Episode24 ぶつける思い
シリアス絶好調!
みたいな。
朝からずっと降り続く雨は勢いが収まるどころか増すばかりである。暗く濃い雲が太陽を出すまいと空を包み込んでいた。
湿気も酷いそんな中で、溜め息をつく美しい金色の少女。
「はぁ……あたしったら……」
あれから弥生は部屋にこもってずっと考え事に耽ってばかりいた。
逆に言えば、それ以外にする事がなかったのだ。
改めて自分に趣味などが特に無くて、あの家にいたから“神崎弥生”が成り立っていた事に気付かされた。
人形じゃないとか言っておきながら、前の生活に慣れてしまっていて……何も出来ない事が分かった。
弥生はどうしたらいいか分からなくて、また考え事に耽るのだった。
◆
あれから少しして、俺たちは家に着く。
雨が先程より強くなっている気がして仕方ない。
「須田?」
今、俺たちは家に入ろうとしている所だ。
ドアノブに手をかけたところで須田の異変に気が付いた。
須田は俺の後ろにべったりと張り付いて顔だけを出している。
須田なりの迷いなのだろうか、それにしても引っ付きすぎだろ。鼓動を感じてなんだか変な気分になりそうだ。
「大丈夫だ、さぁ、入ろう」
須田はそのまま俺の背中を押す。
それは傍から見ると警察官とかが盾を持って進んでいるような姿に見えるだろう。
そんな滑稽な姿のまま、須田に促されてドアを開け中に入る。玄関から見るにいつもと変わる様子はなく、リビングからも人の気配や音がしない。また、弥生の普段履いている小さな靴がある。この様子から、きっと弥生は部屋にいるのだろう。
なんだか少しホッとする。もし今どこかへ行ってしまったら連絡もつかないため本当に困ってしまう。
……というかそんな事になったら確実に俺が殺される、須田とかに。
まあ今も背中にべったりと引っ付いて警戒している須田を見るとそんな気配すら感じないが。
「須田、きっと弥生は二階だからさ。一回離れてくれないか」
「……もし来たらどうする」
そう言って離すまいとさらに強くひっつく須田。
俺は諦めることにして二人分の傘を傘立てに挿し、靴を脱いで廊下へあがる。同じように須田も靴を脱いで俺にひっつく。
用心深いのは悪くないとは思うが、迷惑を被っている俺の身にもなってほしいものだ。
玄関から進んで右に曲がるとリビングがある。
まずはリビングに行ってみることにした。
須田が張り付いているので正直言って物凄く動きづらい。ずるずると後ろの須田を引きずるようにしてリビングへ行く。思っていた通り、リビングに弥生の姿はない。確か母さんも今日はいつも通りだからまだ帰ってきていないはずだ。
「ん……?」
よく見るとダイニングテーブルに箸が一膳残されていた。弥生が忘れたのだろうか。
俺が片付けておこうと箸を持つと、須田が急に獲物を捕える鳥のような俊敏さで俺の手を掴んできた。
「その箸をどうするつもりだ」
その姿にはさっきまでの気弱な所はどこにもない、いつもの須田だった。
「……いや、片付けるつもりなんだけど」
「そうか、悪い」
俺がそう言うと須田は掴んでいた手を離す。そしてなんだか申し訳なさそうな顔をしていた。もうさっきの須田に戻ってしまったようだ。
切り替えが早いな、なんて思ってしまう。
俺がキッチンへ箸を置いてきてリビングに戻ると、今度は須田はなんだか丸くなっているように小さく見えた。
「お、お嬢様が上に……いるんだよな」
なんだか震えているように見える。さっきは後ろにひっついていて気付かなかったがずっとこんな様子だったのだろうか。
「多分な。どうする? 顔を見ようにもこの様子だと会うのは避けられないと思うけど」
「そうだな……どうしようか……助けてくれ」
なんだか涙目になって助けを請う須田。
だからと言ってなにか対策が打てるというわけでもない。ただ困ってしまうだけだった。
そのまま、ゆっくりとただただ時間が過ぎていく。
どうにかしなくてはいけないんだろうとは思っても、行動に移せない。どうしたらいいのかが分からないのだ。
