Episode50 赤色
勢いで書きました、なんちゃって。
……本当にどこにいるんだ、青葉は。そして。
「俺は本当にどこにいるんだ……?」
あれから、むやみやたらと歩きまくったのだが……もはやどこかも分からない場所にたどりついてしまった。
もちろん見覚えなんてあるはずもなく、辺りは相変わらずの山と木々。完全に迷っている。
使いたくはなかったが、これは……
「迷子……なのか?」
本当に情けなく感じるが俺、小波洵は迷子になってしまったらしい。もう少し下調べをするべきだった。今更後悔しても仕方ないのだが……。
「……そうか!」
今頃になって活路を見出す。それは、スマホの地図アプリ。GPS機能により現在地を割り出し、それからその周辺などを調べたり、決めた行き先へと案内してくれたりするという、まさに俺みたいな人へ向けた親切なアプリだ。
下がりきっていたテンションはかなり上がり、半ば興奮気味に、全力の期待を込めてスマホを起動し、アプリを開く。
しかし、上がったテンションは手を離されたかのように落ちていく。
何故なら――
「け、圏外だと……?」
さっきより山の方へ踏み入ったのが悪かったのかもしれない。そのせいか、電波のマークは圏外の文字に変わっていた。
やっと見つけた希望はあえなく閉ざされ……俺の目の前には重たい現実が迫ってくる。
「この歳で、迷子って……と、とりあえず道を引き返そう」
今来ていた道をそのまま戻れば、必ず帰れるはず。一度戻ってから弥生にでも聞いてみればいいのだ。
そう思ってひたすら今来ていた道を引き返していく。
「…………どっちだっけ」
引き返していくうちに、分かれ道に差しかかる。困ったことに、どちらから来たなんていう記憶はどこにもなかった。
少し歩いたのでわずかなの希望を持ってスマホを点けてみる。しかし、さっきと変わることはなく、圏外の文字が映えているのだった。
「はぁ……もういい!」
電子機器なんてもうあてにしてたまるか。信じるは己のみ、己の足のみだ。
俺は分かれ道を勘を便りにして歩んでいく。
間違えていたって構わない。電波さえ届けば場所の把握なんてすぐにできるし……って電子機器に頼るつもり満々じゃないか。
なんて一人芝居を脳内で繰り広げながらもひたすら歩いていく。この圏外のエリアさえ抜けてしまえればこちらのものなのだ。
きっと、もう少し歩けば……抜けられるはずだから。
俺はそう信じて、畑に仕切られているような道をひたすら歩くのだった。
◆
洵が迷子になっている頃。
大きな屋敷の自室でスマホの画面をじーっと見つめてはため息をつく金髪の少女がいた。
「もう……返事がないじゃないの……」
彼女、神崎弥生のため息の原因は返事が来ないからだ。
送った相手は、もちろん洵で『須田と菊池も来ることになったわ。そっちはどう?』と送ったのだが……返事どころか、相手が見たら付くようになっている既読すらつかない始末。都合もあるから早めに決めてしまいたいのに、返事がなくてはどうしようもなかった。
だからと言って、今洵がどこにいるかは分からない。返事がない、また既読がついていない……ということは、きっと外出中である。外出してまでの用があるとするなら、青葉の元へ向かっているのだろう。今頃は、もう青葉に会っているのだろうか。
……何故か、ムカムカする。よくは分からないけど、いい気分とは言えない。
「早く返しなさいよー……」
弱々しくつぶやいた言葉は広い部屋の空気に溶け込んでいく。
弥生の部屋は特に広く作られており、家具は一級品のものが取り揃えられていて、一日三回はメイドたちが掃除をしているために埃は見つかりもしない程だ。
そんな極上な部屋の、これまた極上な椅子に座り弥生はため息をつく。
メッセージを送ってから、来ない返事を思う度にため息が勝手に出てしまう。
今回の洵の頼みを受け入れたのは、この前の借りを少しでも返したかったからだった。それにどうせ暇を持て余すのはいつもの事だった。教養などは既に身につけられているため、思いのほかする事はない。ましてや弥生は好き好んで出かけるタイプでもなかった。
「お嬢様、掃除に参りました。失礼してもよろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
「では、失礼いたしますね」
弥生がそう返すと、特に見慣れているメイドの菊池ともう一人、確か新人のメイドの……竹中が部屋へ入る。
「では、お掃除させて頂きますね。お嬢様はそのままでいらっしゃいますか?」
「……ええ、任せるわ」
「かしこまりました」
そう言うと二人はそれぞれ掃除をはじめる。
横目で二人の様子を見てみると、菊池は流石の年季もあってか流れるように勧めていくが、対する竹中はま作業は覚えているようではあるが、まだまだ手際がいいとはお世辞にも言い難い。
なんだか対照的な二人を見ていると飽きない。
そういえば、弥生がもっと小さい頃は菊池もこのくらいだったはず。失敗をしたりして、泣いていたりしている事もよくあった。
今ではとても思えないくらいなのが、本当に成長しているのだと感じる。
――それに比べて、あたしは成長した?
