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どういうワケか、冴えない俺はお嬢様と付き合う事になりました。  作者: 月見里 月奏
第一章 どういうワケか、たくさんの出逢い
25/110

Episode25 洵の決断

主に思考の回になりました。

そろそろ弥生の話も大詰めへと近付いています。

 小波家の夜。

 今日の献立はボロネーゼだ。

 俺と母さんと弥生で食卓を囲んでいた。

 母さんの作る料理は批評も言わせぬ程のレベルだ。食欲を湧かせるそそるような香り、食べてみて分かる絶妙な味加減。

 ……しかし、困った事にそんな美味な料理を素直に味わえるような気分ではなかったのだ、俺と……おそらく弥生も。


「二人とも……もっと笑いましょ? せっかく腕によりをかけて作ったご飯が美味しくなくなっちゃうわよ?」


 そんな俺たちを気遣ってか、母さんは優しく声をかけてくれる。

 それでも、場の雰囲気が和むことはない。ダイニングにはフォークでパスタを巻いたり、パスタをすする音が異様に響いていた。

 何故なら、その原因は……誰のせいとは一概に言えないが、一つの要因を挙げるならば母さんにある。

 さっき、思わず胸に弥生を抱いていたわけだが……神の悪戯なのか、そんな所に母さんが帰ってきてしまった。

 そして俺たちを見た母さんは言った。「あらあら、ラブラブなのねっ♪」と。

 この言葉で俺たちは現実に一気に引き戻される事になり、同時に極度の恥ずかしさに襲われる事になったのだ。

 もちろん、その時の俺は語らずとも真っ赤になっていただろう。何しろ血がのぼっていたのは言うまでもない。弥生も同様に真っ赤に頬を染めていたのを覚えている。

 確かその後、弥生に一発殴られた気がする。

 あれは夢だったのだろうか。いや、夢ではないはずだ。それは今のこの状況が全てを物語っている。

 弥生と顔が合えばたちまち顔を逸らしてしまう。頭が上気しているように見えたが、きっとその影響に違いない。

 距離が縮まったのか、また離れてしまったのか……とても微妙なところである。

 一つだけ収穫があるとすれば、それは弥生の雰囲気がだいぶ和らいだことだろう。 一片の恐怖すら感じてしまうほどのあの雰囲気はもうどこか彼方へ去ってしまったかのようだ。

