Episode47 準備
のんびりと進む夏休み。
長いけど、意外に短かったりするんですよね。
洵がガールズトークに置いていかれていた頃、山を抜けた先のむやみやたらと広い敷地にぽつんと建つ屋敷は珍しく騒がしかった。
「菊池、どこがいいかしら……?」
「そうですねぇ……手筈を整えるだけでしたらどこでも出来ますから……」
「というよりまずは人数や日程を決めた方が……」
リラックス出来るような飾り気のない部屋で、菊池と須田と弥生が話し合っていた。
マッサージチェアやソファが並べてあり、大型のテレビが置いてある。高価な芸術品なども置いていないこの部屋はまさにプライベート、という感じで昔から弥生はこの部屋はお気に入りだった。気を遣う必要もなくて、昔は菊池や須田とわずかに許された時間でよくここに集まっていた。当時からほぼ変わらないこの部屋は自室と同等、いやそれ以上に安心出来る部屋だった。
こうなっているのは元を辿ると洵の提案で、「せっかくだからどこか行きたいんだ。あ、少しでも異性に慣れるためというのもあるけど……」とのことで、弥生からして特に断る理由もなかったので準備はこちらに任せて、とだけ返した。
しかし、少し失敗したかもしれない。
一言で旅行、というとあまりに幅が広すぎるのだ。
せめて少しでもアイデアを聞いておくべきだったとは思うが……こちらに任せて、なんて言ってしまった手前、なんだか気が引ける。
それにきっとこちらに任せてくれているというのは、一つの信頼なのだと思う。そうなると余計に成し遂げたくなってくるのだ。期待に応えたい……そういったような。もしかすると、褒められたいという感情……に近いのかもしれない。
「……暑いので出来るだけ涼しい快適な場所がよろしいですかね?」
「……そうね。それだと、何があるかしら?」
「……九州方面はなし、か」
ちなみに、弥生はいつも通りで菊池と須田も特に普段と変わりはない。ただ、雰囲気はいつもとは違っている。あくまで二人の態度は変わらないが、どこか物腰も軽く友達のような感覚がする。
ここにいると素の二人がいるような気がして……少し嬉しかった。
あまり気遣わなくてもいいとは普段から言っているのだが、二人は「仕事ですから」と頑なで聞いてくれない。
これも我儘なのかもしれないが……昔から一緒に育ってきたはずなのに、なんだか距離を置かれている気がして少し嫌だった。
「あ……そういえば」
「どうしました?」
「お嬢様?」
あーだこーだと話していた二人だが、弥生のぽつりと呟いた言葉にすかさず反応する。
そういえば、一つ思い出したのだ。この時期にとても合う場所がある事を。
「ほら、うちの持つ別荘が……」
弥生の意見に二人は異論などなく、程なくしてこの話し合いは終わりを迎えたのだった。
◆
少し前に行った、駅前にある喫茶店の日除けが垂れ下がっている窓際の席に俺と弥生はいた。
前と同じ席な気がする。どうでもいいか。
今回はアイスが乗せられたメロンソーダを頼んでみた。
店員さんが離れていくと、弥生から声が掛かる。
「計画だけど……いい所があったわ」
「いい所か……どこだ?」
京都とか……そういうのだろうか。
なんだかいつにも増して自信が溢れている弥生を見て、元気そうでよかったと吐息を漏らす。
ここ二日ほどは会っていないし連絡も取っていないために……いや、待てよ。そうか、夏休みに差し掛かってもこんなに会ってたのか。
「ええ、とてもいい所よ」
「ああ、焦らさないでいいから教えてくれっ」
少し不敵な笑みを浮かべてそう言っていた弥生からは、悪意があったのだろうというのがありありと感じられた。
「お待たせいたしました、メロンソーダでございますっ♪」
俺が少し焦っていた所に、営業スマイル全開のウェイターさんがメロンソーダを置いていった。
ブーツみたいなコップにメロンソーダは入れられていて、その頂点にはアイスがトッピングとして盛られている。スプーンですくって食べると陽気にやられて少し火照っていた体を冷やしてくれて、とても気持ちがいい。
「さ――」
「お待たせいたしました、苺パフェでございますっ♪ では、ごゆっくりどうぞ~」
さて、と話を切り出そうとしたところで店員さんが割って入ってきて、弥生の前にやけにボリューミーに見える苺パフェとレシートを置いていった。
そして弥生は早速と言わんばかりに食べ始めて……甘いもの好きなのかな。
「弥生、それでどこなんだ?」
「んん……軽井沢よ」
もぐもぐしていた口を覆うように手を添えて弥生はするっと言った。さっきの焦らしは何なのだか。
