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Episode110 抱える苦悩の果てに

しばらくぶりの更新。


書けたら書いていきます(フラグ)

 目の前には先輩の後ろ姿があった。


 部室棟を出ると、部室棟と校舎を繋ぐ道に入る。

 舗装などはされていないために、道は砂利で埋め尽くされていた。


 先輩に無理やり連れ去られた俺は、不安で胸がいっぱいになっている。

 ついでにと言ってはなんだが、さっきの先輩の姿が頭にこべりついて離れてくれない。

 振り払おうにも男の性なのか、少し経てばまた浮かび上がってくる。

 試しに頭を小突いてみるが、痛みがじんわりと広がるだけだった。


 「で、どうなの?」


 ふいに立ち止まった先輩は、こちらを向いてそう言った。


 「どうって……言われても」

 「あいっかわらず鈍いのね」

 「はあ、すみません」


 呆れるわね、と先輩は一言付け足す。


 「まあ、後でまたじっくり話しましょ」

 「出来れば遠慮した──うわっ!?」

 「さっきも言った通り。小波くんに拒否権はないの」


 先輩はずい、とこちらに近付いて堂々と言い放った。


 理不尽じゃないでしょうか。

 って言うとまた何か言われる気しかしない。


 「まあ、このことは後でいいわ。とりあえず……実はゴミ捨てしないといけないのよ! で、男手たる小波くんに手伝ってもらえないかなと」

 「それなら先にそう言って欲しかったですけどね」


 苦笑しながら、俺はそう返した。


 「いやー、甘い、甘いねキミは。あの場で言ったらどうなると思う?」

 「……皆で、行く感じですかね」

 「まあ大体合ってるね。でもこれ、実は私と陸に任された仕事なのよ。でも今日陸は風邪で休みだから」

 「それが、何か問題でも……?」

 「仕事の量としては多いわけでもないし、手伝ってくれるのは嬉しいんだけど……ほら、あんな可愛い女の子たちに手伝わせるのは何か気の毒だなって思ったわけなのよ! そりゃあ本音はあの子たちが必死に働いてる姿とか、それはもう眼福で至福の時と言って間違えではないんだけども!」


