Episode16 執事の謝罪
会話シーンって難しい気がします。
自然な感じって表現が大変ですよね。
って……もしかして私だけ……?
小鳥遊青葉は悩んでいた。
今の悩みのタネは二つ。
ひとつは前に弥生から聞いた話の事。
縁談を持ちかけられてばかりで困っている。ざっくり言うとこんな所だ。
青葉にはその立場に立った事もないのでよくは分からないが、勝手に親の都合で決められたりする、そういう気持ちは痛いほどわかった。
かつて自分が何も自由に出来なかった時を思い出して、まだ完全には癒えてない心の傷が痛む。
弥生に何か出来ないだろうか。
――私に、何か……恩返しは出来ないかな。
「こんな時……お姉ちゃんなら……どうするのかな」
返事が来ないであろう疑問を虚空に投げかけてみる。
もちろん、返事は来るはずもない。
――私が辛いときは……お姉ちゃんは何をしてくれていたっけ。
昔の記憶を辿ってみる。
声をかけてくれたり、励ましてくれたり、時には何も言わずに抱きしめてくれたり……忘れはしない、温かい思い出。
「そっか……そうだよね、お姉ちゃん……」
全てにおいてひとつの共通点が浮かび上がる。
でも今の青葉にはもう一つ、悩みがあった。
そう、今の青葉は自由ではあるが何もないのだ。友達ならいるが。
高校にも通ってなければ働いてもいない。
全てスーパーの社長さんのおかげで過ごせていた。
中学を卒業しただけの学歴ではまともな職業に就く方が大変である。それは就職について深く考えた事がなかった青葉でも分かっていた。
だからといって水商売などに就こうとは何があっても思わない。
もう一度、どうにかしてやり直せないだろうか。
「あっ」
そういえば、弥生の話のある事を思い出した。
弥生が通う高校は弥生の家である神崎のグループが寄付しているとか、そういう話をほんの少しだけしていた気がする。
「ダメ元で……うーん……ダメかなぁ……聞いてみようかな……」
可能性があるなら賭けてみたい、そう思う。
でも、今弥生は困っていて……そんな時に頼ろうなんて有り得ない。
その話は今度にしよう。今は、もっと、大事なことがある。
姉がいなくなった今、姉の代わりに私が誰かを救えるなら。
それならばこんなところで拒むわけがない。
私ができることを、私がされて嬉しかったことを、誰かにしたい。
そう思っているうちに家から飛び出していた青葉は、白い羽を昼過ぎの温かい風になびかせて飛んでいく。弥生の元へと。
◆
海斗の家のリビングで、向かい合うようにして俺と須田はソファに座っていた。
「須田……本当に……悪い。弥生が困ってるのに……何もしてやれなくて」
「待て、お嬢様は今何処にいる?」
「……その……俺の家にいる」
「そうか……無事ならよかった……」
「……弥生に会いに来るか?」
「いや……私にそんな資格はない……」
資格……? なんだろう、それは……。須田と弥生の間に何かあったのだろうか。
「……俺は……まあ、こんな所だよ」
「そうか……小波洵、私の謝罪を……聞いてくれるか?」
謝罪? どういう事だ?
須田の表情は申し訳なさに覆われながらも真剣さがうかがわれた。
「誰にも話せるような人がいなくてな……お前なら……なんて思ったんだ、何故かはわからないけどな……」
「ありがとうな、聞くよ」
「すまない……一度落ち着かせてくれ」
俺はああ、と軽く返事をしてジュースを一口飲む。
須田もまたジュースを一口飲んで……むせた。
「っ!! げほっごほっ……」
「大丈夫か、須田」
立ち上がって須田の側により、背中をさすってやる。
「本当にすまないな……もう大丈夫だ」
落ち着いた須田は淡々と語り始める。
「この前……私は、旦那様にこの頃お嬢様の様子がおかしい気がする、心当たりはないか……と聞かれてな……旦那様には昔から世話になっているんだ。だから、これまでで培ってきた信頼関係を崩すわけにもいかなかった。そうなんだ、私はお嬢様に口止めされていたにも関わらず、お前の事を言ってしまった……」
須田は一度口を閉じる。
そんなことがあったのか……。
待てよ、なんで俺の事が知られるといけないんだろうか。
「お嬢様は……神崎家の後継だ。そんなお嬢様は昔からとても大事にされてきた。それは今もそうなんだ。旦那様は急いで婚約をするべきだと考えていて……お嬢様に縁談の話を持ちかけているんだ。前から乗り気ではなかったらしいのだが、この間は写真を見せても即座に破り捨てて口もきかなかったらしいんだ。それで何かあったのか、とお仕えしている私に聞いたのだな。…………そのせいで、そのせいで……こんな事に……っ!!」
須田は震えていた。自分の不甲斐なさと無力さに、自分自身が許せないのだ。
「待ってくれ、何があったんだ……?」
「……今朝、お嬢様と旦那様が喧嘩をして……お嬢様がこれまで見たこともないくらいに怒って……家を飛び出したんだ。……私がお前の事を言っていなければここまでにはならなかったはずなんだ……私にはお嬢様に向ける顔がない……それに、洵……お前にも、堂々とする事は出来ない」
須田は……泣いていた。
とても綺麗で端整な顔の頬に、一筋の涙が伝う。
多分……須田は辛かったんだ。特別に優先している二つに挟まれて、どちらを優先すればいいのかが分からなくて。選びはしたもののこうなってしまって、罪悪感に見舞われていたのだろう。
話して少しでも楽になるのなら、それで構わないが……これは……少し違う。
「須田」
「……なん……だ……?」
消えてしまいそうな程の声。
「須田は……どうしたいんだ」
「……私が……?」
潤んだ瞳には迷いが浮かんでいた。
「自分を責めても仕方ないだろ? 須田はどうしたいんだよ」
それがわかれば……やる事はただ一つ。
「悪い……分からないんだ……私は…………すまない、少し考えさせてくれるか」
「ああ、俺から弥生に出来る事があればしておくよ」
「本当にすまない……多分だが、お嬢様は……しばらくは家に戻らないつもりだろう。明日にでも着替えなどを持っていく事にする」
少し落ち着いたのか、須田の声の震えは止まっていた。まだ悩みのようなものは残っていたが。
「分かった」
「今日は帰ることにする。お嬢様が無事だと分かればそれだけでも意味があったというものだ」
……なんか恐いのは俺だけだろうか。
弥生はお嬢様なんだよな。で、そのお嬢様が家出してその先で泊まると。場所が分かっているとすれば……襲撃なんて……いやほんと有り得そうで恐い。
「旦那様には私から言っておく、今はそっとしておくべきだと。何かあれば私が山があろうとも越えて駆けつけよう」
本気でやりかねないのがもう何なのだろうか。あとさりげなく心を読まれた気がしてならない。
もしもの時のために、と須田と連絡先を交換した。
「今日は……すまなかった。…………ありがとう」
それだけ言うと、須田は颯爽と去っていった。
「洵、終わったか?」
振り向くとそこには海斗がいた。実はいたのかもしれない……いや、海斗に限ってそれはないな。
「どうだ、少しアレやっていくか?」
……どうせそんなことだと思ったけどさ。
「はいはい、やればいいんだろ……」
むしろ気分転換になりそうだ。時には切り替えないといけない、何事も。
俺は海斗に連れられて部屋に戻り、園田と海斗と俺で、あの萌え格ゲーを夜までやらされる事になるのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
須田は苦労人なんです、きっと。
次も見ていただけたら嬉しいです。
次回も定時投稿になります。