「って……か、軽井沢か……」
聞いたことがある地名。確か長野県にある避暑地として有名なところで、いわばリゾート地として賑わっているんだとか……そんな感じだったはずだ。
「ええ、軽井沢よ。うちの持つ別荘がそこにあってね……」
「べ、別荘……」
つい、驚きのあまり繰り返してしまう。今更驚いてたまるかとは前々から思っていたのだが……まさか、軽井沢に別荘って。
「だから、数日そこで泊まらせてもらうことにしたのよ。それでいいかしら?」
「あ、ああ……」
良いも何も……そんなのこちらから願い下げである。軽井沢の別荘で数日間……そう思うだけで少し心が弾み始める。
「あ、何人の予定かしら?」
と、何人……だろう。弥生と俺、須田と優姫さんはもちろんで、青葉……海斗と園田も連れていくか。
そうなると、七人ほどだろうか。
「弥生と俺含めて七人くらいかな……あ、減らすなら構わないけど」
「いや、七人くらいならゆうに泊まれるわ」
別荘でそれって……うちより凄いんだけど。
「ま、まあ分かったよ。で、いつにするんだ?」
「それとか何をするかを話そうと思って呼んだのよ」
「なるほど、みんなの予定を聞いてみるよ。何をするか……はゆっくり考えようか」
俺は溶けてきたアイスが混ざってきているメロンソーダをぐいっと飲む。弾けるような炭酸が喉にとても爽快さを与えてくれた。
「そうね。決まるまでは帰さないわよ」
「……頑張ります」
下手すると帰れないなんてのは……嫌でもないけど困る。
弥生みたいな美少女と居られるんだから、少し遅らせたりしたくなるような気もしたが……あくまで付き合ってもらってるというか、協力してもらっているのだから、そんな事は言ってられない。
やるなら、全力を尽くしたいじゃないか。
俺たちがだいぶ話し合っていると、客が来たようで扉に付けられたベルが鳴る。
「玲音、遅いですわよ」
「無理に引き連れておいてよく言うよ……」
「私が、忙しい玲音に無理を言ったから……ごめんなさい」
「い、いや……なっちゃんは悪くないんだよ。彩楓姉さんがね……。なっちゃん、ごめんね?」
「ん、いい。その代わり後であーんする」
「貴方たち……ラブラブするのは結構ですけど、話はちゃんとしますわよ?」
妙に聞き覚えのある口調……ティエルなんとかさんだな。
あのイケメンは聞こえた感じだと弟らしい。傍からすると二股を平然と……いや、少し落ち着こう。流石にそれはよからぬ方向だと思う。
三人は俺たちとも近い席に陣取り、何やら話し始める。
「あれは何かしら?」
「俺も知りたいくらいだよ……。あ、そうだ、近くに運動できる設備とかってあるのか?」
「ええ、あるわよ。テニスコートとかね」
「おお、そうか……」
ああでもないこうでもないという感じで少しずつスケジュールを作っていく。こんなに楽しかったかな、こういうの。
「はい、玲音あーん」
「あ、あーん……」
「……あむ……うん、美味しい、うまー」
「くれるんじゃないんだ……」
そんな様子の二人を見ていると、なんだか少し前の事を思い出す。弥生が体調を崩して……や、弥生にお粥を食べさせて……その後、や、や、弥生にもプリンを一口だけ、食べさせてもらって……。
「……顔赤いわよ?」
「えっ……い、いや、なんでもない、なんでもないからっ!」
ジト目の弥生の刺さる視線と一言でハッとすると、どうやら顔が熱い。思い出して勝手に赤くなるとは……それに本人の前だし。余計に恥ずかしくなってきて汗が噴き出てくるようだ。
恥ずかしさのあまり、顔を逸らすと……こちらをじっと見つめているティエルなんとかさんと目が合った。
相変わらずのふわっとした髪は手入れをこなしてないと簡単に崩れてしまいそうな気がする。
というかティエルなんとかさんがじーっとこちらを見ているのが気になって……何なのだろう。
「どうしたの?」
「う、ううん……他に何かないかな?」
「そうねぇ……軽井沢の一等地だとは聞いてるしそれこそその気になれば、色々出来るのかもしれないけど……」
「そろそろまとめてみるか」
「そうね」
弥生と俺のこの話し合いはまだまだ続いていく。
しきりにティエルなんとかさんがこちらを見ているのが妙に気になったが……もしかして睨まれてるとか。恨まれても仕方ないか……。
そんなことを思いながらも一つずつ当日の予定を埋めていくのだった。
およみくださり、ありがとうございました。
今回は弥生が主ですかね。
さて、話はそろそろ動き出すと思われます。
次回も読んでいただけら幸いでございます。