Episode48 二人での公園
洵くん、代わってください。
……じゃなかった。
ということで二人メインです。
俺たちは喫茶店を後にして、なんとなく街中をぶらぶしていた。すぐ別れても良かったのだけど、弥生から切り出す様子もなかったのでそのまま二人でいた。
少し薄暗くなってきた公園に着いて、ただなんとなくベンチに座る。その隣に弥生も座った。
「疲れた?」
「大丈夫よ」
二人の会話はこれだけで終わる。
……でも、それだけで良くも感じられた。静かな空間というのはあまり得意ではないが、弥生とこうしているのは悪くないなとも思う。
普段なら女の子と一対一になると分かりやすく挙動不審になっていくというか。まあこれでもかなりマシになってきているんだけどね。
「なんだか……不思議ね」
「ん? 弥生?」
急に静寂を破った弥生はどこか影を帯びており、すっと俺の前に立つ。流石に座っているだけあって、弥生に見下ろされる形になる。
「あの日、あの時がもしも無かったら……どうなっていたと思う?」
突然、弥生は問いかけてくる。そして俺に答えを求めるわけでもなく、そのまま続けていく。
「きっと、こんな関係にはならなかったはずよね……。まず、赤の他人でしか無かったはずだから」
確かに、仮に俺が弥生を知っていたとしても……俺から話しかける勇気なんてあるはずもない。
「洵と会って……パパとは喧嘩もしたけど、うまく行っているのよね。昔のあたしなら、諦めて縁談に乗っていたのかもしれないわ……」
「そうか? 弥生ならなんだかんだで今のようになってたんじゃないか?」
弥生は俺よりも行動力があるから、きっと一人でもうまく解決できたのではないだろうか。少なくとも俺が知っている弥生からはそう感じ取れる。
「そうでもないのよ……あたしはね、昔から神崎家の令嬢だからとか、そう言われてパパの言いなりになっていたわ。縁談ばかりは嫌で、断っていたけれど……洵に会って……それから初めてパパに言い返せたの。多分だけど、勇気をもらえたからかしらね」
「勇気なんて無いけどな」
「そう思っててくれて構わないわ。でも、一つ。洵のおかげで助かっている人がいる事は忘れないで。青葉や…………私も」
「……そうだったら嬉しいけどな」
誰かのためになるなら、ある程度の犠牲くらいは構わない。過去に一度、何も出来なかったから……出来ることがあるならしたい。
「ま、そのうち分かってくれればいいわ。とりあえず今は現状維持してくれれば、ね」
「え、えっと……分かりました」
弥生はそう言って再び俺の隣に腰掛ける。
なんだかつい、敬語になってしまった。対異性のコミュニケーションスキルの低さが目に見えるようで少し嫌になりそうだ。
突然、ガサッ、と物音がする。
「な、なんだ? 誰かいるのか?」
「さ、さあ……洵、お願い」
「えええっ!?」
ガシッと俺の後ろに弥生がひっつく。
相変わらずの香りが鼻をくすぐるが、今はそんな場合じゃない。近頃不審者をこの辺で見かけたとか、そんな話も耳にしているのだ。最悪、その不審者とやらがここに潜んでいる可能性も有り得なくはない。
そうなったらもう身を呈してでも弥生を守るつもり――というよりも弥生に何かあったら、間違いなく高成さんにシメられる――ではあるが。
「わ、わかったよ……」
なんだか情けなくも感じつつも弥生を背に、物音がした方へと近づいていく。公衆トイレがあるから、その辺に潜んでいるのかもしれない。
ガサッ、ともう一度物音がする。それは公衆トイレを囲むようにしてある生垣の草が揺れたような音。
自然と体が強ばってくるのが自分でもわかる。緊張からか汗が額にじわっとにじんできて……普段は感じない鼓動をやけに感じる。
「よし…………誰かいるのかっ!」
思い切って生垣で囲まれた中へ入ると……赤髪の女の子がいて――
「うおわっ!?」
「ま、洵っ!?」
次の瞬間、俺の視界はくるっとひっくり返る。
そうして俺が気づく頃には体は地面へと落ちていた。
――転ばされた!? ……それに今の女の子は誰だ?
