Episode53 出発
ついに出発です!
それから、数日後。ついに計画実行の日がやってきた。
灼熱の太陽による真夏らしい特上の暑さとカーテン越しにも明るく感じる日光が外の晴天を告げていた。
暑ささえ抜けば絶好のお出かけ日和。まあどうせ長野、軽井沢の避暑地に行くのだから問題はない。
母さんに数日帰ってこないと伝えたら特に変わった様子もなく「いってらっしゃい」と即答されてしまった。
前から思っていたけど俺の母さんって変わり者? ……子として否定したいのだが難しい。変わってるよな……
そんな変わった母さんは早くに出ると言った俺と優姫さん、そして集合時間などの都合により、朝早くから来てくれている青葉のために朝からカレーを作ってくれたようで、リビングにまで香辛料の香りが充満していた。
……何故にカレー?
朝カレーなんてのがコマーシャルでやっていたのは知っているが、朝から本格的に作るものではないと思うんだけど。まず大体はあれって昨晩の残りのカレーをいただくって感じじゃないの?
なんて返ってこない問いをそこらへ投げかけていると食卓にカレーが並べられる。
「え……」
つい、言葉をなくしてしまう。
並んだカレーをのぞいてみるとそこには……朝だというのにどすん、と豚カツがカレーの上に鎮座していたのだった。
「ふふ、今日から数日帰ってこないって言うから張り切っちゃった」
手を頭に当てて舌をぺろっと出して言っているが…笑い事じゃありませんよ。
ちなみに俺と弥生で決めた旅行は、三泊四日を軽井沢で過ごす予定。
「母さん、朝からカツカレーなんて……これ本気?」
十五年間育てられてきた子である俺としても、これは冗談にしか感じられなかった。
「本気よ。食べてね、おかわりもあるわよっ」
絶対しないよ……
「いただきます」
「……カツもカレーも絶品ですね! 今度よろしければ教えてください!」
俺の横に座る青葉はガッツリ食べているんだけど、これは何かの錯覚なのかなぁ?
「ええ、青葉ちゃんなら大歓迎よ~」
「ありがとうございます! 今度伺わせていただきますね!」
「本当に美味しいね……伯母さん、今度私もいいかな?」
「もっちろんよ! ……ママ、頑張っちゃうわよ~!」
ええっと……ちょっと落ち着け、俺。これは夢に違いない。そう、きっとそうだ。じゃないとこのアウェイ感は何なのだろう……。
俺は半ば不審げながらも絶賛されているカツカレーを頬張ってみる。
「お、美味しい……」
「でしょ? 母をなめてはいけないのよ!」
朝から元気な母さんが元気に高らかと言い放つ。
これは夕食で食べているカレーとはまた違う味だった。朝を考慮しているのだろう、カツもあっさりしていて全然重くないのだ。
何はともあれ、夢じゃないみたいでよかった。
朝カレーの美味しさに感動した俺はするまいと決めていたおかわりをし、心配する青葉と優姫さんをよそに気持ち悪くなるほど食べてしまったのだった。
「ちょ、やばい……吐く、うぐっ……」
弥生と執事の須田が俺たち――海斗は朝食後に合流した――を迎えに来てくれて、今は車の中。車は高速道路を走っているらしく、似たような風景が続いて全然面白くない。
相変わらず空調やらが完璧な車内には揺れもわずかだった。
だが俺はそのわずかな揺れでさえも吐き気を催してしまっていた。
しかしこの状況で吐くなんて許されるわけもない。
誰のせいだ! ……俺だ! ……後悔。それにしても本気で気持ち悪い。
「弥生、一回休めないか……うぐぐっ……」
喉元まで込み上げてきたカレーをどうにか抑え込む。喉が少し焼けるような感じがして、気分としては最悪だ。そろそろ限界が近づいている。このままならあと三十分もすれば吐くね。
「はぁ……もう、洵のバカ。高橋、近くのパーキングエリアとかコンビニでもいいわ。大至急で向かってくれる?」
「かしこまりました、お嬢様」
高橋と呼ばれた人は、ミラー越しに見てみると……なんだか見覚えがある気がする。
「大丈夫ですか?」
俺の隣に座る青葉が背中をさすって介抱してくれる。
「……うん、ありがとう……」
擦られるとよるねきいやわら吐きそうです。むしろ逆効果です。
ちなみに今の車内はというと、俺が後部座席の一番後ろの真ん中で、右隣には弥生がいて、その前には須田、俺の左隣には青葉、その前の席に優姫さん、海斗は……助手席。
差別だろうか。うーん、エンジンでも海斗なら仕方ないかも。
何故そうなったかは弥生曰く「バカがうつるから寄らないで」という非常にシンプルなものだ。 海斗が一切否定できないのは日頃の行いのせいに違いない。海斗を抜いた全会一致で助手席に。
優姫さんと弥生がなんだか楽しそうに話しているのを横目に俺は吐き気をこらえる。
自業自得って言われたら一切反論のしようがない。でも辛いんだよ。
「むぐ…っ!」
さっきよりも強い吐き気が襲ってきた。危うく吐きそうになる。
「洵さん、大丈夫ですかっ!」
青葉が心配してくれている。心配は嬉しいけどさするのをやめてほしいかも。
「洵ざまぁみろー!」
お前は黙れ。
「ほら……着いたわ。肩貸してあげるから行くわよ」
俺は弥生に連れられて、パーキングエリアのトイレへ向かう。
「ありがと、やよ……おえっ……」
トイレの前まで連れてもらったお礼をしようとしたら急に込み上げてきて慌てて口を閉じて手で押さえる。
「はぁ……いいから……早く行きなさい」
俺はため息混じりの弥生の言葉に素直に従ってトイレへ入った。
「おええ……」
だいぶオーバーしていた分は吐いてスッキリした。この悪臭と口に残る胃酸の酸っぱさが非常に不愉快で仕方がない。
やっと落ち着いた俺はトイレを出ると、入口に弥生と須田が待ってくれていた。
「洵、大丈夫かしら?」
「ああ、もう大丈夫だよ。心配かけてすいませんでした」
頭を下げて二人に誠心誠意謝った。
「自己管理くらいできなくてどうする」
「はい……すみません」
須田のお咎めの言葉が突き刺さって地味に痛い。
「もうちょっと休んでも大丈夫よ、みんな休んでいるわ」
周りを見渡すと海斗がなんかソフトクリーム食べていたり、青葉が冷やし中華の看板とにらめっこしている。
ほんと冷やし中華好きなんだな……
「ちょっと口がスッキリしないから、ガムでも買ってくるよ」
「あたしは先に戻ってるわ。須田はみんなに呼び掛けてきてくれる?」
「はい、須田祐佳、お嬢様のために頑張りますっ!」
……発見があった。
「……須田祐佳っていうのか」
「あっ! 私としたことが……」
「気にしても仕方が無いわ……とりあえず、お願いね」
「……ですね、わかりました!」
勢い良く須田は去っていく。なんかさっきよく分からないこと言ってたけど。
それにしても女の子みたいな名前だな。ほんとに間違えかねない……喋らなければ。見た目だけなら女の子にしか須田は見えないのだ。人は見かけによらない、まさにこの言葉の通りだった。
弥生が車の方へ歩いていくのを見て、俺はまだ少し気持ち悪さが残る口をもごもごさせながら、パーキングエリアのコンビニへガムを買いに行ったのだった。
お読みくださり、ありがとうございました。
次回もまた、読んでいただけたら幸いです。