Episode44 優姫と弥生
執筆時にハプニングがあり、書き直しを何度も致しました、今回。
改稿するよりも書き直しは堪えますね……。
俺が家まで半ば一方的に話しながら、俺たちは家に着いた。
ほんと普通の二階建て。特徴ないよな。
弥生の家があまりに現実離れしていると思えばとてつもない現実味をおびているというか。
玄関の扉に手をかけて、おそるおそる開けてみる。
「ただいまー……」
「お邪魔いたします」
あれ、いない?
「……とりあえず部屋行こう」
「ええ」
優姫さんがいないなら好都合だ。ヒヤヒヤしてた分ちょっとホッとした。
それから弥生を部屋に通した。
俺は駆け足でキッチンまで行き、飲み物とかケーキでもないかと冷蔵庫を漁っている。ちょうどチーズケーキが余分にあるみたいだからこれでも出そうかな。
「あらら、洵ちゃん……おかえりー」
ケーキを皿に盛っていると、背後から声がした。
ギクッとなりながらも振り返ると……ある意味予想とは違った、バスタオル一枚に身を包んだ優姫さんが立っていた。
「ただいま……ってなんで優姫さんそんな格好なんですか!?」
バスタオル一枚じゃ心許ないスタイルを持つ優姫さんに危うく視線が持っていかれそうになる。
というかそんな格好でも一切恥じらいも無い優姫さんはどういうことなんですか。俺男ですよ。
「だって洵ちゃんお出かけしてたんだもん……だからいいかなーって」
さりげなく洵ちゃんって呼ぶようになったのも気になるが……そんなことより俺が危ないので早く着替えてきてほしい。
「と、とりあえず弥生が待ってるから」
「弥生って誰?」
自分が危ないことと、お客様を待たせるわけにはいかないという理由で逃げようとしたのだが……襟をがしっと掴まれた。
失言だったか。そういえば優姫さんは知らないんだったっけ。
「……詳しく教えないと逃がさないよ?」
笑顔で言わないでください。怖いです。
というかどちらにしても服は着ましょう。風邪も引くし、目のやり場に困りますので。
優姫さんの目をおそるおそる見てみたけども……これは見逃してはくれない目だ。きっと。
「優姫さんが着替える間に事情をちょっと伝えてきます」
「大丈夫よ」
どうにか離れようと試みるが結果は変わらず、優姫さんは襟を掴んだ手を離さずビン、と俺の制服が伸びるだけ。
「……今すぐ話します」
「よろしい」
ごめん、弥生。もうちょっと待っていてください。
「それで……どこまでいったの? ハグ? キス?」
「あ、あははは……」
容赦無さすぎますよ、優姫さん。
乾いた笑いでごまかすのも大変である。
「じゃあ他になにか無いの? ……ってその子、弥生ちゃんだっけ……は、どうして家に来てるの?」
さっきから優姫さんは興味津々過ぎて正直疲れる。ズバズバ聞いてこられて返事に困ってしまうし。やけにノリノリなんだよなぁ。
「今日は勉強教えてもらおうかなーって」
「えっ……」
途端に優姫さんは固まる。そしてわざとらしくも思える素振りで、
「お姉ちゃんのどこがいけないの!? お姉ちゃんが嫌いなの!?」
って優姫さんは笑いながら殴るように言葉をぶつけてきた。
しかし、鬼気迫る感じかというと……ただ楽しんでるだけに感じる。笑ってるし。
正直言っちゃえば優姫さんだと集中できないっていう理由なんだけど。というかいい加減解放してくれ。
「……なーんて。冗談はさておき、待ちくたびれたみたいよ?」
急に優姫さんが指を差した先へ視線を向ける。
そこには、弥生の頭がちょこっとだけ見え隠れしていて……あ、隠れた。少しして……観念したのか、すーっと弥生が壁から出てきた。
待ちくたびれるほど待たせた原因は優姫さんなんですけどね。
「や、弥生……ごめん、待たせたよね……」
俺は必死にお詫びをするが、なんだか怖くて顔を上げられない。
「洵。やらないなら帰るわよ?」
いつもよりちょっと低いトーンで弥生さんがおっしゃる。
「……やるのでお願い致しますっ!」
俺は一度頭を上げて……弥生の顔を見るまでもなくもう一度、さっきよりも頭を深く下げて詫びる。
「ほら、早くしなさい」
それだけ言って部屋へと弥生は戻っていったようだ。許してもらえたのだろうか。
