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Episode42 優姫と海斗

視点変わりまくり。

サブタイトルに悩みました、とても。

「いい加減に離せ、海斗」


 俺は海斗に捕まれた腕を振りほどく。それと同時にわざとらしい舌打ちが聞こえた。


「てめーは……弥生さんという人がいながら……解せぬ、解せぬぞおおお!」

「と、とりあえず落ち着け、海斗」


 右手をあげて今にでも俺を殴ろうとしている海斗を宥めて……みようと思ったが、無駄と判断した俺は海斗を押さえつけていた。

 力とかはないから一切苦労しないんだよね。


「くっ! 離せ、今お前を殺らねば俺の行く道は無いんだぁ!」

「殺ったらそれこそ道は無いだろ!?」


 刑務所、及び少年院への片道切符を約束しよう。

 ちなみに今はうちの庭にいる。海斗に連れ出され……今はこのザマです。

 お願いだから誰も通らないでくれ。恥ずかしすぎる。


「落ち着けられる訳がないだろう! 意中の人が目の前で心の奥底でひっそりと忌み嫌っている男に抱きつく光景を見せつけられたんだ! 所詮は人間、顔なのか。否! 顔だけ良くて中身がペラペラなやつより、中身が一生を越えても語り尽くせないほど深い俺が一番であるはずだあああ! はぁ……はぁ……いいか、人はだな―― 」


 心の奥底じゃなくていつも思いきり忌み嫌っていると思うのですが。

 ともかく、こいつに付き合っていると時間が無駄なのは分かっている事だ。

 俺は、もう論点が脱線事故どころじゃすまなくなってきている海斗をスルーして部屋に戻った。




 俺の部屋へ戻ると、優姫さんが正座で待っていた。

 わざわざ正座しなくても……カーペットなんだし。


「えっと……皐さんだっけ。なんだかまだ何か言ってるみたいだけど、放っておいて良いの?」


 窓から見える海斗を気遣っているのだろうか。

 だとすれば一つ言っておこう。


「優姫さん、あいつに優しくする必要はないですよ。というか時間の無駄です。放ってあげてください」

「分かった。そうする」


 優姫さんは素直に頷いてくれた。少々ホッとしたような感じがする。

 開けた窓から海斗が「自由だー!!」とか、「我々、国民は平等であるべきだ」とか言う声が聞こえて……とにかく騒がしい。騒音の被害届とか出されたらおまえのせいだ。覚悟しておけよ。

 すっかり話の腰が折れてしまったようで、しばらく無言のままだ。この沈黙の時間が長く辛い。

 どうにか楽しく話せないかと話題を振ってみるが、「うん」とか「そうだよー」みたいな、発展させにくい返答ばかり。単純に俺の会話力が無いだけにも思えたが敢えて核心には触れず、そっと蓋をする。

 そんなこんなしてる内に再び沈黙がこの部屋に訪れた。

 誰か、お願いだ。入ってきてくれ。なんだか緊張するし何を話せば良いかも分からない。相手がこんな綺麗な美女というのもあって、俺は完全に白旗を揚げていた。

 ……と、急に誰かが階段を駆け上がってきて、乱暴にドアを開けた。


「リア充! 最後まで人の話を聞けー!」


 助かった。このくらいの静寂など強引にぶち壊す海斗さんが来てくれた。

 初めて海斗にさん付けしたかもしれない。違うか。


「え? 何、この雰囲気。完全に俺浮いてね? っていうか完全に空気読めてないよね?」


 この雰囲気に気付いた海斗。いや、むしろ今はそれに感謝したいんだが……。

 とりあえずは海斗への感謝より、この機に乗じて自然に会話をしよう。


「優姫さん、海斗は無視で結構ですからね」

「何それ!? いじめ以外の何物でも無いだろ!?」

「ふふっ、りょーかい♪」

「え!?」


 何とか場は和んだようだ。本当に今日だけは感謝するよ、海斗。

 それから俺たちは海斗の悲痛な叫びを無視して会話に花を咲かせていた。



  ◆


 街中にある少し小さなホール。

 その中はセミの声に負けず劣らずの喧騒だった。


「ティエルちゃん、こっち向いてくれー!」


 なんて高らかに叫ぶ声が響いてくる。

 見た目はどこから見ても女の子な須田祐佳は、どうしたものかと冷えた缶ジュースを飲みながら歩いていた。

 今日は弥生の突然の「今日一日は自由にしてていいわ」というお許しをもらった日。

 しかし突然だったというのもあり、特に予定がなく……あまりに暇だったので適当に街を歩くことにした。だが、街を歩けば歩くほどにセミの声が耳に障り、夏の暑さと照りつける太陽が外へ出てきたことを後悔させようとしてくる。

