Episode36 高成と洵
さて。ついにやって参りました。
だいぶ、駆け足かもしれません。
むしろ一章が予想以上に伸びているんですよね。
では、どうぞ。
こつこつ、と小さな足音が長い廊下に響いていた。
弥生は「Den」と書かれた扉の前で立ち止まって振り向いた。
「洵」
「何?」
「ここにパパがいるわ。まあここは書斎なのだけど」
どうやら「Den」というのは書斎という意味らしい。
そしてここに、弥生のお父さんがいるとのこと。
改めて目前にした所で、俺に緊張が走る。仕方がないことだけど、今はこんな緊張に構ってるわけにもいけなかった。
もう弥生とは関係も友達でしかないけど……友達でしかないからこそ、楽しくあって欲しい。そう思うものだ。それに、弥生のおかげで前よりも女子とも話せるようにもなった。本当に感謝していた。
俺は意を決して扉のノブを引いた。
……が、ガッと引っかかる。
「……引くんじゃなくて押すのよ、この扉」
「そ、そうか……あはは……」
苦笑いをしながらも、もう一度意を決して扉を押し開けた。
格好つかないな、もう。
「こんにちはー……」
まだ中は見えていないが恐る恐る挨拶してみる。
「お前が、件の男、小波洵か」
「は、はい。初めまして、小波洵と申します」
低い鉛を落としたような重たい声に少し怯みそうにもなる。やっぱり声がうわずってしまって、相変わらず格好がつかない。
俺はおずおずと部屋に入る。
書斎と言っていたが、俺の部屋と比べると随分と広い。廊下などに飾り付けられているような芸術品こそないが、背より高い本棚にぎっしりと本が敷き詰められていて、そんな本棚が窓際を除いて部屋を囲っている。まるで別世界にいるような感じがした。そしてその真ん中に豪華そうなしっかりとした机と椅子があり、その椅子にかけているのは――
「初めまして、私は弥生の父、神崎高成だ」
椅子にかけているのは、高成さん。
ベリーショートの茶髪にスーツを着こなしていて、一般人とはかけ離れたオーラすら感じられる。
こんな人と今から話すと思うと、それだけでバーっと汗が吹き出るような感覚がした。
「高成さん、僕は話がしたいと聞いてやって参りました」
流石に俺、と言うのはやめておく。というより、そう言えるような雰囲気じゃなかった。
「ああ……そうだ。お前は娘……弥生をどう思う?」
「弥生を……ですか」
「ほう、呼び捨てにするか……」
あ、墓穴掘った。
「いえ、これは……以前に弥生さんの方からそう頼まれて、ですね」
「……そうか。それなら好きにすればいい。それよりも答えなさい」
ガン、と殴られた様な気がしてどこか息苦しい。
……弥生をどう思うか……か。素直に答えよう。
「弥生は……とても綺麗で自分なんかには勿体ない、釣り合わないようなとても魅力的な人だと思っています」
「ふむ……それだけか?」
そう聞いてくる高成さんはこちらを見透かすように伺っている。
「いえ……弥生は、とても不自由そうでした。でも、今は……無表情に近いのは会った時も同じでしたが……少し感情が表に出ている感じがしました」
「それで、何と言いたい?」
「話は聞きました、弥生は……あなたの見合い話に困っている、と」
はっきり、伝える。
俺が言ったところで、なんの意味もないような気はするが、それでも。
「知っていたか……ただ、お前は関係ない」
「そうですかね……これでも彼氏だったんですけども」
「知っているが……信じられないな。お前のような者のどこが、弥生が気に入ったのか、私にはわからない」
「あなたは……分かっていないですね……」
「……何が言いたい」
俺は我慢が出来なくなってきている。
気持ちはわかる、それでも……身勝手に付き合わされる可愛い少女を思うと……許せない。
「弥生の身になってみてください。親の勝手に振り回されて、我をなくしていく。……弥生はそれが嫌で家出したんでしょう? それなら、分かると思うんです」
「何がだ?」
あくまで冷静に、高成さんは話を聞いている。
むしろ怖くて、少し逃げ出したい。
「子どもは……独り立ちしていくものですよね。あなたは……そう。あなたは……弥生の成長を邪魔をしているんです!」
「さっきから譫言を吐かすのを黙ってみていれば調子に乗る……。お前に何が分かる?」
あからさまに怒っているのは分かった。
それでも、怯んではいけない。ここで、俺が怯んだら何の意味もなさない。
だから……
「自由にさせたい、とは思わないのですか? 弥生は……あなたに縛られてて、それから逃げるようにして出て来たんです……。俺に、恋人の役を頼んだのも……きっと、その影響なんだって思うんです」
きっと、弥生が俺に恋人の“役”を頼んだのは……誰か一人を選べば、諦める。そう思ったのだろう。
しかし結果は、違った。
弥生は救いを求めていたのだ。それなら、俺の出来る範囲で期待に応えるべきだ。
「それほどまでに追い詰めていたのに……やっと帰ってきたのに……まだ意志を殺すつもりなんですか?」
「……」
高成さんはじっと黙って話を聞いていた。
しばらく、無言の間が部屋を埋めていた。
