Episode46 洵の苦労
洵視点もりもりです。
そろそろほかの視点も入れようかな……なんて。
海斗、園田視点……誰得でしょう(笑)
優姫さんの心遣いを無下にもできず、また教えてもらったり――やっぱりなかなか集中できなかったが――弥生の助けを借りたり……そして、課題再チェックの日を迎えていた。
真夏の陽気がむわむわとした暑さを作りあげていて、いつまでも日に当たっていれば間違いなく熱中症でも起こしてしまいそうだ。
そんな暑さにも無縁と感じられるようなほど涼しい職員室で、一年二組の担任である佐伯千夏先生によるチェックを受けていた。
「……よし。よく頑張りましたね」
「ありがとうございますっ」
佐伯先生が課題を差し出し、俺はそれを受け取る。
「でも小波くん、課題をやるだけが勉強じゃありませんからね」
「は、はい」
「課題テスト、期待していますからね」
「は、はい……頑張ります……」
課題テストというのは夏休み明けに行われる試験で、夏休みの課題から出題されるらしい。国数英の三教科で済むのが唯一の救いといえよう。
「では、失礼しました」
職員室の先生方へ一礼して、俺はとても涼しい職員室を後にする。
廊下に出た瞬間、元通りのむわっとした熱気が襲ってくる。ああ、職員室に戻りたい……。
暑い廊下をなんとなく足早に駆けていく。本来なら「廊下を走るな」とか言われそうなものだが、廊下には俺以外にはいないからその心配はない。
職員玄関の前を通り過ぎ、一年生の教室が並ぶ二階へと階段を駆け上る。そして、一年の教室を八組、七組、六組……というように次々と過ぎていき、二組の教室まで走ると、少し息が切れた。
というか何よりも暑い。本来なら各教室には吹奏楽部がいてそれに合わせて冷房がかかっているはずなのだが……あいにく吹奏楽部は見かけなければ冷房もかかっていない。
ふと、貼り紙を見ると吹奏楽コンクールなどとかかれており……その日程がまさしく今日だった。
むやみに人に会わなくていいのは良かったかもしれない。どうせ吹奏楽部は八割、いや九割を女子が占めている。だから対異性のコミュニケーションスキルが欠けている俺にとって女子が集まっている教室に入るなんて事はあまりにハードルが高い。
教室に入り、自分が座る机の中を探す。
「あったあった…………はぁ……五枚か……」
チェックの対象に入っていなかったもの、しかし正直一番の難題と言える課題、読書感想文。ちゃんと用紙も買ったのに、読もうと思って図書室で借りてきた本を忘れてきていたのだ。それに気づいたのがつい先日。どうせ学校へ行くのならそのついでに、そう思って取りにきたのだ。
廊下と変わらずの暑さで、わざわざ何もない教室にいつまでもいる理由もない。
そう思ってさっさと教室を出ようとした。
「……音?」
コツ、コツ……と、微かに音がした気がして、慌てて教室を出て廊下を見渡すが、誰もいない。
「……勘違いか」
俺が諦めて帰ろうとした時――
「ねえねえっ!」
「うおわあああああっ!?」
不意に声をかけられて、思わず驚いて声を上げてしまう。
声がした方を見ると……薄く茶色がかった黒髪を短くツインテールに束ねている、セーラー服の女の子がいた。少し大人びているようで、でもどこか幼さも残した女の子は見覚えが……少しあるかもしれない。
でも何かは思い出せない……多分、学校に入った頃……だったか。
「小波君、何してるのかな?」
「え、ええっと……」
よしきた、初対面の対異性コミュニケーション力の低さを今見せつけてやる。うう……。
「もしかして……奉仕活動とか!?」
「い、いや……違――」
「よし、部員候補見つけたー!!」
そう言うやいなや俺の腕を掴んで引っ張っていく。
「え!? ぶ、部員って!?」
「いいから、いいから。とりあえず着いてきて、話はそれからだよっ」
俺は半ば強引に女の子に連れていかれてしまうのだった。情けないなぁ……。
俺が通っている私立桜沢高校はとても広く、部活動のための部室棟もかなりの設備が整っている。
トレーニングルームがあり、室内の練習場なんてのもあり、それぞれの部屋はなかなかに広い。さらには許可がいるがシャワーも浴びられるとか、そんな噂も聞くほどだ。
そんな部室棟の二階、JRC部という表札がかけられている部屋に通され、今は座らされている。もはや拉致に近い気がする。
JRCというのはジュニアなんたらで、簡単に言えばボランティア活動をしている部活らしい。
「あなたを買って言うわ……私たちを救って!」
「……は、はあ?」
自分でも思うくらい間抜けな声が出た。
そりゃあいきなり救ってくれなんて……RPGの勇者か何かですか……。
しかし真正面にいる相手は至って大真面目なのだから調子が狂いそうだ。
「えっとね……三年生の先輩が退部しちゃって、今この部活は私ともう一人だけなの」
「……つまり、穴埋め……みたいな、ですか?」
「そうそう! 最低五人はいないと部活動として認められなくて……先輩から受け継いだこの部活は守りたいの」
机をバン、と叩いてはっきりと言い放った。
「……あ、ああ……ごめんなさい。少し興奮しちゃったみたい。……でも少しでいいから、考えてくれると嬉しいわ。それこそ他にも連れてきてくれるなら大歓迎っ! 彼女さんと一緒にどう? 言ってくれれば部屋ならいつでも空けるから!」
矢継ぎ早に話していく先輩に気圧されてしまう。
……いや、待てよ?