 突然、意気揚々とマシンガントークのスイッチがかかる先輩に圧倒される。


 「なんか隠せてないですよ、本音が」

 「こほん。失礼。まあ、裏を返せば小波くんならいいかなーって」

 「は、はあ……」


 なんかさりげなく失礼なことを言われてる気がしてならない。


 「まあ、ちゃんと御褒美だって……うふふふふふふ」

 「先輩、なんか怖いです。あとヨダレ出てます」

 「あ、ああ……ごめんなさいね」


 猪崎先輩は制服の袖で口元を拭った。

 この頃先輩の様子がなにかおかしいような気がするのは気のせいだろうか。


 「というわけで、頼まれたゴミ出しをするから、先輩についてきなさい!」

 「わかりました」


 先輩は左手をグーにして、何かを期待していたのか、やけにしょんぼりとしてしまった。


 「いや、そこはおー、とかそういうノリでしょ? もう、ノリは大事だよー? はい、もう一回」

 「は、はあ……分かりました」

 「はい! というわけで、私と小波くんによるラブラブ! 共同作業の始まりだぁー!」


 先輩はグーを作り、天へ突き出すように豪快に腕をあげた。


 「おー……って、えええ!?」


 先輩が余りに勢いよく拳を突き出すものだから、つい釣られそうになってしまった。


 「ん? おかしい所あった?」


 何も悪びれる様子もない先輩。

 思わずため息が出そうにすらなる。


 「共同作業ってのは間違えではないですけど、その、その前がおかしいですよね」

 「ん、ゴミ出しのとこ?」

 「いやいや、そんなこと言ってなかったですよね!」

 「だから、私と小波くんのラブラブゴミ出し共同作業じゃ……」

 「結局ラブラブ付いてる!?」

 「んー……ね、小波……洵くん?」


 先輩はどこか憂いを帯びた顔つきになる。

 それから、こちらにじりじりと近寄り始めた。

 思わず、俺は後ずさりしたが、たまたま後ろには壁が。


 「うふふふっ……」

 「ちょ、ちょ、先輩!?」


 先輩との距離がどんどん狭まってくる。

 シャンプーの香りだろうか、ふわっとした甘い香りが鼻をくすぐってきた。

 一歩、また一歩と先輩はこちらへ近寄る。

 周りはとても静かで、足音と自分の鼓動の音ばかりが聞こえた。


 「ふふ、なあに少しくらいなら大丈夫だから……」

 「ちょ、ちょ!?」


 先輩はセーラー服のリボンを外す。

 そして先輩は俺の手を掴み、あろうことかセーラー服の下から、自分の胸に手を当てさせた。

 ブラの感触だろうか、少し変わった触り心地のものが手に触れる。

 しかし、上からでも双丘の感触はやはりあるもので。

 余計に胸が高鳴っていくのを感じるとともに、体中に血が巡るような感覚を覚える。


 「せ、先輩!?」

 「んっ……うふふ。感触はどう?」

 「えっ、えっ!?」


 惚けたような表情の先輩と打って変わって、俺はどうしていいのかが分からずパニック状態に陥っていた。


 「ウブなのね、可愛いとこあるじゃない。そういう子、私は大好きよ」


 頬を少し染めた先輩は、なんとも言えない色気が漂っていた。

 吹っ飛びかけた理性をどうにか取り戻した俺は、深呼吸をして先輩に尋ねる。


 「せ、先輩……突然どうしたんですか!?」

 「なんだか小波くんと居たら……S心がくすぐられちゃって」

 「な、なんですかそれ」

 「そのまま。どう、お姉さんとイイコト、しない?」

 「え、遠慮しますっ。それに、どうしてですか」


 先輩の手を振り払って、俺は強く言い張った。


 「あら、そんなに拒んでくれなくていいのに。ちょっと寂しいけど……余計そそるわ。何故かって? 実はね……」


 そこで、先輩は一度口を止める。

 俺と先輩の間を抜けていく風が、すっかり熱くなってしまった頭を冷やしてくれた。

 少しの時間が経った頃だろうか、先輩は再び言葉を紡ぎ出していく。


 「陸とは、もう一ヶ月前くらいに別れたの。まあ、喧嘩して……陸の気持ちがもう私から離れてることもわかってた。それから、陸とはろくに会わなくなってね……部活にも滅多に顔を出さなくなった。でも、そんな個人的なもつれで貴方たちに迷惑を掛けたくなかったのよ。だから、私一人でもいいから、頑張ろうって思って張り切って……寂しくても元気を振り絞って。そんな時に、また貴方たちが部活に来てくれて、嬉しくもあったけどすごく複雑だった。どうにかして平常を装ってきたけど、もう我慢の限界でね」


 少し泣きそうな先輩は、それでも強くいようとしていた。

 先輩が語っていく話は、あまりに突然で、予想外だった。

 あの元気に満ち溢れた先輩が、実はこんなに苦労してたなんて。


 「でも、先輩は凄いですよね。おかげで今の今までそんなこと、知らなかったですよ」

 「ありがとう。優しいのね……。そんな時に、いつも輪の中心にいるような小波くん、貴方を見てね……つい、甘えたくなったの。でも、それは先輩らしくもないし、迷惑を掛けてしまうこともわかってた。でも、小波くんは相変わらずで、話しているとどこか安心できて」


 衝撃が俺の中で走っていた。

 まさか、そんな力になれていたとは到底思えない。

 それに何かをしたという意識も何もなかった。

 普通に過ごして、話して、笑ったり……それだけのはず。


 先輩はふっと息をついて、俺の方を向き直ると──。


 「私は…………小波くん、貴方のことが()()……なのかもしれない」


 ◆


 もんもん。

 今の部屋の空気を一言で言うとそんなところだろう。

 部室に残されたのは青葉、弥生、ティエル、美紗、海斗、須田の六人だったが、暴れ出した海斗を須田が処理しにいったため、今の室内は四人。


 美紗としても、何かスッと降りないものがあった。

 わだかまりのような、何かが。


 「洵さん、何をしてらっしゃるのかしら」


 そううわ言のように呟いたのはティエルだった。


 「先輩、何かそわそわしてましたし……大丈夫ですかね」

 「……後でまた取り調べるわよ、弥生」

 「そうですね。何があったかを二人に問い詰めなくては」


 この二人の徹底ぶりに、思わず吹き出しそうになる。

 それだけ、洵のことが気がかりなのだ。


 また静かになると再び、部屋に悶々とした空気が漂い始める。

 皆、洵のことが気になっているのは、顔を見るだけでよくわかった。


 そういう時は、お茶でもすればいいはず。

 ヨーロッパ諸国でも紅茶を飲んでブレイクタイムに浸るという風習があった気がする。


 「喉が乾かないか?」

 「言われてみれば、そうですわね」

 「確かに……少し喉が乾いてきちゃいました」

 「そうね、少し休憩でもしましょうか」


 弥生の言葉に皆が賛同し、空気も少しは緩んだようだ。

 そんな時、美紗の脳裏に一つの考えが浮かぶ。


 「私が買ってくるよ。それぞれ欲しいものを挙げてくれ」

 「あら、ありがとうございますわ。じゃあ紅茶を」

 「わざわざすみません。では、私は普通のお茶で」

 「じゃああたしは、美紗に任せるわ」

 「了解した。くつろいでいてくれ」

 「はーい」


 椅子から立ち上がり財布を手にする。

 それぞれ休み始めているのを確認して、美紗は部室を出た。


 そして、向かう先は自販機と……洵のいる場所。

 飲み物を買ってくるついでに偵察すればいい、そう思ったのだ。

 隠密行動は手馴れているため、問題は無い。


 しかし、弥生にだけは思惑が見破られていたようだった。

 部室を出る際に、そっと弥生に言われたのだ。

『洵のことだから、覚悟はしてなさい』と。


 それでも、知りたかった。

 その一心で、自販機の置かれている部室棟の出入口を抜けると、そこには──。


 「私は…………小波くん、貴方のことが──」


 先輩と、洵がいて。

 洵が先輩に追い込まれるようになっていた。


 「っ──!?」


 気づけば、部室棟へ戻っていた。

 あの続きは、聞きたくなかったからだろうか。分からない。

 ただ、嘘だと信じたかった。

 だから、目を背けたのかもしれない。

 同時に弥生の言葉が胸に、今になって打ち付けてきた。


 どうすれば、いいのだろう。

 これまでの経験の中で、こういったことは一度もなかった。

 しかしここまで来たのだから……見届けなくては来た意味が無くなってしまう。


 「これも現実、か……」


 美紗は固唾を飲んで、出入口に戻った。

 身を潜めて、目と耳を集中させる。

 先輩の想いと、洵の答えを知るために。

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