Episode12 語られる過去
ついに、というか。
山場といった所です。
洵の部屋。
二人の可愛らしい少女が何やら悩みを相談していた。
「……そうなんですか」
「そうなのよ……」
弥生は今の状況、悩みについてを会って一日もたっていない青葉に話してくれた。
青葉はどうにか出来ないかと思ったが、とてもどうにも出来そうに無い事だった。
どうにか出来るとすれば洵くらいなのではないのだろうか。
力になれないのが悔しい。それでも弥生が話をしてくれたのは嬉しかった。
気がつくと窓から見える限り、外は暗くなっていた。未だ雨は止んでいないらしく雨音が聞こえる。
「洵さん、遅いですね」
「……大丈夫よ、その内帰ってくるはずだから」
それがいつかは分からないけど。
来るとすれば見つけた時だろう。それこそ夜通しで探すんじゃないかと思える程の顔だったのを覚えている。
多分、洵なら見つけてくれるはず。きっと、確信はないのだけど。
……弥生の携帯が鳴り、すぐさま出る。
「はい」
『お嬢様、まだお帰りになられないのですか』
「もう少ししたら帰るわ」
後で連絡するから、とだけ伝えて電話を切った。
それから数分が過ぎて……何か話題でも無いかと思った時だった。
トントントントントン、と急いで階段を上る音がする。
カチャ、バタン。
扉を開けて出てきたのは、雨でずぶ濡れになった洵だった。
「はぁ……はぁ……小鳥遊さん……あったよ、鈴が」
申し訳なくも待ちわびたこの言葉を聞き、涙を浮かべそうになるもまだ泣いてはいけない、と青葉は自制する。
「本当ですか!?」
洵がポケットから出した鈴を手に取り、食い入るように見つめる。
なんだかよく分からない臭いがする。雨のにおいかと思ったがまた違うようだった。でも微かに懐かしい香りが残っていた。
ストラップの裏を見る。あの文字が書かれていた。忘れはしない、いや、忘れられはしない思い出……。間違いなくこれは、私の大切な鈴……。
「洵さん……ありがとうございます」
「これな、俺の友達が前に見つけて拾ってたらしいんだよ」
無駄に探してたみたいなんだよ、と頭に手をおさえて困ったように洵は言う。
「そうだったんですか……寒くないですか?」
全身が濡れに濡れている洵を心配する。
大丈夫、と洵は返した。
「その友達がさ……今度会ってみたいって言ってたよ」
「是非、私もお会いしたいです」
洵は頷いてそっか、でもなぁなんて呟いていた。
一体なんで躊躇うのかは分からないが、感謝と安心が青葉の心を満たしていた。
◆
「洵っ」
「何だ、弥生?」
「……いえ、後でいいわ」
何が言いたかったんだろう?
「あ、あの!!」
「「何?」」
急に小鳥遊さんが口を開いた。思わず返事をすると弥生と被ってなんだか少し気恥ずかしい。
「どうしても二人に聞いてほしい事があるんです」
弥生はえ?と言わんばかりの顔になる。
多分俺もそんな感じの顔だろう。
「……さっき私の話を聞いてくれたもの、断る理由なんて無いわ」
「全然大丈夫だよ。だって友達だろ?」
青葉は少し安堵の表情になる。もしも断られたらどうしようかと思っていたからだ。
「はっ……へくしゅ!!」
俺はついくしゃみをしてしまう。ちょっと冷えてるかもしれない。
「ごめん……シャワーだけさせてくれないか?」
「あ、はい」
びしゃびしゃのままでいると、それこそ風邪を引きかねない。
俺はシャワーをしに部屋を出て階段を降りていった。
◆
青葉からすると、しっかり落ち着ける時間がある方が助かる。
「待ちましょ、青葉ちゃん」
「はい、私のために頑張って……あんなに濡れたんですからね」
洵が来るのを待つ。鈴を大切に握りしめて。
◆
「お待たせ」
シャワーを済ませ、髪を乾かした俺は戻ってきた。
部屋に着替えを忘れていたが、母さんが準備してくれていた。女の子二人がいる部屋にバスタオルで入るのは厳しいから助かった。
「「おかえりなさい」」
二人はじっと待っていたようだった。小鳥遊さんはどこか覚悟を決めた顔をしている。
……小鳥遊さんは一度深く息を吸った。
その瞳にはとても力強い覚悟がこもっていた。
「では……長くなりますが」
◆
私には双子の姉がいました。とても明るく誰にでも優しく、そして私の事を誰よりも大切にしてくれていました。
名は紅葉と言います。
私の唯一無二の理解者でした。
今から少し昔の話をします。
何故かは分かりませんが母親は姉ばかり可愛がっていました。
私たち姉妹には母しか親はいませんでした。
何事も母は姉ばかり優先していました。あげくのはてには、私に対して厳しかったのです。家事などを強制的にやらされたりしていました。
一人で二人を養うのが大変でストレスが溜まっているのだ、と私は思って我慢していました。
ですが……日に日に私に当たるようになり、殴られたりもしていました。私はそれが辛くて嫌になりました。母と……関係がないはずの姉さえも。
そんな私を気にかけてくれたのは、嫌いになりかけていたお姉ちゃんでした。
服など私が欲しいものをくれたり。
お姉ちゃんは何でも私にしてくれました。母の優しさや温もりに飢えていた私のために。
私が欲しいものや必要なものは、姉から母に頼んでくれました。
いつしか私は、お姉ちゃんがいなくては駄目になっているほど依存していました。
私にとっては、お姉ちゃんが全てだったのでした。
それから少しして……中学生の頃、私はいじめられていました。人付き合いが上手く出来なかった私は浮いていたみたいなのです。