「ほらほら、金髪の可愛い彼女がお待ちかねよ♪」
元を辿ればあなたのせいなんですって。
何はともあれ早く行かなくてはいけないのは確かだ。
「はいはい……あ、優姫さんは服着ておいてください!」
俺はケーキと飲み物をすぐ準備しながら、優姫さんに服を着るように告げた。
はーい、と軽い返事を背中に俺は弥生が待つ自分の部屋へと行ったのだった。早く課題やらないと。
そして、洵の部屋。
俺は弥生に勉強を教えてもらっていた。
勉強机の隣に座る弥生はいつも通りの柔らかないい香りがする。
「そうじゃなくて……ここに書いてあるでしょ?」
「え……?」
「はぁ……だから……」
ぐいっと隣に座る弥生が俺との距離を狭める。
余計に香りがして、さらさらと小川のように流れる金髪はやはりとても綺麗で……幼さが漂う小顔。美少女とは近くで見ても美しいものだ。
「ここは不定詞だから……するために、って和訳を……って聞いてる?」
「えっ、あ……」
ハッとする。つい見惚れてしまっていたようで、話が完全に聞こえてなかった。
「教えてくれって言ったくせに……」
「……すみませんでした」
見惚れてしまうほどの弥生が悪いんだっ!
……ごめんなさい、俺のせいです。
「やる気がないなら帰るわよ?」
「いや、ほんと、ごめんなさい……やりますからお願いします」
「それならちゃんと聞きなさい」
「はい……」
頭が全然上がらない……そりゃあ大財閥の令嬢の弥生に比べて、母子家庭のしがない高校生の俺だ。むしろこうしている事が奇跡だと思う。
そんな奇跡に感謝して、こんな機会は無いのだから楽しませて……じゃなくて。満喫……じゃないって!
落ち着いて、俺。深呼吸だ、よし。
「何してるの?」
「……深呼吸」
「……やるわよ」
「……はい」
まさか気にされるとは思っていなくてなんとも言えない気分だ。
それから、弥生の協力により難易度的にも、量的にも一番の課題とも言える英語の課題を片付けられたからよしとしよう。
弥生さんにはほんとに感謝し尽くせません。
英語の課題を終えた俺と弥生は少しお茶をして、もうそろそろな時間になっていたようで、弥生に帰るように促した。弥生はまだ家に居てもいいと言ってくれていたが、お世話になっているしこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないので帰ってもらう事にしたのだ。
今は玄関先で、弥生と向き合っている。
夕焼けに負けじと輝きながら小川のように流れる金色の髪に目を奪われそうになる。
「ほんと……弥生って綺麗だよな……」
「ま、洵……?」
弥生に名前を呼ばれてハッとする。なんだか弥生の頬が紅潮している。
「……ん?」
あれ、俺何かしたっけ。
「……ううん、なんでもないわ……ま、また何かあったら連絡して、ね……あ、ありがとっ」
「お、おう……。な、何なんだ?」
ぷいっとそっぽを向くようにして止まっている迎えの車に乗り込んでいく。
嫌われた、のか……? 俺何も言ってないよな?
俺は首を傾げながらも、車が見えなくなるまで見送る。
さて……困った事が一つある。今からの事だ。
今、この家には人が二人、俺と優姫さんがいる。母さんは今日は遅くなるとのことで、このパターンだとすると、帰ってくるのは夜中だろう。
そこで問題が生まれる。対異性とのコミュニケーション能力が一切ない俺が、従姉らしい美人な優姫さんといる事になる。二人きりで。
この際慣れてしまうチャンスではあるが、大半のチャンスというのはリスクが伴うもので……今回ももちろん、リスクを伴っている。
俺の能力的に見て、上手くいくかと言われれば保障なんて絶対にできない。太鼓判を押してやろう。
……どちらにせよ入るしかないよね。
一度溜め息を漏らしてから、俺は屋内へと戻ることにした。
お読みくださり、ありがとうございました。
二章は日常シーンが特盛りになる見込みです。
ギャグも忍ばせやすいかな……とは思っておりますが。
またキャラの魅力などにも触れていただけたらなぁ……なんて。
次回も読んでいただけたら、幸いでございます。