Episode33 変化
閑話……ですかね。
山を越えた先にある、大きな屋敷のこれまた大きな広間。
いつもは静かなはずの広間は、いつになく騒がしかった。サラサラとした照りつけるように光る金髪をシュシュで束ねたツインテールの麗しい美少女と、厳格な雰囲気を漂わせる威厳溢れる男が、舌戦を繰り広げていた。
「パパはあたしをどうしたいのよ! これまでの相手、みんなうちの資産や利権ばかりを狙ってるのが見え見えなのよ?」
「な……違う。それはお前がそう思っているだけだ。確かに、そういうものもいるが、資産には興味は無いという申し出もある」
「どうしてお見合いさせたいのよ?」
「そのくらい言わなくても分かるだろう。実際にどこの馬の骨かも分からないような男が寄るのが許せないのだ」
「洵は確かに、そうかもしれないけど……他のような男とは違うのよ!」
「何故そこまで気に入っているかは分からんが……私は認めない」
「もう、なんでそうなるのかしら……パパのバカ!」
「や、弥生……」
などという感じで繰り広げられていた。
見ているこちらとしてはヒヤヒヤさせられてしまう。
「大丈夫でしょうか、あれ……」
須田は心配で仕方なかった。
どちらも、大事な人だから……見守ってはいるが、不安だった。
「お嬢様、変わったと思いません?」
須田の隣にいるメイドの菊池が、呟くように言った。
「……え?」
「前は、あんなにはっきりとものを言わなかったでしょう? 人らしくなった、といいますか」
「それは……」
須田は一度黙って、考えてみる。
確かに、言われてみれば……昔から良く知る主人の様子は、変わっていた。昔と違い、主張をしていて高成に堂々としている。そんな変化が長年付き添ってきた須田には嬉しく感じさせた。
そして、この変化の元は……きっと、あの男がきっかけに違いない。
心の中で、そっとお礼をした。
「そうですね、お嬢様は……成長してるのですかね」
「そうね……さて、あなたも成長しないと、ね?」
「ま、まだ何かあるのですか……」
「もちろん」
「そんなぁ……」
にこにことしながら、そう言う菊池には影が帯びているようだ。
まだ、作ってしまった借りは残っているようだ。
「分かりました、頑張りますから……」
「よろしい」
弥生と高成の様子が気になったが、他のメイド達に任せることにして広間を後にする。
「だから、もう……なんでそうなるのよ!」
「私はお前を心配してるんだ」
まだこの口論は続きそうだと、須田は少し微笑ましくもため息をつくのだった。
◆
住宅街の一角、変哲もない普通の二階建ての家。
それが、俺の家だ。
だからといって特に何もないが。
そして、国道で分けられたその先の少し離れた所にある住宅街に、白い三階建ての家がある。
皐海斗の家。
俺はその海斗の家にお邪魔していた。『百合ブラするから来い、命令だ。ついでに園田もいる』という業務連絡にも見えそうなくらい素っ気ない連絡を頂き、することもなかった俺は昼ご飯を食べて、とりあえず来ることにしたのだ。
気持ちが沈んでる時は遊んで、忘れてしまえ。
なんて、昔何かで聞いたかもしれない。
「ふっ……わがセレーネたんには簡単には勝てぬよ」
「うーん……あそこでバースト読みされるとは……」
「バースト読みは慣れだな。いつもやるタイミングから少しずらしてみるのも手かもしれない。まあ俺にかかればさほど問題ではないがな」
相変わらず用語が飛び交う会話はそこまで本気ではない半ばエンジョイ勢な俺には良く分からない。
ひとつ、大きくため息をついた。
「あ、小波さん。交代です」
園田に声をかけられて、ハッとする。
「え、あ……うん、ありがとう」
コントローラーを受け取り、よく使うキャラを選ぶ。二刀流で黒髪のポニーテールをすっと伸ばしているキャラが俺にとっての持ちキャラ――と呼ばれるらしい――だ。
小回りが利くのと動きが速いので使いやすいと思っている。
海斗曰く、強みもあるが、攻め込みにくいから難易度は高めだとか言われたが、そういう考察はどうでもいい。
