Episode13 檻
青葉の話が落ち着いて。
また何かひと騒動が……?
りん。りん。と、聞き覚えのある鈴の音が鳴っている。
朝になり、あれだけ降っていた雨は止んでいた。しかし空は曇ったままで、灰色が空を染めている。
「おはようございます」
「うん、おはよー……え?」
目が覚めるとそこには昨日と同じく青葉がいて。母さんのエプロンを纏う姿はやけに可愛らしい。
あれ? 何で青葉がいるんだ?
今のですごく目が冴えた。
「何で私がいるんだ、って顔してますね」
はい、そうです。というかどんな顔だろう、それ。
「うん、何で?」
「そのですね……あの後、帰ろうとしたのですが、洵さんのお母様に言われまして」
泊まっていきなさいよ、せっかくなんだしー。
とか言いそうだな。
いや、言ったはずだろう。
ちなみに俺の母は、年齢は三十代で、なかなか綺麗である。結構、美容に気を使っているらしく参観日ではよく目立ったものだ。おかげで少し恥ずかしい思いをした記憶がある。
「で……泊まったんだ」
恥ずかしながら、俺はあの後弥生を見送った後、即座に寝てしまったらしい。記憶がない。
「はい、久しぶりにふかふかのベッドで寝れたからでしょうか、目覚めがいつも以上に良かったんです」
嬉しそうに言う青葉。
……何かと大変そうだし、家にしばらく居てもらおうかな。
……下心とか無いからね?
青葉としてはこの家の方が良さそうな気がする。まあ本人の意向があるか。
「一食一泊のお礼として、掃除、洗濯など。後、朝御飯を作らせて頂きました」
「わざわざ……ありがとう、青葉」
「いえ……冷蔵庫を勝手ながら、見させていただきました」
少し照れくさそうに青葉は言う。
うん……青葉がいると助かるな。
母さんは仕事が忙しく、休日はぐっすり昼まで、もしくは昼過ぎまで寝ていたりする。平日は朝に弱く起きられない俺を起こして、朝御飯を作ったりと大変である。自分も寝たいに違いないのに。
なので青葉がいてくれるとかなり助かると思う。
あくまで俺がそう思うだけだが。それに単なる甘えでしかない。
……しかし、青葉がどう言うかは分からない。
考えたって仕方ないか。
寝起きの俺の頭にはこれ以上考えるのは限界である。
「青葉、ありがとな」
「……えへ」
……照れる青葉が可愛い。
「あ、じゃあ冷めてしまいますし……早めに降りてきてくださいね」
とだけ俺に伝えて階段を降りていった。
せっかく作ってくれたんだもんな。温かいうちに早く行かなきゃな。
それに昨日の晩からまともに食べていない。流石に耐えかねて一度コンビニでコロッケを買ったのだが、それ以外だと昼以降何も食べていなかった。
よく持ったよ、俺。
俺は着替えをして、青葉の後を追うように階段を降りていった。
◆
「弥生」
「何?」
「いい加減にしたらどうだ。将来の事を考えなさい。どこの馬の骨か分からん奴と付き合っているなんて聞いたが……神崎家の一人娘としてあり得ないな。確か……小波洵、とかいったか」
「……何で知ってるのよ」
「そんなことはいいだろう」
真剣な表情で見つめてくる。
それを弥生はかわすように視線をそらす。
「お前は……どうしたいんだ。金もある、生活にも一切困りはしない。この環境のどこに不満があるんだ。それに近頃どんどん帰りが遅くなっているじゃないか」
「……全然……分かってない……」
普段あまり感情をそこまで出さない弥生だが、その声はわずかに震えていて、怒りに似たものが感じられた。顔は俯いているために見えないが。
「何がだ……将来が約束されていて困りもしないのに、一体何が――」
「パパは……何も……分かってないの!!」
これまで心のどこかで抑えてきた感情が、水門が開いたかのように一斉に溢れだしていく。
「あたしは……昔から……確かにお金はあって、欲しいものは何でも手に入った。それは今も同じ」
「なら何がおかしいというのだ」
「あたしはね……ずっと周りからは特別扱いをされてて……自分は特別なんだって、思い込むようにしてた。…………それはそれで楽しむ事にしてた。……正直楽しくもない事だらけだった。教養はもちろん身に付けるものだと言われていたから……耐えてきてたけど……我儘なのかもしれない。それでも……自由にさせて、あたしを。たくさん縛られてきたわ……我慢してきたわ。それなのに、生涯の相手も自由に選べない。それはおかしいと思うの……あたしは……パパの人形じゃないの!! もう我慢するのも限界よ! 出ていくわ!」
弥生は部屋を飛び出してそのまま長い廊下を走る。
「弥生、待て!どこに行くつもりだ!」
しかし弥生は止まらず、そのまま家を飛び出した。
◆
「美味い!」
「いえ、まだまだです」
手を横に振って否定する青葉。
しかしこの朝御飯は実に美味しい。
トーストにスクランブルエッグ、夏野菜のトマトのサラダにコンソメスープという簡素な物であるが、スクランブルエッグはちょうどいい柔らかさだし、サラダにかかっている特製ドレッシングとやらは、甘みがありながらも適度な酸味が深みを増していて美味しい。こういった様々な工夫がなされていた。
朝からこんなに美味しいご飯が頂けて満足だった。
もちろん、残さず食べたさ。いつも残さないけどな?
俺はコップに注いだ100%オレンジジュースを飲んで、テレビをボケーッと見ていた。ニュースが流れている。この頃は失業率が高く、また就職率も低いんだとか。
なんてタイミングの悪い世代なんだ、俺たちは。
「ではそろそろ……帰らせていただきますね」
「そっか、本当にありがとう、青葉」
はい、と軽く微笑みを残して青葉は帰っていった。
あれ……いつの間に青葉って呼ぶようになったんだろう。
まあ……記念すべき高校入ってからの女友達二人目、という事で気にしないでおこう。
「そうだ、忘れてた」
海斗に昨日の件を伝えていない事を思い出した。
鈴を見つけてくれたのは海斗という事実も伝えたわけだが、本人に伝えてなかったのだ。
ささっと簡素に送っておく。
「なんだか眠いなー……もう少しだけ寝るかな……」
俺はソファに倒れ込み、少しの間寝ることにした。
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次回は22時投稿の予定です。