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どういうワケか、冴えない俺はお嬢様と付き合う事になりました。  作者: 月見里 月奏
第一章 どういうワケか、たくさんの出逢い
30/110

Episode30 恋人

シリアスな話ばかり……コメディー要素はどこへ消えたのでしょうか。

とりあえず海斗出しますか……なんて。はい、ちゃんとやります。

 それから。

 弥生の体調も回復し、数日が経った。

 きっと、この前の事は夢だったのだろう……。

 弥生はまだ俺の家にいる。引っかかっていたギクシャク感はなんとなくなくなってきた気はするが、出会った時に戻ったのでは? と言われるとそんな気がしてならない。

 弥生が風邪で倒れてそれから二日ほどすると、弥生は突然「あたしも学校に行くわ」と俺についてきていた。

 雨が降る中を何も話さず延々と歩いている……そんな感じだった。須田と顔を合わせてないのが少し気がかりではあるが。


 そんなこんなで、土曜日。

 俺は弥生と出かけていた。

 なんだか影を帯びたような、そんな感じがいつまでもしていて……心配だったから無理を言って連れ出した。

 外に出れば、少しは……と思ったが梅雨なだけあってか、外は今日も雨。

 俺の今月のお小遣いは須田の服とチョコによりだいぶ限界が訪れていた。しかし連れてきた手前、払ってもらうなんてのはあまりに格好がつかない。

 などと思いながらも巷で美味しいと評判のクレープ店へ来ていた。


「弥生」

「何?」

「食べたいの選んでくれ」

「……ええ」


 俺はなめていた。

 女の子のデザートへの執着の強さを。

 弥生は矢継ぎ早に可愛げのあるおじさん、といった感じの店主と話したかと思えば、少しして、三つもクレープを手にしていた。


「そ、そんなに食べるのか……」

「そうね。なんだかそんな気分なのよ」

「すごいな……」


 そして、ふと気が付いた。

 クレープを持っている……という事は弥生は既に会計を済ませている、という事になる。

 奢ろうと……いや、待て。そんな余裕ないんでした。

 俺は茶目っ気溢れる可愛らしいおじさんにチョコバナナクレープを作ってもらい、代金を支払う。

 受け取って弥生の元へ戻って、とりあえず一口。


「美味しいな、これ」

「そうね。こっちのダブルベリーなんかもなかなか美味しいわよ」

「お、そうなのか……」

「食べたい?」

「えっ……」


 突然、小悪魔みたいな笑みを浮かべこちらを伺うように言われて……この前の事を思い出した。

 つい、顔が熱くなる。


「冗談よ。あたしが全て食べるわ」

「あ、ああ……」


 なんだか、ホッとしたような残念なような。


 俺たちはクレープを味わいながら今を満喫するのだった。



  ◆


 ここは、ちょっとした会場、コンサートなども時々開かれるホール。

 そんな中、さらっとした桃色のショートヘアを流しながら壇上に立つのはティエル・ソフィーディア……こと、山吹彩楓やまぶき さいか

 イギリスに住んでいた頃、そちらでの友達が彩楓に送った名前がティエル。

 一人だけ名前が違う事を嫌っていた彩楓は、友人からもらったこの名をいたく気に入っていた。


「ティエルちゃーん!」

「好きだー!」

「あらあら、貴方たち……雨の中をご苦労様ですわ。さて、第三回ティエル・ソフィーディアライブコンサート、開幕ですのよ!」


 その掛け声が響くと同時に歓声があがった。

 見慣れたメンバーが多い気はしたが、集客数は上々。

 前回に比べてもだいぶ増えている。

 それが素直に嬉しかった。

 その分、頑張ろうと思い、一際大きく声を張り上げる。


「さあ、行くわよ!」


 再び歓声が上がる。場内のボルテージは早くも上がっていた。


「付き合わされてるこっちの身を案じて欲しいよ……ねぇ?」


 意気揚々としているティエルとは反対にため息をつきながらベースを持つのは山吹玲音。

 双子の姉に振り回されるのは毎度の事ながら、少々飽き飽きとしていた。


「私は玲音のためなら……構わないかなっ」

「何を気安く呼んでいるのよ! 玲音様は私のキーボードを求めているのよ!」

「……忘れてはダメ、私もいる」


 ドラム、キーボード、ギターの演奏をする三人の女の子がなんだか言い争っている。

 これが、玲音の一番の悩みなのだった。


「ほらほら、みんな……喧嘩はやめよう?」


 この三人を宥めなくてはいけない。

 三回目のコンサート、こうして演奏してくれる人たちが来てくれるのはいいのだが……毎回のように無事では済まないのだった。


 そんな苦労を知ってか知らずか、相変わらず意気揚々としている姉を見て、玲音はわざとらしく大きくため息をつくのだった。




  ◆


 お昼を過ぎた頃。

 弥生と俺は帰ろうと帰路についていた。

 雨は変わらず降り続けており、湿っぽさがひしひしと伝わってくる。

 梅雨なんてなくなってしまえばいいのに。そう思ってしまうほどだ。

 何事もなくクレープをたいらげた弥生は隣にいて特に変わった様子もない。

 相変わらず表情は明るいとは言えないし、出かけた意味はあまりなかったのかもしれない。


「洵」

「ん?」


  なんて思考に沈んでいると、弥生から声がかけられる。弥生から声をかけてきたのは……いつぶりだろうか。


「あたしは……どうしたらいいと思う?」

「……悪いことは言わない。弥生の家に戻った方がいいと思うんだ」

「そう……。ねぇ、洵」

「何だ?」


 弥生が急に立ち止まり、俺の方を向いた。

 少し吹いた風が金髪をなびかせ、美しさを強調しているかのようだ。


「……もう恋人の“役”はおしまいよ。最後に一つだけ……お願いがあるの」


 急に突きつけられた言葉に、俺は戸惑いが隠せない。

 もう、終わってしまう。

 夢のような時間は過ぎていくのが早くて、あまりに充実していた。

 でも、その夢も終わる。

 明日からはまた……いつも通り。

 一人とぼとぼと歩いて登校して、授業を聞き流して、海斗のバカを止める……そんな日々。

 くだらない、無駄みたいな時間の積み重ね。

 だからといって、現実というのは変えられない。


「……分かった。何だ? 俺が出来る事なら……するから」


 やっと、紡ぎ出せた言葉。

 認めたくはないけど、認めなくてはいけない。それが現実。

 このあまりに短かった思い出は、きっといつまでも俺の記憶に残るだろう。


「洵……これからは“恋人”……じゃなくて、“友達”として……いてくれるかしら?」


 弥生は少し震えながらもきっぱりと言った。

 それは、願ってもない、嬉しい言葉。

 こんなに可愛い子と友達でいられる、それだけでも儲けものじゃないか。

 それなのに、俺は激しく揺さぶられたような感覚に襲われる。


「……俺でよければ、よろしく。神崎」

「……ええ、こちらこそ。小波洵さん」


 俺たちは互いの名を呼んで握手をした。

 この瞬間、俺たちの関係は変わったのだった。

 “恋人”から……“友達”へと。

お読みくださり、誠に感謝申し上げます。


一章も終盤、とても大きな場面になりました。


そろそろ大詰め、弥生と高成、須田との関係はどうなるのか。

そして、弥生と洵の関係が変わって。


ついでにティエルちゃんの本名発表。

とはいえティエルちゃんはティエルちゃん。彩楓ちゃんと呼んでも全然問題はありません。


次回も読んでいただけたら幸いでございます。

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