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Episode40 夏休み突入

夏休み突入。

今回は少し長め。

 そして夏休みがやってきた。今は教室。

 面倒な終業式を済ませ、担任から毎年聞かされる夏休み中の注意を俺は聞き流していた。


「分かりきった話を毎年聞かされるのは大変だよな」


 俺の前の席にいる海斗が話しかけてくる。


「だな、俺も同じこと考えてた」

「だよな、もう帰りたいぜ」


 その言葉にぴくっと反応するのは隣にいる青葉。

 どんな幸運なのか、たまたま俺の隣は空いていて、その空いていた場所に青葉の席が用意されたのだ。神様、ありがとうございます。


「何で帰りたいんですか?」

「そりゃ学校がつまらないからな……所詮は青春なんて夢なのだよ」

「いえ。とても楽しいですよ、皐さん」

「なら俺をリア充にしてくれ……」


 呟くように、呻くように海斗は言う。


「……頑張ってください、応援してますから」

「ですよねー……もうやだ、分かってても辛い」


 机に突っ伏して落胆する海斗はスルーで。

 なんだか申し訳なさそうな青葉が可哀想だ。


「青葉、気にしなくていいよ」

「はい」


 青葉は素直に頷く。と、机に突っ伏していた海斗が顔をあげた。


「いや、待てよ、気にしてくれよ!!」


 海斗はつい興奮して大きな声になってしまう。


「そこ、うるさい」


 担任から注意が入る。


「バーカ、海斗のバーカ」


 せっかくなので責める。いや、別にSとかそんな訳じゃないからな。これまでの借りを返してるんだ。


「……許せん、後で百合ブラで勝負だからな。我が嫁たるステファに捻り潰されるが良い」


 ……またあのゲームするんですか。嫌ではないが、疲れるんだよなぁ。


「拒否権は無い。強制だ」

「んなっ、無茶言うなよ! ……あっ」


 やっちまった。

 担任はこちらを向いている。 怒りをあらわにして。


「二人とも静かにしなさい!!」

「お二人とも、静かにしてください」


 青葉からも怒られる。

 ……って何で青葉まで怒ってるんだ?