確かに、初めて高成に正面から言い返したのはある。しかし、それは洵の後押しがあったみたいなものなのだ。
あの時、洵が帰らなくてもいい、そう言っていたら……今頃はここに居なかっただろう。
「では、失礼いたしました」
「し、失礼しましたっ」
いつも通りの菊池と、なんだか慌ただしくメイドの竹中が部屋を後にする。
再び一人になった部屋で、弥生は何度目かも分からないため息をつく。
「……早くしなさいよ……もう」
怒ってはいるのに本気で怒れない自分が、弥生は少し情けなく感じてしまうのだった。
◆
俺はもう今日で勘に頼る事をやめようと誓った。
「……どこだよ」
情けないつぶやきが、夏の陽気に溶かされる。
あれから俺は歩いた。これでもかと歩いた。
その結果、途中でスマホを落とし取りに戻る羽目にあい、また歩いて戻って来て確認しようとしたら、何故か曲がかけられていたせいでスマホの充電が切れかかっていたのだ。
そして地図アプリを開いていざ確認――のタイミングで電源が落ちて、今に至る。
せめてコンビニがあれば、なけなしのお金で充電器を買うのだが、そのコンビニが無い。もうやだ。
「はぁ……」
そして半ば諦めながらも、ひたすら大きくため息を漏らしては足を運ばせるという苦行に励んでいた。
正直言って、とても辛い。帰りたい。
家もあまり見ないような畑や田んぼが辺りを埋め尽くす開けた道路は、暑さも絶好調で苦痛に苦痛を重ねてきている。
車は通らないし人も見かけない。そして最後に信じていた己の勘も役に立たず……どうしろと。
久々に絶望が目の前にあるような気分に襲われる。海斗でもいいから誰か居てくれるだけで、少しは気が楽なのに。
迷子の恐怖をこの歳で痛感するなんて、笑い話にもしたくない。というか笑えない。
「うおおおお!?」
俺がふと前を見ると、なんだか人影が見えた。もう誰でもいい、迷子の俺を助けてくれ! 一人は嫌だ!
そんな情けない僅かな望みを託して、俺はその人へと歩み寄る。その人は後ろを向いているようで、まだこちらには気付いていないようだ。
だいぶ近づいてきて、俺は驚いてしまう。
その後ろ姿は……赤髪で、ポニーテール。
昨晩、公園で俺をひっくり返らせたあの人だろうか。そう思うと、一気に恐怖に近いものがざーっとこちらに寄ってくるのを感じた。
しかし、今はそんなことを言ってられる状況でもない。
「あのっ!」
「……なっ!? 背後から敵か!?」
そう言うやいなや、ナイフを左手に構えてくるっと回りながらこちらとの距離をとる。
「お、お前は……昨日の、か?」
「……ええっと……はい……」
俺の目の前には赤髪ツインテールの女の子。背は少し低めで右目に眼帯をしていて、左目は真紅。カジュアルな格好をしていて、左手にはナイフを構えている。
そして感想を簡単に言うと、超怖い。
「そうか……ふむ」
「ええっと…………あの、助けてくれませんか?」
「助ける……?」
彼女は首をかしげている。
よく見てみるとかなり可愛い。眼帯で隠れているのが少しもったいないが、似合っているのでこれはこれでいいと思う。
「えっと……とりあえず、それ片付けてくれません?」
「……あ、ああ。敵意はないな?」
「あるわけないのでお願いします……」
とにかくそのナイフがとても怖い。すごい切れそうなんだもの。
「そうか」
と、彼女はすっとナイフを片付ける。なんかホルダーみたいなの持ってるんだけど、この人何者。
「悪かったな。で、用件は?」
「……道に迷いました」
「……それだけか?」
「…………はい」
情けないなぁというのは分かっている。しかも相手は少女だ。なおさらではあるが、背に腹は変えられぬというものだ。
少女は少し考え込んでいるようだ。まあ、そりゃあそうか。
「……仕方ないな。街まで送ってやる」
「あ、ありがとうございますっ!」
どうにか行き倒れだけはまぬがれそうだ。
そう思うと、ホッとしてはぁーと吐息を漏らす。
俺は、先導を切りツインテールを揺らす、眼帯の少女の後ろをついていくのだった。
お読みくださり、ありがとうございました。
謎の赤髪の少女の再登場。
彼女は一体何者なのか、それはこれからです。
次回も読んでいただけたら、幸いでございます。