ても何かを隠していると見た。
しかし、ダメと言われたらやりたくなるのが人の性。
「いいじゃないか、別に何もないだろ?」
「……と、とにかく入らないでくれ、頼む」
「もしかして……何かやっちゃったとか」
「ギクッ」
いや、「ギクッ」なんて口にする事無いだろ。わかりやすいにも程がないか?
「誰にも言わないからさ、教えてくれよ」
「……言ったらシメる」
須田にギロっと睨まれて少し怖い。
まるで虎みたいな風格さえ感じされる須田は今にも噛みつかんとする形相である。
「言わないからさ、落ち着けって」
「分かった、入るなら入ってくれ」
須田に通されて中へ入ると……
「これは……」
部屋に飾られている人形の腕が、ものの見事に外れていた。
これを見られたくなかったのだろうか。
「……外れてしまったんだ」
「それで入るのを嫌がったのか」
「……まあ、そんな所だ……それと、もう一つ理由がある」
「もう一つの理由って――」
俺が言い終えるよりも先に、その理由と思われるものが須田の持ってきていた大きなバッグから現れる。
「にゃむ」
「あっ、おいムラサメ!」
須田が慌てて捕まえようとするが、ムラサメという名らしい、茶色の毛を纏う猫がすっと飛び跳ねてかわす。
そしてその猫は須田をかわしながら、器用にテーブルに上っていき、そこから俺に向かって跳んでくる。
「お、おおうっ!?」
慌てて俺はムラサメを抱きしめると、部屋は少し静かになった。
「……ご苦労だった、すまない」
申し訳なさそうに少し息を切らしている須田が俺の前へ来る。
須田がムラサメへ向けて手を広げるが……ムラサメは一向に俺の元から離れようとしない。
「ムラサメ、ほらっ」
「な~む」
須田が催促するが、ムラサメは首を振って抵抗している。
頭いいな、こいつ。というかむしろ怖いんだよな、分かるよ、ムラサメ。
「お前も、いつまでもそうやってないで早く私に返せ!」
「あ、ああ。悪いな」
俺は須田になんだか嫌がっているようにも見えるムラサメを渡す。
「まったく……」
そう言って須田は嬉しそうにムラサメの頭を撫でている。
――だるいなぁ。
……なんて声が一瞬聞こえた気がした。
「ま、まあなんとなく分かったし……俺はもう行くよ。人形は後で手伝えたら手伝うからさっ」
なんだかさっきから須田がやけに怖いので、俺は足早に部屋を後にすることにしたのだった。
お読みくださり、ありがとうございました。
予想外の産物、ムラサメちゃんの登場です。
なんかノリで出てきました、この子。
ちなみに雑種でございます。みっくすみっくす。
次回も読んでいただけたら、たいへん嬉しいです。