と考えているうちにその子の姿は隠れたのか、どこにも見当たらない。
一瞬だけ見えた感じでいうと、赤髪のポニーテールで眼帯らしきものをつけていたような気がする。
「洵、大丈夫っ?」
「ああ、ありがと」
弥生が心配してくれている。
そんな弥生には何も起きていないようで助かった。 弥生に何かがあった時に一番危険が生じるのは言うまでもなく俺なのだ。高成さんに次いで、須田という鉄壁の要塞に挟まれているようなもので……逃げ場なんてあるはずもない。
心の中でホッとしながらも、服についた砂利を払っていく。
弥生が背中を払ってくれたおかげで、服についた砂利はもう気にならないほどになった。
「しっかし……今の人はなんだ?」
「……さあ……うちで調べをかけてみるわ」
「わかったよ。って、そろそろ帰らなくていいのか?」
気付けば公園の時計は八時を指していた。
夏といえども流石に辺りはもう暗く、さっきまではたまには見かけていた通行人もいない。
「そうね。迎えを呼ぶわ」
代わりと言ってはなんだが……警官ならいた。今時自転車でパトロールに興じる警官がいるとは。
半ば驚きであるとともに、この状況でバレると厄介だった。高校生が八時以降に保護者なしでいる事は許されていないらしく、この時期は毎年警官が忙しいんだとか。もう放っておいてくれればいいのに、なんて思うがそうは行かないようだ。できれば補導なんてされたくもない。
しかし、最悪の事態が訪れる。警官さんらしき人がこちらへ近づいてきているのだ。言うまでもなくこのままでは質問され、補導されてしまう。俺だけなら構わないが弥生が補導された、なんて事になれば一大ニュース間違いなし、俺の明日はない。
そうなればただ一つ、隠れきるしかない。もし走って逃げようとも、警官は自転車を持っているために逃げ切るのは難しい。
しかしここの公園は大して遊具があるわけでもなければ、身を隠すところなんて公衆トイレを囲む生垣と公衆トイレくらいしかないのだ。
生垣をぐるぐると回ってやり過ごせるのならそれで構わないが、リスクを伴うくらいなら、確実性を取るべきではないか。
「や、弥生」
「急に何よ?」
「このままじゃ補導されかねないから、トイレに隠れよう」
「ええっ!?」
「ん? 声がしたな……誰かいるんですかー?」
「こら、声あげたらバレるだろ……行くぞっ」
標的はこちらを掴みかけている。その前に逃れなくてはいけない。
そう思うか動くが早いか、俺は弥生の腕を掴んでトイレの中へ入った。
公衆トイレの中へ入り、念には念を、ということで個室に二人して入っていた。
よりにもよって和式の個室は妙に狭くて、弥生がほんとに目の前にいて、ドキドキしてくる。
……と、足音が近づいてきた。
「トイレに入ったのかな……でも不審者かもしれない……」
なんて、独り言には大きすぎる声を発しながらトイレの中へ入ってくる。
足音が近付けば近付くほど、胸が高鳴るような気分になり汗がどっと溢れてくる。
息を殺すようにしながら、俺の腕の中にいるような体勢の弥生を意識してしまい、声が出そうになるが、どうにか飲み込んだ。
「あのー……失礼ですが、どちらさまですかー?」
「さ、小波洵です! あの、帰りだったんですけど、急にお腹の調子が悪くなっちゃって!」
「あ、そうなんですか……失礼しました。できるだけ早く帰ってくださいね?」
「は、はい!」
諭すような警官さんの声が、なんだか嘘をついている自分を突き刺すようで苦しい。
しかし、なにはともあれ警官さんの足音は離れていった。
「危なかった……弥生、大丈夫か?」
「……ねえ、引っ付きすぎよ」
頬を赤らめた弥生に言われてみれば……確かに狭いというのはあったが、俺と弥生の体は密着していて……。
「ご、ごめんっ!」
今更恥ずかしくなってすぐさま弥生から離れ、個室から出る。
今思えば、弥生の柔らかな肌の感触がありありと――
バコッ、という少し鈍い音が鳴る。
「いたっ!?」
すっかり見慣れた弥生の武器とも言える存在のピコピコハンマー……みたいなものが俺を襲っていた。可愛らしいピンクのフォルムとは対照的な重たい一撃を持つのが特徴である。あと普通に痛い。
「あ、あたしはもう行くわ……迎えも来たし」
「あ、ああ……じゃあな」
あまり大きくは変わらない無表情を持つ弥生が頬を赤らめながらも、怒った様子でトイレから出ていく。
ただただ俺はその背中を見送っているのだった。
お読みくださり、ありがとうございました。
新キャラの気配……赤髪ポニーテール。
次回も読んでいただけたら嬉しいです。