 まあいいんだけどな。どちらかというとその面が夢であって欲しい。それほどの剣幕だった。

 ちなみに須田には連絡を取って、弥生もそんな酷い言い方をするようなつもりはなかったんだとその趣を伝えておいた。

 須田もどうにか安心したようで『旦那様にまた謝っておく』と返事が来た。それを弥生が見てまた申し訳なさそうにしていた辺り、弥生から反省の色が窺えた。


「もう……二人ともっ!!」


 バン、と机を叩いて母さんは高らかに言う。


「……何? 母さん」

「はい?」


 母さんに俺は少し面倒くさそうに返事をし、また弥生は何事も無かったかのように平常を装う。

 そんな俺たちを交互に見つめて母さんはため息をついた。

 そして急に何かを思いついたのか握り拳をポン、と手のひらにつく。

 よくある「なるほど」みたいな、そんな動きだ。


「こんな時のために実は、ある物を取っておいたのよ」


 そう言って席を立つと、母さんは部屋の方へと消えていく。

 ある物……一体何なのだろうか。少しでもこの状況を打破出来るのなら、わらにもすがる思いであるが。

 予想を立てながらも俺はパスタをすする。

 うん、美味しい……手作りのソースはプロとも並ぶのではないかと思える程だ。

 だからといって過去にコックなどをしていたなんていう話は聞いていない。単純に上手なものがさらに上達しただけなのかもしれないな。

 などと舌鼓を打っていると、母さんがなんだか見覚えのある袋を持って食卓へ戻ってきた。

 そして意気揚々と袋からこれまた見覚えのある箱を取り出す。


「今話題の生チョコ、お昼休みに列が空いてたから並んで買っちゃった♪」


 そう、この箱は俺が必死に行列に並んでまでしてどうにか手に入れた苦労の結晶と全く同じものだった。

 正直俺は顔がひきつってぎこちなく笑うことしか出来なかった。また弥生も同じように相変わらずの無表情ながらにもどこか微妙な面持ちをしていた。

 それでも俺たちを心配してくれている母さんの気持ちを考えると無下にするなんてことは憚られるものだ。

 俺たちはぎこちないながらにも笑ってありがたく母さんからのプレゼントを頂戴した。

 パスタを食べ終え、それから母さんからもらった生チョコを堪能。

 話題になるのも納得できるほどの口どけ、深み、そして程よい甘さ。そしてほんのりお酒の香りもした。

 四個入りの箱だったわけだが、俺が食べたのは結局二つだけだった。俺が食べていると既に食べ終えていた母さんと弥生が欲しがっていたので一つずつあげたためだ。

 なんだか少しバタバタしてしまったけれど、とてもいい時間を過ごせたと思っている。終始母さんは笑顔で、弥生も少し笑っていた。これだけで十分だと思えたのだった。

 その日の夜はぐっすり眠れた。

 しかし、弥生のある異変に一切気付けていなかった事に、後悔するなんて俺は思いもしていなかったのだった。





 翌朝。相変わらず空をよどんだ雲と大粒の雨が染めていた。梅雨は今から本番と言えそうな天気だ。ジメジメとした重たい空気が街全体を覆っている。

 そんな憂鬱になりそうな雨の中をとぼとぼと歩きながらため息をつく。


「はぁ……どうしたらいいんだろ」


 パシャパシャと音を立てながら学校へ向かっている。

 こうやって悩むのはもちろん、弥生のことだ。

 少し距離が縮まったと思っていたが結局今日も「行かないわ」と一蹴。

 そう簡単にどうにかなるわけでもなさそうだった。

 きっと数日休もうとも弥生からすれば授業に置いて行かれもしなさそうな雰囲気すらするのだ。だからその面は問題ないと言える。

 ただ、心配はまだたくさんあるのだ。

 一つは、須田から間接的に弥生の事については聞かされたわけだが、未だに本人からは一言も聞いていない。俺にも関係はあるのに、話してくれていない。それが気がかりだった。

 二つ目……というべきかは分からないが、その事について、だ。

 俺にはそこまで何が出来るかも分からないが、何かを変えられるなら……と、あるはずもない何かの可能性を信じていた。

 挙げるとキリがないが、一番の問題がこれから先について、だ。

 仮に弥生がもう家に帰らないとして、どうするのかだ。俺には弥生をどうにかしてやれるようなお金もなければ自信もない。

 そうなると結論は一つ。

 弥生にはどうにかして家に帰ってもらうしか他がないのだ。ただ、これには問題点が山積みでこれをどうすれば解決出来るのか。

 ……考えてみれば単純だ、話し合うしかない。

 もっと早く気付くべきだった、結局は話し合って決めるしかない。説得するにしても、何をするにしても、話さなければ決められない。

 弥生は今、その話し合う事から逃げていると言って過言ではないのだ。

 ならば、恋人として……彼女を説得するのも自分の役目なんだ。

 やっと、どうするべきかを掴めた気がする。

 そう思うと、俺はなんだか重たく感じていた足が少し軽くなるような感じがした。

 俺は変わらず降りしきる雨の中を、一歩ずつ踏みしめながら歩いていったのだった。




  ◆


 洵の家の二階の一室。

 弥生はなんだか力が湧かないのでベッドで寝転がっていた。雨は相変わらず降り続けていて、それを窓越しに見ては滅入ってくる。

 そういえば朝食を食べていない。そのせいで力が出ないのだろうか。

 とりあえず下へ降りよう。そう思い立ち上がろうと体を起こした時だった。


「あれ……?」


 眼前の視界はまっすぐ歩くことすらままならない程に揺らめいていた。

 動悸がして息が荒くなり、さらに頭がぼーっとする。どうやら熱があるようだ。

 どうにかふらふらしながらも立ち上がる。


「大丈夫、大丈夫よ……」


 そう自分に言い聞かせ、歩こうとするが一向に前に進めない。

 自身を奮い立たせ、歩こうとする。

 これ以上、迷惑はかけたくない――

 しかし次の瞬間、弥生は倒れた。

お読みいただきありがとうございました。


洵が下した決断、弥生を元に戻さなくてはいけない。

他のキャラがだいぶ非番ですが……ご了承下さいませ。


次回も読んでいただけたら、これに勝るものはございません。

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