多分それは須田も同じで、きっと困り果てている。
ポーン、と時計から六時を告げる音が奏でられる。
須田は苦虫を噛み潰すような顔をしてから、口を割った。
「小波。ここにお嬢様の荷物は置いておく。私は帰るとするよ」
そう言って須田は手に持っていたバッグをカーペットの上に置く。
それから須田はとぼとぼとリビングを出ようとしていた。
「いいのか、それで」
俺の言葉に須田は足を止めてこちらを振り返る。
「これでいいんだ。私はまだ会うわけには――」
須田が言い切ろうとした、その時。
階段を降りる音がリビングまで響いた。
「あら……す、須田……!?」
須田の背後から聞き覚えのある澄んだ声が聞こえてきた。
その声には驚きが混じっていたが、弥生のものであるのは言わなくても分かった。
「お、お嬢様……?」
須田は顔面蒼白になりながら、ギギギと音が鳴りそうな感じで首を後ろを振り向かせた。
「須田が何でここにいるのかしら……帰れと言われようが、あたしは帰るつもりはないわ」
いつも通りの気丈な振る舞いで弥生は言い放った。その言葉には妙な重みが窺えて、なんだか俺までも固唾を呑んでしまう程だった。とても強い意志がこもっているような、そう簡単には揺るがないという意味があるような感じがした。
「そう言おうとして来たわけではありません……ただ、私は……お嬢様の顔を一度見たかっただけです。……それでは、失礼しました」
そう言うと須田は逃げるようにして買った服が入った紙袋を持って帰っていった。
「おかえり」
そんな執事の様子にも一切動じていない弥生。
「た、ただいま……」
俺はそんな弥生にゾッとしてしまう。
ある程度弥生について知っていたつもりだったけど、それは勘違いだったのだろう。俺は全く弥生の事を分かっていなかったようだ。後悔の念を抱くが、どう接していいのかが分からない。
「そうだ、これ……並んで買ってきたんだ。良かったら食べてくれ」
俺はチョコの入った袋をおずおずと差し出す。
無言で弥生はそれを受け取る、そんな一つの動作が恐く感じてしまう。
「……わざわざ……あたしのために?」
「あ、ああ……須田が教えてくれてさ。あのさ……須田は悪くないんだ、弥生の家の方にこの事を伝えてどうにか今だけは許してください、って頭を下げて頼んでくれてるらしいんだよ」
これはさっき歩いていた時に須田がお嬢様には言わないでくれと話してくれていた事だ。
二人の関係が崩れてしまうのではないかと少し不安になって……つい、口にしてしまったが。
それを聞いた弥生は申し訳なさそうに弥生は俯いている。
「そう……だったの……あたしったら……バカみたい」
そう言って玄関へと走り出そうとする弥生の腕を掴む。
「謝らないと……謝らなきゃ……悪いのはあたしなのに……」
俺に向けて、今にも泣き出しそうな声を絞り出す様に弥生は言った。
「今から追いかけても遅いだろ……須田には後で俺から言っておくから」
きっと、須田の事だから走って帰っているに違いない。今から追いかけた所で追いつけるかと言われると難しいと思える。
「……洵、ごめんなさい。あたし……」
次の瞬間、俺の胸に弥生の頭が置かれていた。
弥生の声は震えていて、今にも消えてしまいそうで。
そんな弥生を俺はそっと優しく抱きしめた。
「いいから……謝らなくていい。落ち着くまで……弥生が嫌じゃなければ、俺はこうしてるから」
静かに弥生は俺の胸の中で泣いていた。
それからしばらくの間弥生が泣き止むまで、と頭の中で思いながら俺は弥生の少し小さな頭を撫でながら、優しく……強く、抱きしめていた。
ほんの少しだけでも、弥生の助けになれるなら。弥生の力になれるなら。
そう思いながら。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回はだいぶ個人的にいい出来……なんて思っております(きっと気のせい)。
次も読んでいただけたら、これに勝るものはございません。