「「……はい」」


 そんなこんなで俺たちの夏休みは始まりを迎えるのだった。





 その帰りのこと。

 俺は珍しく海斗と二人で帰っていた。弥生は「用事がある」とのことで先に車で帰っている。


「だからな……黒髪ロングヘアーは正義で……」


 海斗の二次元への愛を左から右に聞き流しながら歩いていると、なんだかうろうろしている、まるで何かを探しているような女性がいた。

 あからさまに不審である。この頃この周辺で事件があった……なんていうからちょっと気になってしまう。

 その女性は俺をじっと見つめていた。そして俺の方に近づいて話しかけてくる。


「ねえねえ」

「はい、何か……?」

「……あれ? 何だったっけな…」


 いや、知るかよ。急に話しかけてきたのはあなたでしょうに。


「確か……」


 と言い、手に持つバッグからなにやら一枚の紙切れのようなものを取り出した。


「そう、これ……えーと…………って、あーっ!」


 紙を広げた途端、さっきまで風もあまり吹いていなかったのに突風が吹いた。

 その風に乗って、紙切れのようなものは空を舞う。


「ごめん、ありがとっ」


 その女性は俺に頭を下げ、即座に空を舞う紙を追いかけていった。

 俺はその背中を見届けていると……


「洵……今の人、美人だったな」

「え? そうだったか?」


 なんというか、よく顔を見ていなかったためさっぱり分からなかった。挙動不審だったから、それの方が気になっていたんだ。


「あれは相当だぜ……思わず見とれてしまったからな」


 お前が見とれているとか知るかよ。でも、そう言われると気になるものだ。


「黒髪ロングの巨乳なんて……神が不憫な俺にチャンスを下さったに違いない!」


 相変わらずだがバカだ、と俺は肩をすくめる。


「……む? 何だと!? 販売から一時間で完売したというあの伝説のフィギュアが秋葉原の裏で再販されているとは……」


 さっきまで喚いていたはずの海斗はツイッターをしながら何かぶつぶつ言う。

 俺は行くように勧めようと思った。

 行かせてしまえば海斗から解放されるからだ。まだあの課題もやらなきゃいけないからゲームなんてする余裕もないし。


「行ってくればいいんじゃないか?」

「そうだな、行かなくては……そう、茜たんが俺を待っているに違いない。待っていてくれ、茜たん!」


 作戦成功。

 海斗は叫びながら駅を目指して走っていった。

 唯一の誤算は周りの視線が痛い。

 どうやら周りの皆様は俺も奴と同類だと思われたのだろう。だとすれば誤解である。無実を証明して誤解を解きたいが、そんな方法もない。ここにずっといると言われもない軽蔑で心が朽ち果てかねないので、俺は急ぎ足で逃げるように歩いたのだった。



 大通りを離れ、住宅街の辺りに着いた。前に鈴を探し回った辺りだ。

 懐かしいなぁ、とか思いながらふと、公園を見ると、何やら必死に跳ねている女の人がいた。


「とりゃ! ……ダメかー……木に登れたらなー」


 背の高い木を見上げて何やら呟いている。


「どうしたんですか?」


 その人はクルッとこちらを向いた。


「あ、さっきの…」


 俺はやっと分かった。

 確かに美人で、黒髪ロングの巨乳である。見とれてしまうほど綺麗だ。スタイル抜群とはまさにこれなのかと実感してしまうほどの体つきはつい生唾を飲み込んでしまう。

 この頃毎日のように、文句なしの美少女である弥生といた俺が言うのだから間違いはない。


「あのね、人を探してて……顔写真もらったんだけど、実は名前も知らないの……というか忘れちゃった」


 そしてさっき飛ばされた――俺は紙だとおもっていた――写真がこの木に引っ掛かったようだ。

 前にも登った木だからこのくらいなら容易い。


「……分かりました、ちょっと待っててください」

「え……あ、無理しないでね?」


 俺は木の枝に手をかけて登り始める。

 幼少期に鍛えたスキルが思わぬところで役立つなんてな。

 客観的に見てだいぶ上の方まで登ったようだ。

 ふと見渡すと、さっき見た紙……写真が引っかかっていた。

 無事回収、俺はささっと木から降り、写真を手渡す。

 女性はありがと、お礼をして受けとる。


「君、名前は?」

「小波洵です」

「そっか、ありがとね。じゃ、またね~」

 「いえいえ……」


 その女性は手をふりながら歩いていった。

 少しドジっぽいけど……あんな感じの姉とかいたら良かったのに。なにより綺麗だしな。

 俺は浅いため息をついてその場を立ち去ったのだった。




「そういえば……写真、どんな人だったっけ」


 ちょっと折れ曲がってしまった写真を見る。


「……あれ? この人……」





 俺は帰路に着いていた。


「誰かに見られてる……?」


 多分気のせいだと思うが、何者かに見られてるような気がして仕方がない。

 まさかストーカー……なんて居るはずないだろうけど。海斗は無いだろうし、他に思い当たるのは……ティエルなんとかさんのファンか。流石に大丈夫だろう、きっと。

 とか考えながら歩いていると、さっきよりもさらに気配を感じた。


「誰だ?」


 俺はついに気になって後ろを向くと同時に見覚えのある人が目の前にいた。


「私です。たまたまお見かけしたので」


 青葉だった。

 さっきまでの気配は青葉だったか?