 そして暑さによる喉の渇きに耐えかねて自販機で缶ジュースを買って、なんとなく歩いていると小さめの音楽ホールにたどり着いたのだ。

 時々ツアーなどでバンドやアーティストが来ていたはずだ。今日も来ているのか、中は騒がしい。


 少し気になって入口まで行くと、「入場料無料」なんて書いてある看板が立てられている。


「無料か……暇だし、少し見ていくか」


 自動ドアがウィーンと開き、中へ入る。

 入口には今後の日程が書かれた紙が貼られている。


「ティエル・ソフィーディアライブコンサート……聞いたこともないな」


 そんな名前が、たくさん日程表に並んでいる。空いてる日にはほぼ毎日入っているんじゃないだろうかという程だ。

 なんだか良く分からないが、興味をそそられて中へと行く。

 両開きの扉を開けると、わあっという歓声が全身に響いてきた。

 熱がこもっているのか、少し暑い。

 観客――主に男――が辺りを埋め尽くしていて、彼らの熱い視線の先には、ゴールドな輝きを放つ衣装を身に纏った一人の女の子。

 マイクを片手に意気揚々としているその子が、ティエル・ソフィーディアさんだろうか。その後ろにはベースを奏でる茶髪の男が一人と、それぞれの楽器を演奏する女の子たちが三人ほど。どうやらバンドらしい雰囲気を醸している。

 それにしても、彼女たちはやけに若く……高校生だろうか、自分と同じくらいの年に見える。高校生でバンドをするのはよくあるらしいし、桜沢にも軽音部があるから別に違和感はない。

 強いていうなら、アイドルみたいに見えるところが、何かを感じさせているのかもしれない。

 出ようかとも思ったが、する事もないのでぼーっと眺めているのだった。




  ◆



 思ったよりもたくさんの観客を迎えているホールのステージの上で、ベースを弾いている紅一点……とは真逆の、黒一点、とでも言うべきか、山吹玲音は四人のうち、一人だけの男だった。

 といっても、舞台の主役といえるティエル……彩楓は双子の姉だ。

 姉の突拍子もない行動に昔から振り回されてきていて、今回も例にたがわずである。

 楽器の演奏者が欲しいということで、募集をかけてみたもののなかなか集まらず……玲音を利用して集めてきたのだった。

 玲音は一言で言うならイケメンで、基本的にモテる。そのため玲音から楽器を嗜む女の子たちに声をかけさせてメンバーを集めたのは言うまでもなく姉の彩楓によるものだ。

 昔から振り回されて困ってはいたが、ある日言う事を聞かないでいると彩楓が急に泣き始め……それからが大変だったのだ。

 それ以来、出来る限りは言う事を聞くようにしていた。それでもある程度は自分の時間を作れているので特に問題はなかった。

 まあ、一つ問題はあるかもしれない。


 これをいつまで続けるのか、流石にいつまでも面倒を見るのもできるわけが無いし、いずれは恋だってしようと思っている。

 そうなると必然的にこの時間は削らなくてはいけなくなってくる。

 考えれば考えるほど頭が痛くなりそうだ。

 ため息を漏らしながらも演奏を続ける。嫌になるほど練習させられたのだから間違えようがない。

 すっと顔を上げると――


 「ん? 女の人か……?」


 海のような観客達の後ろの方、入口の近くにぼーっとこちらを見ている女の子がいる。

 このライブはというとほぼティエル目当ての男たちが集うファンクラブの活動みたいなもので、女の子が来る事はほぼない。

 そのため、まさに紅一点といったような彼女がやけに目につく。ぼーっとしているのもなおさら不思議で、憂いがこもっているように見えるとても綺麗な顔が少しもったいなくも感じられた。


 「あっ……」


 と、油断したのか、抑える弦を間違えてしまう。

 少し先のコードを弾いてしまったようだ。こちらに周りから視線が飛んでくるようで、申し訳なくなり少し俯く。

 だが即座に合わせて、何事もなかったかのように振る舞う。思っていたよりも冷静にできた自分に少しホッとしながらも、ごめんなさいと心の中でみんなに謝った。

 ふう、と一息ついて勢い良く弦を弾く。

 ここからは間奏、自分たちが頑張るべき所だ。

 姉を悲しませたくはない、そう心にそっと誓って弦を弾く手に神経を集中させた。

 ふと、さっきの女の子の方を見るともう姿はなくて、少しがっかりするような気分がした。

 演奏が終わり、ホール内に響いた姉の歌声が余韻を作りあげていた。


 「みなさま、今日もお疲れ様でしたわ。さあ、最後の曲……いきますわよ!」


 相変わらず天真爛漫というか、とにかく元気な姉の掛け声に続いて歓声があがる。

 今日のコンサートもそろそろお開きだ。頑張ろう。

 そう思いながらも仲間であるメンバーたちと顔を見合わせ、ベースを鳴らし始めた。



お読みくださり、ありがとうございました。


それぞれの夏。

これから話は進んでいくつもりです。


次回も読んでいただけたら、幸いでございます。

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