それから少しして、高成さんは重たく静寂を破るように口を割った。
「ならば、仮としてお前は……お前なら弥生を幸せにできるのか?」
「俺、ですか。保証は出来ません」
「だろう。だから、できるだけ最善であろう人を選んでいるのだ。弥生に、幸せになってほしいんだ、親として」
幸せになってほしい。限られた中から選ぶ事が幸せに繋がるのか。いや、きっと、違う。
幸せになってほしいのなら――
「それなら……本人に選ばせてあげてください。弥生はきっと、冷静に人を見る目がありますから……」
「どこにそんな根拠がある?」
「根拠は……“恋人”として短い間ながらですが、側にいたからですかね」
弥生は、ずっと大切にされてきて培ったものがあり、冷静に見定める力があると思う。それは確かに、高成さんの教育のものだろうけど。
この根拠は確かな証拠とは言えない。それでも、短い間とはいえ……弥生といて、素直に思えたことだった。
素直に思える。それは絶対とは言わなくても、十分信じるくらいの価値はあると、心のどこかで思う。
「ほう、よく物を言う少年だな……」
そう言うと高成さんは突然、破顔して……高笑いをする。
つい俺は強ばっていた体の緊張が急に解けて、少しふらついた。
「ははははっ! 面白い少年だな……気に入った」
「……へ?」
ちょっと待ってください高成さん。唐突過ぎて頭が真っ白です。
「関心したよ。君なら、弥生を任せてもいい。……いや、こちらこそ頼もうか。是非、よろしく頼むよ」
肩をポンと叩いて、上機嫌になった高成さんは笑みをこぼしながら書斎を出ていった。
残された俺は……緊張が解けた事による気の緩みと突然の出来事で頭が真っ白になっていて……その場に座り込んだ。
「……へ?」
「……洵」
「弥生……?」
ぐったりと力なく座り込んでしまった俺の目の前には、特大のピコピコハンマーを持った弥生がいて――
「いや、待て……何でこうなった!?」
予想はついていたが、そのハンマーを振り上げて……弥生の瞳は少し潤んでいるようだったが、殺る目をしていた。
待ってくれ、何かおかしいだろ!?
「いいから……沈みなさいっっ!!」
「ちょ、待――ぎゃあああああ!」
力なく座り込んでいる俺を打ちのめすにはあまりに強過ぎる一撃が襲う。
言うまでもなく、断末魔をあげるようにして俺は倒れた。
しばし頭がクラクラしていながらも意識があったが、あえなく俺の意識はシャットダウンするのだった。
お読みくださり、ありがとうございました。
ここまで来ればもう峠はありません。
その後の話少しと一章エピローグが待ち受けております。
次回も読んでいただけたら、これに勝る喜びはございません。
●茶番コーナー
今回で三回目。
不定期ですね。なんだか申し訳ないです。
さて今回は各キャラ(一部除く)の……学園とか言っておきながら学校のシーンが少ないので、そうですね。授業態度について。授業中についてですね。
多少今後の展開にも関わるかもです。きっと二章以降。
洵の場合。
「だるいな……っていうか眠い……百合ブラやりすぎたよ、もう…………ぐう」
「小波~さっき読んでたところの次、読んでくれ」
「はっ、ふぁい!」
そして笑われ、教師からのポイントは地味に引かれていく。そんな子。
弥生の場合。
「暇ね……」
「ねえねえ、神崎さん?」
「何かしら?」
「小波君のどこが、好…………いや、やっぱやめておくね」
「え、ええ…………須田、変なプレッシャーをかけないでちょうだい」
「はう!? バレた!?」
「はぁ……」
つい、気になる話になると異様なプレッシャーを放つ須田のおかげで、弥生は今日もため息をつくのでした。
海斗&園田の場合。
「やはりセレーネで月詠を破るには厳しいのか?」
「いや、きっと昇竜と234Cさえ適切に対処できれば」
「そうか……まあ、我が嫁、ステファならば余裕だがな」
「流石全国ランカーですね。じゃ、僕も切り札といきますか」
「誰でも来るがよい。勝率8割を誇る我が嫁には勝てぬよ」
「じゃ、今日遊べます?」
「構わんな。ふははっ! 腕がなるわっ!」
「そこ、さっきからうるさいですよ」
「「はい、すみませんでした」」
仲が良さそうで何より。用語が並ぶ並ぶ。分からない場合は申し付けください。一応解説致します、きっと。格ゲープレイヤーならきっとわかります。はい。
絢の場合。
「懐かしいわね……いいわぁ、学校……青春って感じがするものね」
「あ、あなたは……」
「あら、石原先生じゃないですか!」
「まさか、あなたがここに来るなんて……それに、覚えていて下さったのですか」
「先生、かしこまる必要はありませんよ♪」
「ぐっ……相変わらずそのスマイルは卑怯だ……流石ミス桜」
「もう、それは昔の話じゃないですか。若い子には勝てませんよ」
「負けない程だと思うがなぁ……」
何でこうなった。なんでこれ書いた。
母校に帰った絢さん。昔の担任に会って会話の花を咲かせる。
……やっぱりこれの意味がわかりません。教えてください。
●茶番コーナー終了。
また気分で書きます。これ好評なのか不評なのか……どちらなのだろう(;・∀・)