Episode109 猪は突き抜ける
はい、今日も更新しました。
明日はおそらくしません。
明後日はするかも……?
「……どういう事ですか?」
「だから玲音がわからないって言う理由で一緒に」
四組に集まってきた俺たちだったが、誰一人として成果は出ないままだった。
一度、二組に戻ったのだけど……。
今や何故か修羅場になっている。
「それはさっきも聞きましたから」
「じゃあ逆にどういう事ですか……」
美紗と一緒に戻ってきた俺の様子を見て、何を思ったのかお怒りの青葉。
やれやれ、と言ったような弥生の二人による取り調べが行われていた。
なんか、こういうの前にもあった気がする。
そんな俺を少し離れた所で見ているのは須田と美紗だ。
助けてくれ、とアイコンタクトを送ってみるのだが見事に無視されている。
「玲音さんの顔が分からない。その理由で同行していた……と。本当に、それだけでしたか?」
「いや、別に何かがあったわけでもないからな?」
「じゃあ、聞くわ。さっきから美紗が何も言わずに少し照れたようになってるのは何かしら?」
そう言われてみれば、確かに美紗は少し俯いていて、どこか乙女チックな雰囲気さえする。
……ひょっとして、本気で何もなかったと思うのは俺だけなのでしょうか。
「み、美紗……。何も無かったよな、な……?」
「ど、どうだろうな」
「何でそんな反応するの!?」
美紗は言葉を濁し、そのままそっぽを向いてしまった。
真面目にわけがわからない。
「宝生さんは何も話したくないようですし……やはり、何か言えないようなことでも」
「してないしてない! 断じてしてない!」
「そうやってムキになる辺りがまた怪しいわね」
「信じてくれてもいいじゃないかぁ……本当に何も無いんだってば」
あれ、なんだか少し涙が出てきた気がするぞ。
何で皆して俺をいじめるのか、誠に遺憾である。
「にゃろう……ざまぁと言いたいのだが、正直羨ましいという願望の方が何倍も大きいっ!! 洵なんて砕け散ってしまええええ!!」
「色々酷いよな、相変わらず」
すぐそばの席で傍聴人となっている海斗からは散々な言われようだ。
「須田、ゴミは邪魔だから処分してきて」
「かしこまりました」
「あはぁ、ゴミ呼ばわりも堪らないですわぁ……もっと、もっと言ってくださいまし、弥生様ぁぁぁ!!」
「気色悪いから黙ってろ」
「あはぁん!? これも悪くないけど、そんな激しくしないでぇ」
「……早く袋にでも包んで焼却炉に放り込んできてくれるかしら」
「もちろん、かしこまりました。それでは」
弥生に一礼すると、喚く海斗をずるずると須田が引きずっていった。
「さて、吐いてもらいましょう」
「だから一緒に探してただけだって……本当に何も無い」
「……な、何も無かったわけでは……ない」
「美紗!?」
ようやく口を割ったかと思えば、意味深な爆弾発言をしてくれた。
それはお求めではございません。
「……やっぱり、何かあったんですね」
「いだだだだだっ!? 少なくとも俺は何もしていないから!」
「もう、嘘なんてつかなくてもいいじゃないか」
「いや、何もしてないってば──」
「こうやって、手を取ってただろう?」
「え……?」
突然立ち上がった美紗は、俺の手を半ば強引に握った。
妙に、慣れたような手の感触。
そして、ふと気付いた。
さっきまで無意識のうちに美紗の手を握っていたことに。
「……まさか、覚えてないとは言わないよな?」
じっとこちらを見つめる美紗に気圧されそうになる。
「たった今思い出しました、ハイ」
「やっぱり、やってたんじゃない」
「……ほら、やっぱり」
二人のため息がいやに刺さる。
今回は十中八九俺が悪いからか、余計に。
「まぁ、どうせそんなことだと思いましたよ」
「洵だものね」
「洵さんですからね」
「……洵だからな」
「なんか、その……本当に申し訳ございません。まさか、無意識でそんなことしてるとは思いもよらなかったんです……」
「被告談」
「その付け足しやめてくれる!?」
ダメ押しを浴びせてきたのは……石田さんだった。
あの、俺を散々ホモ呼ばわりしてくる子である。
「面白そうだったから、つい」
「そんな理由でやらないでくれ……」
「つまり、小波くんはホモで女たらしって事ね、わかったわ」
「その解釈やめて!? あとホモじゃないって!!」
合点がいった、とでもいうように手をぽんとついて、彼女はこう言った。
「ようは、小波くんはバイセクシャルってことね!」
「その解釈もやめないか!?」
「とりあえず、そろそろ時間だから解散しましょ」
「そうだな、戻ろう」
弥生、美紗の二人はそれぞれの教室へ戻っていく。
「あ、ホントだ……じゃ、バイの小波くんも準備しないと」
「だからバイでもないってば!」
そんなこんなで、昼休みの時間は刻々と終わりへ向かっていた。
石田は絶対に許さない。
なにかする訳では無いけど。
◆
放課後。
俺たちは玲音を探そうと思ったのだが、ティエルが言うにはもう学校にいないとのことだった。
なので俺たちは急遽、勉強をすることにしたのだが……。
掃除も終わった教室は期末考査が近付いてることもあり、試験勉強に励む生徒たちがいる。
人を避けたい、という弥生の意向により今日は部室へ来ている。
今日も活動はないため、ここなら自由に静かに出来るだろうという見立てだ。
……先輩さえいなければ、の話だが。
弥生、青葉、ティエル、美紗、俺、ごm……海斗と須田のフルメンバーで部室まで来ていた。