そんな私の身代わりにお姉ちゃんはなってくれたのでした。止めようとしても「私は大丈夫、青葉が笑ってくれるなら」と言って私の代わりになっていました。そのうちいじめは無くなり、私はお姉ちゃんにまた助けてもらったのでした。
そして、中学三年生の時です。私たちは頑張って、二人とも同じ高校に受かりました。私はお姉ちゃんといれば安心できる……そう思って必死に頑張ったのです。
……それから、春休みの頃でした。
私たちは二人で買い物に行きました。デパートの中を色々まわって、良いものがないかを探しました。とても楽しい時間でした。
そして、紅葉と青葉のストラップが付いた鈴を見つけました。
二人でこれにしようって決めて買いました。
その翌日は、二人の、私たち姉妹の誕生日だったのです。
お姉ちゃんは私に、紅葉のストラップが付いた鈴をくれました。裏にメッセージを書いて。
私もまた、お姉ちゃんに青葉のストラップが付いた鈴をあげました。同じようにメッセージを書いて。
お互い、『この鈴を大事にしよう、これからもずっと一緒だよ』って約束しました。
その数日後、私たちは再び出かけました。今度は洋服を買いに。
色んな服を見たり、着たりしました。とても楽しい時間でした。この時間がいつまでも続けばいいのに……そう思うくらいでした。
……その帰りの事です。
私たちは人気の少ない道の横断歩道を渡っていました。
……信号は赤にも関わらず、トラックは速度を緩めもせず突っ込んできたのです。後で聞いた話、運転手が居眠りをしていたとか。
私は、轢かれる――
そう思いました。
その瞬間、お姉ちゃんは……私を力いっぱい突き飛ばしていて……。
また、私は助けられてしまいまったのです。
……それからの事ははっきり覚えていません。
しかし、はね飛ばされ頭から血が流れていたお姉ちゃんの姿が今も鮮明に頭に残っています。
私は、救急車を呼び、気を失っていた姉をどうにか起こそうと必死だったはずです。
お姉ちゃんは気が付いたのか閉じていた目を開き、
「ごめんね……約束……破っちゃった」
と、姉が手を開いて見せてくれた鈴は、もはや跡形もありませんでした。
「もう一つの約束も……守れ……ないかも……」
ごめんね、とお姉ちゃんは謝りました。
それが姉の最後の言葉でした。
救急車に運ばれ、病院に着いた頃にはもう手遅れだったのです。
お姉ちゃんは確か失血死で息を引き取っていたのでした。
私は泣いて、泣いて、涙が涸れるまで泣きに泣きました。
そして病院に駆けつけた母は、ボソッと呟いていました。
「何で青葉が生きていて、紅葉が……」
と。
その瞬間、私は全てが嫌になりました。
私の全てだったお姉ちゃんも亡くし、母にも必要とされない私は生きる気力すら無くなりました。
それから一週間、私はろくにご飯も食べず、口も聞かなくなりました。
また、母の暴力はさらに激しくなりました。
そして、ついに我慢できなくなり、私はマンションの屋上から飛び降りる事にしました。お姉ちゃんの元に行こう、と。
すると、お姉ちゃんの声が聞こえてきました。
「……私の分まで生きて、青葉……」
その声で私は我に返りました。
しかし後悔しても体は落ちていきます。
今になって私は、死にたくない、お姉ちゃんの分まで生きなきゃ――
そうひたすら思いました。
それでも体はそのまま落ちていきました。このままじゃ地面に着いてしまう……ダメ――
……気がつくと、私は浮いていました。そして私の背中に羽が生えていたのです。よくは分からないのですが……。この羽には姉の想いがつまっている、そう思ってるんです。
それから私は母に気付かれないように荷物を片して、マンションを飛び出しました。
それから、あの空き家に独りで暮らしていたのです…………。
◆
「そして……私は……こんな私でも普通に接してくれる……そんなあなたたちに会えました。これもお姉ちゃんのおかげでしょうか……?」
小鳥遊さんは泣きながら笑っていた。
そんな過去があったなんて……思いもしなかった。鈴を見つけられて本当に良かった。
「分からないわ……でもね、それは青葉が変わろうとしたからなんじゃないかしら?」
涙を拭いながらはい、と微笑む。
やべ、可愛いぞ、今の。
「……大変だったんだな、色々」
かける言葉が思い当たらない。困った、相談の経験がないからか。
肝心な所でどうしようもないとは……。不甲斐ない。
「洵さん、弥生さん……二人に出会えたのですから。私には友達なんていなかったのに……急に二人も出来るなんて」
「俺たちでいいなら……これからもよろしく、青葉」
「ちょ、それあたしのセリフでしょ!!」
バシ。
弥生に叩かれる意味がわからん。
「……ふふ」
「「あ……」」
俺たちは見た…………真っ暗な谷底から光溢れる空へ飛び立つ、美しい小鳥の微笑みを。
◆
神崎家の迎えの車の中。
「あ……」
洵に言い忘れていた。
どうしよう……。まあ……まだ日はある。
「お嬢様?」
「……何かしら?」
何事もなかった様にとりなす。
「……いえ」
珍しい仕草をした主人が気になる。
何かを言いたかったのだろうか。
須田が感じた所、伝えるべきかどうか悩んでいるようだった。
まぁ……いいか。
それよりどうするかだ。悪い予感がして仕方がない。
須田は後悔をしていた。やはり黙っておくべきだったのか……?
そしてこの悪い予感が見事に当たってしまうとは予想だにしていなかったのだった。
いかがでしたでしょうか。
回想話というのはなかなか難しく感じます……
次回も読んでいただけたら幸いでございます。