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Episode49 進む計画

今回はゆっくり進むお話です。

 朝。ほんとに朝なのかと疑ってしまいかねない暑さが、窓を通り抜けて部屋に充満していた。

 弥生と別れたあと、家に帰った俺は何事もなく過ごし、いつも通り夜が明け……今に至る。

 そして忘れていたことが、せっかく計画を練ったというのにまだ誰にも聞いていないのだ。

 これではいけない、そう思ってすぐに海斗に送るが、返事は来ない。まああいつが朝早いなんてことは有り得ないから予想通りではある。

 次に聞くのは園田、この前に連絡先を交換しておいてよかったと密かに過去の自分を褒めながらもこのことを伝えておく。園田もあまり早いイメージはないけど。


「うおっ」


 すぐさま園田からの返事が来て少し焦る。

 なんかごめん、園田。


「……そっか」


 答えはというと、ノー。

 よくは分からないが、「ちょっと忙しいので辞退します」とのこと。

 まあ少し残念ではあるがそれは仕方がないか。

 これで俺に課せられた役割は後二つ。あの二人に参加するかを聞かなくてはならない。

 優姫さんと青葉。きっと二人とも大丈夫だとは思うが……青葉が何処にいるかがわからないのが問題だ。

 とりあえずは顔を洗うなりしつつ、優姫さんに確認をとって、後は青葉だな。


 俺はスマホをポケットに入れて、部屋を出た。



 少し驚いたことがある。

 降りるとピシッと起きた母さんがいたのはまあいいとしよう。そういう日もある。

 困った事があるのだ。

 居るに違いないと思っていた優姫さんは、母さんいわく「朝一で用事があるって出かけたわよ」との事で。

 さらに困った事に、俺は優姫さんの連絡先をまだもらっていなかった。おかげで連絡手段は途絶えてしまっているということで。

 昨日のうちに聞けばよかった……などと、後悔しながらも妙に活力あふれる母さんの美味しい朝ごはんに舌鼓を打っていた。

 相変わらず美味しいこのクオリティは是非ともリスペクトしたい。母子家庭かつ、母さんが仕事の都合上で遅くなることもよくあったため、自炊はいつの間にか身についている俺の隠れた得意スキルとでも言ったところなのだ。

 しかし、昔から親しんできた母さんの味に追いつくにはどうやらまだまだかかるようで、俺は地味に奮闘していたりするが、それはそれ、これはこれだ。

 食事を終えた俺は暑さが本調子を迎えてしまう前に青葉に会おうと、家を朝から出るのだった。




  ◆


 神崎家の屋敷のリラックスルーム。

 ここではメイドたちが一時的に仕事を放って休憩を取る空間である。といっても、いつも主にいるのは須田と菊池だった。この二人は昔からの付き合いで言わば友達のようなもの。昔もこの部屋によく居た名残なのかは分からないが、打ち合わせをするまでもなく二人ともがここに来ていた。

 須田と菊池が朝の余暇をぼーっと過ごしていると、こちらもまたこの部屋に思い入れがある少女であり、二人が仕えている主人のお嬢様の弥生が慌ただしく扉を開けて入ってきた。