「……ちょっと待ってください、最後のどういう意味ですか?」
「そりゃあ……あんなことやこんなこと?」
「何言ってるんですか!? と、とりあえず帰りますからっ!」
言いたいことはわからなくない、いや分かってしまうからこそ、動揺してしまう。
顔からは火が出そうなほど熱くて、とにかくこの空間から出ようと席を立って部屋から飛び出した。
「あっ、ちょ、ちょっと待ってっ!」
そんな呼びかけもいざ知らず、というより聞こえないフリをして俺は部室棟を駆けていった。
そのまま学校から出て、灼熱とも言えそうなほどな暑さを誇る外を家へと向けて歩んでいく。日陰にいても汗をどんどんかいてしまうほどに暑く、とにかく冷たい物が欲しいと感じてしまう。
酒屋の前にアイスの自販機があった。モナカタイプやらもあって、これでもかまばゆく輝いているようにも見えてくる。
……アイス食べたいな、暑いし。
財布を取り出して、いざ買おうと中身を探ってみれば……見事に十円数枚と一円が何枚も入っているだけだった。無念。
諦めて暑さに悶えながらも家へと歩いていく。
なんでこんなに暑いかなぁ……。
汗がべたついて気持ち悪い。
「洵さんっ!」
「うおっ!?」
背中に衝撃が走り、どうにか堪えながらも見てみれば銀髪のおかっぱがキラキラとしている青葉がいて。
なんでこうも暑いのに笑顔なんだろうなぁ……すごいよ。
「青葉か……元気?」
「はい、おかげさまで! 洵さんは元気……には見えませんね、大丈夫ですか?」
「暑さにやられてるだけだよ、大丈夫」
その暑さがおかしいのだけど。
「それで青葉、何かあった?」
「いえ……なんとなく、洵さんや皆さんの顔が見たくて……えへ」
照れるように少し頬を赤らめて言う青葉がとりあえず可愛い。まさに天使みたいな……まあ羽もあるし。
そうだ、こういう時は気分転換しよう。
「そうだ、青葉」
「なんですか?」
すっと青葉は居直り、気をつけをする。気をつけの姿勢がここまで綺麗な人も珍しい気がする。
「あのさ、今度……数日、空いてないかな?」
「数日ですか……はい、問題ありませんよ」
「分かった、このことについてはまた今度連絡するよ。……あの……唐突だけどさ、空飛ぼう」
もう飛びたくないとか言ったけど、たまには気分転換も大事だと思うんだよね。
しかし怖いのはもちろん、きっと一番の被害者であるのは俺だから、なおさらだろう。
「……分かりました、じゃあ行きましょうか」
「スピード調節しっかり頼んだからな」
「はいっ! では……えいっ」
俺の服を掴んで、青葉が大きく羽ばたくと前に感じた浮く感覚を思い出す。
そしてそのまま少し上がり、それから山沿いを飛んでいく。
やっぱり怖いけど、風を切る感覚はなんだか楽しくも感じられる。エアグライダーとかはそういった感じなのだろうか。
それから、数分もしないうちに家に着いた。
別に家に行って欲しいと言ったわけではないが、荷物などから察してくれたのだろう。
青葉にお礼をしようと思って家に上げると――
「洵ちゃん、その子は誰? もしかして浮気?」
「ち、違うって!」
長い黒髪を腰辺りまで下げている優姫さんが出迎えてくれたのだが……怪訝そうな優姫さんが少し怖い。
それから誤解を解くのに少し時間がかかり、やっと誤解が解けたところでお茶をした。
青葉が元気そうでよかった。昔はよく知らないが……とにかく持ち前の明るさと人当たりの良さ、そして可愛さで青葉はクラスでも人気だ。
まあ仮にいじめるようなやつがいたら殴り込むけどな。
気づけばリビングの場の会話は少しずつガールズトークになっていき、俺は一人おいてけぼりを感じてしまうのだった。
お読みくださり、ありがとうございました。
ちょっと洵くんに嫉妬しそう……じゃなかった。
落ち着きます、ハイ。
次回も読んでいただけたら、幸いでございます。