 いや、違う。何か違う何者かの気配だったような。


「青葉、誰かいなかったか?」


 青葉は辺りをキョロキョロ見回す。


「誰もいませんよ?」

「そっか、ごめん」

「謝る必要はありません、むしろ私が謝るべきです」

「いや、急にごめん」

「いえ、洵さんは――」


 ……これは終わらない予感がしてきたので、俺は話を変えることにした。


「そういや……どうしたんだ?」


 青葉はちょっと照れくさそうにする。


「実は……することがなくて、ただのんびりと空を飛んでいたんです」


 することが無いから空を飛ぶ、なんて発想に至るのは青葉くらいだろう。普通飛べませんから。


「それだけなのか?」

「あ、いえ……実は聞きたいことというか、相談がありまして」




 あれから青葉の話を聞きながら家まで帰ってきて、今は俺の部屋だ。


「……という訳です」


 青葉の話をすごく簡単にまとめると、今の家だと通学が大変だから何か方法が無いかという感じだ。

 青葉は前に一度だけ行ったあの山手の小屋に今も住んでいるらしい。

 相談してくれたのは嬉しいが……どうしよう。

 何よりよく分からない。この年齢で住まいについてなんて、考えることがなかった。

 俺の家に一緒に住むなんてのは無理――母さんは全然大丈夫とか言いかねないが俺が困る――だし、弥生なら……ってダメだ、そうやってすぐに弥生に頼るのも良くないよな。


「んー……何か方法を考えておくよ」

「申し訳ありません」


 わざわざ謝らなくていいのに。とか言ったらまた終わらなさそうだからやめておこう。

 急にバタッ、とドアが開き、母が入ってきた。


「あー! 青葉ちゃんいるなら言ってよー」

「ご無沙汰しております」


 ぺこりと青葉は頭を下げた。その一動作がなんだか可愛らしい。


「そういうのは良いから、こんな時間だし泊まっていって~」


 そう言って母さんにより多少強引に青葉は泊まることになった。別にそんな遅い時間じゃないですよ、母さん。というか昼過ぎてませんよ。

 それにそんなに部屋とか無いのだが……。いや、一つあるけど。

 この前は母の部屋のベッドで寝ていたらしい。まあ不自由になるほど小さいベッドではないから大丈夫だとは思う。強いて言うなら勝手に人を抱き枕にする所だな。

 昔は酷かった記憶がある。軽く窒息しかけたんだっけ。今は……あまり変わらないだろうか。別にどうでもいいけど。


「そうと決まれば晩御飯食べましょ♪ 今日は冷やし中華よ~」


 それだけ言い残して母は部屋を出ていった。


「……早く行きましょう、洵さん!」


 ちょっと興奮気味の青葉。……いや、何でそんなに急いでるんですか。


「あ、ああ」


 俺は青葉に背中を押されて部屋を出た。




「うわぁ……美味しいです」


 冷やし中華を食べる青葉の顔は見たことがないくらいほころんでいる。


「冷やし中華が好きなのか?」

「ふぁい、これふぁ譲れまへぇん」


 黄色い麺を頬張りながら言う辺り、本当に好きなんだろう。でも飲み込んでから言いましょう、ちゃんと言えてないです。ただし可愛いので許す。


「久しぶりに食べました……洵さんはよくお食べに?」

「まぁ……それなりにかな」

「作るの簡単だからね~♪」

「うう……羨ましいです」


 誰が見ても羨ましがっていると分かるほどの顔をしている。感情豊かだよな。


「好きなら作ればいいんじゃないか?」

「それが、いつも私に食材などを分けてくださる大変優しい方がいるのですが……中華麺はあまり頂いたことが無くて。タダで頂いてる身ですから、リクエストするような贅沢などは言える立場ではございませんし」


 そうか、そうだったのか。いまいち事情を知らなかった。さっきも驚いたりだったりもんな。


「ここに来たらいつでもご馳走してあげるわよ。だからいつでも来て良いのよ。うちは大歓迎だから♪」

「是非、お願い致します」


 青葉は深々と頭を下げた。目が輝いてるぞ、青葉。


「いっそこのまま住んじゃう?」

「ふむ……」


 母は半ば冗談で言ったのだろう。しかし青葉は少し、深刻な顔だった。

 そんな青葉を見て俺はどうしたら良いか分からなくなって、最後の一口を一気に口に放り込んで「ごちそうさま」とだけ言って部屋に戻ったのだった。

お読みくださりありがとうございました。


ほぼ青葉回ですね。

冷やし中華美味しいですよね。

ちなみにゴマだれでいただくのが好きです。

なんて嗜好は聞いていませんね。


というわけで、次回も読んでいただけたら、これに勝る喜びはありません。

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