「須田、菊池……もせっかくだしいいわね」

「お、お嬢様?」

「あら、どうなされました?」


 もはや習慣とでもいうように二人はいつも通りの口調になる。そしていつもと違い珍しく慌てているような弥生を、少し不思議そうに見つめる。


「今度、貴方たちも来るかしら、軽井沢に」


 少し息を切らした弥生からのお誘いは二人にとって願ってもみないことだった。


「わ、私でよろしければ是非っ」

「お嬢様からの頼みでしたら……かしこまりました」

「決まりね。さ、後は洵の方に確認するだけかしら。じゃあ、あたしはやる事あるから……またね」


 返事を確認すると同時に弥生は踵を返した。


「はい」

「無理はなさらずに、ですよ?」

「ありがとう、じゃ……」


 二人に軽く手を振り、弥生は部屋から出ていった。


「お嬢様があんなにバタバタしてるのなんていつぶりかしらね……」

「確かに……活発的、というか」

「あらあら、高校生なんだからそのくらいじゃないとね」

「あなたもそんなに変わらないでしょう……」

「ふふ……」

「……さ、そろそろ時間だから行きますか」

「そうね」


 衣服を整え、二人は並んで部屋を出る。

 いつも通りの一日が今日も始まる。しかし、どこかいつもよりも気分が良かった。それは、須田だけではなく、菊池もだろう。何故なら、二人は笑顔だったから。

 今日も頑張ろう、そう心の中で呟いて、二人は各自の仕事へと移っていくのだった。



  ◆


 ……困った。

 まだ暑くない――と言っても暑い――うちに青葉を見 つけようと思い山の方まで来てみたのだが……


「ここどこだよ……」


 そう、この歳になって見事なまでの……だめだ、このワードは挙げたくはない。

 少しばかり寄り道をしているだけだ、そして今は景色を眺めてるんだ。


「いや……木々が生い茂ってて……セミうるせえ」


 山あいまで来たので、辺りは山と木々だらけなのだ。他にあるとすれば数少ない住宅と畑。夏だけあってセミはまさに全盛期、命のバトンをつなぐために全力で鳴いている。

 こちらからすれば「ふざけんな、うるせえ」の一言に尽きるほど耳に障る。

 こんな環境にいて青葉はぐっすりと寝られるのだろうか、とかなんて思う。前に一瞬だけ見た感じでは辺りは木に囲まれている感じだったし、色々と不便なのではないかと思ってしまう。

 優姫さんがもしいなければうちに今だけでも来るか? なんて言うかも……いや、ないか。

 青葉が正面の部屋にいる、そう意識するだけで相変わらず落ち着かなくなるだろう。逆に考えると、この前の弥生が居候していた時があったわけで……よくやったと自分を褒めたいほどだ。


「結局……どこなんだ?」


 辺りを見回しても同じような風景。というより俺は青葉の家をよく知らない。なんとなく山あいにあったという事だけは記憶の片隅にはあるのだけど……。

 

「はぁ……」


 なんでこうなってしまったのか、と己の浅はかさに自分自身嫌になりながらも、俺はため息をついて山あいの道を進んでいくのだった。




  ◆


「よし、上手くできましたっ」


 朝の光が窓から差し込んでいる。冷暖房があるとはいえ、無償で借りている身の上であるから冷房は使っていない。というより、そういった水道やガスなどの料金がかかるようなものは必要最低限に留めていた。

 白い羽が特徴的な銀髪のおかっぱの少女、小鳥遊青葉は朝ご飯を作っていた。

 今は完成して皿に盛っている所。

 もともと料理は昔に半ば強制的にやらされていたおかげで人並みには料理ができる。いや、もしかすると一般よりも上なのかもしれない。小学生の時から無理やり任されてしまった炊事は思わぬところで役立っている。

 前に簡素な朝食を洵に振舞ったのだが、洵はとても喜んでくれていた。それがとても嬉しくて、慣れない料理をそのあとに作ってみて見事に失敗したのはまた別の話。

 サラダに特製のドレッシングをかけて食べる。このドレッシングは突然炊事を任されてしまって、困っていた時に読んだ料理本のものをアレンジしたもの。なんとなくで作ってみたら思った以上に美味しくて、それ以来レシピを頭の中に叩き込んでおいてある。


「ごちそうさまでした。お姉ちゃん……今日も頑張るから……見ててくれるよね」


 朝食を済ませた青葉は形見である鈴を見つめてから、そっと目を閉じて姉にささやくようにつぶやいた。

 早くに亡くなってしまった姉への心残りはあまりに大きくてたまに辛くなってはしまうが、洵たちのおかげでだいぶマシになっていた。

 ――私は、もう独りじゃないんよね、お姉ちゃん。

 帰っては来ないことは分かっていても、心の中で問いかける。もう大好きだった姉に直接会う事は出来ないが、きっと、心の中にいる……そう思っている。


「今日は何をしましょう……」


 全くもって今日の予定というものはない。課題などは滞りなく進めているし、遅れていた分はとっくに取り返していた。青葉も通う事になった私立桜沢高校は、中の上と言ったところで、青葉が姉の紅葉と合格を果たしていた公立高校は上の中……と言ったところである。そのため、内容としてはそこまで問題はなかった。二ヶ月ほどの空白はだいぶ取り返していると言える。これも青葉が努力家だからなのだが……本人はあまり気付いていないのだった。


「……どうしよう」


 特に行くあてもない青葉は、本当にする事がなかった。たまには、適当に街中を歩いてみるのもいいかもしれない。

 持ち前の羽で空を飛ぶのもいいかもしれないとは想うのだが……弥生に控えた方が諭されて、それからは基本的に控えている。

 もう気にしないことにすると心に誓ってはいたのだが、弥生がそうするべきだと言っていたので素直に従う事にしたのだった。

 確かに、はたから見ておかしいのは言うまでもない。

 その事も含めて、なおの事することが無かったのだ。


「……図書館でも行こうかな」


 特にすることがないからこそ、なにか本を見つければ時間を潰せるのではないかと思い、青葉は図書館へ行くことにした。

 実は、課題の読書感想文だけは全然進んでいなく、それは本が見つかっていなかったためだっだ。見つけなくてはいけないとは思いつつもつい、後回しにしてしまっていたのだ。

 青葉は小さめの肩掛けバッグを掴んで、元気良く図書館へと出向くのだった。

お読みくださり、ありがとうございました。


少しずつ進めております。

次回も読んでいただけたら、幸いでございます。

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