ちなみにセレーネというのは海斗の持ちキャラの一人らしい。
「いざ、月詠……参る!」
「私の舞にひれ伏すがいいわ!」
なんて、掛け合いが聞こえる。
それから試合が始まり……半ば無心でやっていく。
少し経つと三ラウンドあるうちの一つが決まっており、引き続き動かしていく。
試合が終わって、ふと見てみると……あれ。勝ってた。
「セレーネたんが負けるなんてぇぇぇぇ!?」
海斗が床をのたうち回ってそう喚いている。
「まあ月詠とセレーネの相性はセレーネ最悪ですからね。仕方ないといえば仕方ないですけど」
「あれ……なんで俺勝ってんだ?」
いまいち状況の整理がつかない。
「じゃ、海斗さんは放っておいて。次、自分とお願いしますね」
「あ、ああ……」
それから、負け抜け制で俺たちは交代交代でゲームを楽しむのだった。
何故か対海斗の勝率が異様に高かったのはなんでだろう。どうでもいいか。
海斗の家を出て、俺は帰路についていた。
隣には園田がいる。
戦友となった俺たちは少し距離が縮まった感じがする。
「あ、忘れてた。改めまして……園田弘樹です。宜しくお願いしますね」
「ああ、俺は小波洵。よろしくな。まあ、同じクラスだから分かるだろうけどな」
「ですねぇ」
俺たちは笑い合う。鉛のような重たい気分はだいぶ軽くなった気がする。
ひっそりと、二人に感謝を心の中で伝える。
それから、他愛もない話をして、俺たちは別れた。
お腹がすいたし……少し寄り道でもしようかな。
そう思って、繁華街へ歩を進める。
日曜の夜は明日が平日のせいか、そこまで賑わいを見せていない。
静かな街中を、少し心もとない街灯が照らしていた。
と、急に俺は足を止める。
目の前には、弥生と出会った……あの店。
安さが売りのハンバーガー店はそれなりに客もいるようだ。
なんだか、この店を見ると……弥生の顔が浮かんでくる。いないのは分かっているのに何故か辺りを見渡してしまう。
……女々しいな、俺。
俺はため息をついて店内へと入る。
カウンターでセットを注文をし、少し立って待っていると、
「八一番のお客様」
と、呼ばれる。俺の事だ。
「はい」
「こちらになります。ごゆっくりどうぞー」
ハンバーガーとポテトとドリンクが乗せられたトレーを受け取り、適当に席に着く。
その席が、この前弥生と座った席と同じで……つい、ため息をつく。
今日だけで一ヶ月分はため息をついている気がする。
ハンバーガーの包み紙を外し、一口。
うん、いつも通りでそこそこ美味しい。
「いやー、昨日のティエルちゃん良かったよな!」
「あのくるっとターンするのがまた堪らない……」
「一番前の席にいたんだけどさ……実は、チラッとだけ見えたんだよ!」
「ま、まさかお前……ティエル様の布地を見たというのか……」
「お、おい、待て。チラッとだけだし、これは最前列の特権ということで許せ。とりあえず拳を緩め――ぐはぁ!?」
なんてバタバタしているのが聞こえる。
……きっとあれはティエルなんとかさんのファンクラブの面々だろう。もしあの時、あいつらに捕まっていたらと思うと寒気が走るようだ。
というか奴らに、俺がこの前ティエルなんとかさんに説教たれた事を知られてはまずい。
手もあげてしまったが故、パンチラを楽しんで殴られたあいつなんかでは済まないのが目に見えている。
俺は急いでハンバーガーとポテトを食べ、ドリンクで流し込む。炭酸が苦しかったが気にしてはいられない。奴らにバレるよりはマシだ。
席を立ち、ゴミとトレーを片付けて足早に店を出る。
どうやら気付かれなかったようだ。危なかった。
だがまだ安心してはいけない、まだ来る可能性はあると言えよう。
俺は半ば気持ち悪くなりながらも走って家へ帰った。
お読みくださりありがとうございます。
今回は閑話メイン……ですね。
次は話進むかもしれません。
いや、常に進んではいますよ。ええ。
次回も読んでいただけたら幸いでございます。