「なんでこんなに集まってるのよ……」
半ばため息混じりの声をあげるのは弥生だ。
そう思うのも仕方ない。
ここまで人数が集まってしまうと、自然と騒がしくなってくるものだ。
特に海斗が一番うるさいのだが……何度言っても聞かないのがこいつである。
「まあ……仕方ないし。とりあえず入ろう」
俺が部室の扉を開けると、そこには──。
「あ、うちの小波くんと可愛い子たちが来たぁぁぁぁぁぁ!! 我が部活、最大のウリ、それこそっ! 学校屈指の美少女たちが集うことっ! さあさあ、せっかく来てくれたんだからくつろいでいってねぇ……うふふふっ! 来ないならお姉さんから行っちゃうぞーっ! とりゃ──だっ!?」
何かが飛びかかってきたので思わず扉を閉めてしまった。
ドアにぶつかったのか、大きな音を立てて先輩は床に突っ伏したのかと思えば、すぐに扉が開けられる。
すると、鼻の辺りを押さえた少し顔が赤くなっている先輩の姿があった。
茶色がかった黒髪はロングにしているようだが、ぶつかったことで少し乱れていた。
「あのさ……確かにテンションおかしかったかもしれないけど、閉めるのは酷くないかなっ!?」
「飛びかかって来られたから、体が勝手に」
「そこはさぁ、ぎゅって受け止めてくれたらポイント高かったと思うんだよね!」
「そんなことしませんからね!?」
「ちぇー。けち。複雑そうだから、私も入ったらより面白くなるかなーなんて思うのだけど、どうかな? ザ、修羅場! みたいな!」
目をキラキラと輝かせている先輩だが、流石に困るものは困る。
修羅場なんて面白くもないし、冷や汗をかくばかりだというのに。
「それ、さりげなく言ってることがえげつないですよ……」
「私、エンターテイナー目指してるから。実は記者みたいなのも憧れててねー。あ、立ち話もなんだから入って入って」
「え、あ、はい」
自然な流れで中に通され、パイプ椅子に腰掛けた。
どうやら八重樫先輩はいないようで、部屋は先輩を含めた八人。
スペースとしては狭いわけではないが、なんとなく窮屈に感じる。
それぞれが教材を取り出して、勉強を始めていた。
相変わらず、先輩だけは何もしていない。
「いやー、それにしても何? 真面目に勉強でもしに来た感じ?」
「はい。教室は人が多かったので、こちらなら空いてるかと思いまして」
「偉いなぁ……私なんてぜんっぜん勉強してないよ、あははー」
笑い飛ばす先輩はどこまでも変わった人だと思ってしまう。
雰囲気というか、持つものが違うような感じだった。
「猪崎先輩はそれでも毎回学年上位をキープしてるお方だったはずでは……」
珍しく、海斗が真面目なことを口にしていた。
「あ、ばれてた。まあ……ノートとかはちゃんと取ってるから、それでね?」
「う、羨ましい……」
これが勉強が出来る人と出来ない人の違いか。
必死に勉強しないと半分より下に簡単に転落するような俺とは次元が違う。
「うん? 羨ましいかぁ……なら、お姉さんが解るまでしっかり教えてあげようかなぁー? こう、手取り足取り……」
先輩が手をワキワキしているのだけど、何かおかしいと思います。
「え、遠慮しておきます……」
「えー、私が教えた子は必ずと言っていいほど点数が上がるのにー」
「うっ……」
なかなか痛いところを突いてくる。
どうしてこうも言葉巧みに話せるのやら。
「ほらほら、お姉さんと二人でお勉強、したくない?」
「な、なんですか、その言い方は……」
突然、椅子から立ち上がった先輩は少しずつ俺に近づいて来る。
歩きながら、先輩は悠然と語った。
「理由は単純。意味深っぽくした方が面白いことになるかなって」
「……わざとでもやめていただけると助かります」
先輩は俺のすぐそばにまで来て立ち止まる。
そして、そのままこちらを向いて前屈みになった。
それはつまり……今、先輩の顔が俺の目の前にあるということ。
それに、先輩の制服の隙間からちらっと見える谷間が、俺をひたすらどぎまぎとさせてくる。
先輩が俺の顔に手を当ててきて──。
「そんなかしこまらなくていいんだよ……ほら、力を抜いて……。そのまま、私の胸にダイブすればもれなく──」
「先輩、何をしてるんですの!?」
暴走する先輩を止めたのはティエルだった。
俺はというと、完全に固まっている。
「え、いや……ほら」
「いやでもほらでもありませんわ。そんなことをされてたら洵さんも集中致せませんし!」
「私にはばっちり集中してたと思うんだよね。特に胸の辺りに」
「洵……さん?」
そっと放たれた先輩の爆弾発言。
ギギギ、とでも言いそうな首の動きでティエルは俺の方を向いた。
同時に、三人くらいのため息が聞こえた気がする。
「な、なんでしょうか」
「…………はぁ。もういいですわ……」
「え、えっと……」
「言い訳もいらないですわ」
「は、はい」
切れ味抜群のティエルの対応に、俺は怖気付くことしか出来なかった。
なんで女の子って怒ると怖いの?
「さあて、そんな小波君を……しばし拉致します!」
「えっ!?」
「はいはい、予想通りの反応をどうも。ま、先輩の命令だからとりあえず拒否権はありません!」
「え、ちょ……離してください」
「つべこべ言わないっ」
「えええ!?」
「というわけでみんな勉強ファイトー! ちょっと小波君借りてくねー」
引っ張られてずるずると連れていかれる俺。
そしてその様子に呆気にとられる弥生たち。
先輩は意気揚々と扉を開くと、そのまま無理やり俺を連れ去っていくのだった。
……俺、何をされるんだろう。




