Episode14 二人の思い
弥生ちゃんはじめての家出……なんてタイトルはどうでしょう。
そんな感じのサブタイトルを並べたものを書いてみたかったりもします。
「どうしようかしら……」
感情と勢いに任せて飛び出したとはいえ、正直言って友達も極わずかしかいない弥生にあてなどあるはずもなかった。
「洵……ううん、これはあたしの問題で……」
ここまで言って思い出した。
洵に最初に言った「恋人役になってほしい」の言葉は一言で言ってしまえば洵を利用しようとしたものだ。
婚約やらをさせようと次々と縁談を持ちかけてくる父にうんざりしていた弥生は、それなら付き合ってる人がいれば諦めてくれるのではないか。と考えて洵に近付いたのだった。
半ば……いや、相当無理矢理で無茶苦茶だったのに、洵は了承してくれて。
青葉の話で分かった事がある。
洵は冴えない。それは確かだが、何か壁にぶつかると頭一つ抜けたものを見せる。これは予測ではあるがきっとそうに違いない。
それなら……素直に洵に相談すれば、この事もどうにかしてくれるのかもしれない。
どちらにせよ今日は家に帰れそうにもなければ帰るつもりもない。
洵の家に行けば暇つぶしにもなるだろう。
少しギクシャクしたような関係になっているのが気掛かりではあるが、洵は多分大丈夫だと信じることにした。
青葉の件で、人として頼れそうだと思えたから。これがかなり大部分を占めている事に弥生は気づかない。
あの家から離れた瞬間に味方は居なくなってしまう事、それに気付かされた。
弥生は救いを求めるように、洵の家へ急いだ。
◆
青葉は紅葉のストラップを見つめていた。
山手の小屋、これは空き家……ではなく地元のスーパーの社長が一応所有している――とは言っても放置されていた――土地のものだ。
困っていた青葉を助けてくれた心優しい人で、ここでよければ自由に使ってくれて構わないよ、という太っ腹な言葉に甘えさせてもらって住んでいる。
おかげでこれまで生きる事が出来たのはその人と姉の存在があったからだ。
「お姉ちゃん……素敵な人達が、見つかったよ……お姉ちゃんの分まで、私……頑張るから……!!」
青葉はストラップをぎゅっと、強く強く握り締めていた。もう離さない、とでも言うように。
◆
「洵~おはよう~」
「か、母さん……分かったからとりあえず顔洗ってきたらいいんじゃないかな……」
おはようはもう何回聞いたのだろう。何度もこんな会話をしている。
何故かよく分からないが昼まで寝ていた母さんを起こしに来たらこんな事になってしまっている、。
簡単に言うと俺は身動きが取れない。
なぜなら母さんに謎の熱い抱擁をされているからであり……これは寝ぼけてるとよくやる事だったりする。
「も~洵ったらぁ……いつの間に彼女なんて作っちゃって~お母さん、寂しいわぁ……」
「あーもう!! ほら、母さん起きて! 今日は夕方に用事があるって言ってたのに……」
どうにか母さんの抱擁から抜け出し洗面台まで押していく。
「ほら、顔洗って……俺はお昼食べるから」
「もう……洵ったらぁ~」
俺は2度目の母さんの抱擁をかわしてキッチンへ向かう。
いつまでも構っているわけにもいかない。さっきまででかなり時間を浪費しているのだ。いい加減にしてくれ。
俺がキッチンで何かないかと探しているとスマホの通知か、バイブが鳴る。
「ん?……弥生?」
そう、珍しく弥生から来ていた。
俺たちは仮の恋人なだけあってわざわざ頻繁に連絡を取ったりはしていない。だから弥生から来るとなると余程のことなのではないかと思う。
「えっ……」
俺はしばらくの間、驚いてものが言えなかったのだった。
「ほんとに来たのか……」
玄関にいるのはいつも通りの金髪ツインテールをしたお嬢様……弥生。
連絡の内容はというと……「家出したから洵の家に行く」という極めて簡素であり、極めて難解なものだった。
うん、何でこうなった。
「急に悪いわね……少し喧嘩しただけだから……」
そう言う弥生は申し訳なさそうな感じがしていた。いつもとは違う雰囲気の弥生は新鮮だ。
「……まあ分かったよ、頼ってくれたんだよな……とりあえず上がっていいから……」
「え、ええ……失礼するわ……」
弥生をリビングに通して俺はキッチンへ行く。
やっぱりなんだかまだ緊張が走るというか、自然に話すのはなかなか大変だ。
これまでは青葉の事に集中していたわけだが、そちらの話が解決したとなると……もうひとつの問題は“弥生との関係”になる。
結局のところ分からないことだらけで、さらに不明な事が積み重なってしまっているのが現状なのだ。
俺に何かできるのだろうか……普段、高慢にすら感じる弥生が困って俺に頼っている……きっと。
それならば何かしなくてはいけないんじゃないか。そのためにも少しでいいから事情を知らなくてはいけないのだが。
でも焦るべきでも無いのかもしれない。もしかしたらまだ心の中で何かを考えていたりするのかもしれないのだ。
人の感情ほど複雑で汲み取る事が難しければ説明も難しいものはない。増してや異性で財閥の令嬢なんてもう次元が違う。分かるわけがなかった。
ある言葉が頭に浮かぶ。
時間が全てを包み込んでくれる。
待つ事。それが今、俺にできることなんだ……きっと。
そのためにも自然に過ごさなくてはいけない。距離を感じてはいけないんだ。
なんて考えながら俺はジュースと皿に移したチョコを持って弥生がいるリビングに戻る。
「お待たせ、ジュースと……好きかは分からないけど、チョコレート。好きに食べてくれていいからさ」
ソファにちょこんと座り弥生は俯いている。本当にいつもと違う様子だ。
チョコレートとジュースをテーブルに置いておく。
「……弥生」
「……なに?」
顔を一切こちらへ向ける様子もなくそのままの体勢で返してくる。
ええい、めげるな、俺。
「弥生……」
「だから……なに?」
……ここにきて何を言おうとしたか忘れた。大失態である。
「えっと……その、あれだ。俺さ、母さんに買い物頼まれてて……来るか?」
俺としては全力の機転を利かせたつもり。
「いい……」
「そうか……何か欲しいものあるか?ついでに買ってくるけど」
「特にないわ……」
……もう無理です、ハイ。めげました。
あれだよな、一人にしておくのも大事って言うもんな。
「じゃあ、俺は行くよ。悪いな」
「いいわ……急に押しかけた私が悪いのよ……」
いやほんとどうしよう。須田に明日辺り殺されるのではないだろうか。
なんて恐怖やもどかしさに襲われながらも俺は出かけることにしたのだった。
◆
バタン。
玄関の扉が閉まる音がリビングにも響いた。
「洵……」
きっと、さっきのは洵なりに色々してみてくれたのだろう。なんだかうまく言えてない感じが洵らしい。
それでも精一杯の気遣いが嬉しかった。
今思えば弥生は洵に迷惑ばかりをかけている。それでも洵は弥生の勝手に付き合ってくれていた。
多分今も、わざと弥生を一人にしてくれたのだと思う。それにしてもあんなにしどろもどろじゃバレバレである。
おかしくてつい、くすっとなる。
……少しだけ落ち着いたかもしれない。
それでもまだこの心のわだかまりはとても消えそうになかった。
読んでいただき、ありがとうございました。
楽しんでいただけたらなぁ、と思って必死に書いておりますがどうなのやら……。
次回は定時(18時)投稿の予定です。