Episode108 玲音の悩み事
結局投稿しました。
ま、また書くから大丈夫……ですよ……。
校舎に戻った俺たちは、とりあえず四組に向かった。
「やっぱりいないか」
「そうなると、どこなんでしょうか……」
軽いため息をつきながら、教室の扉を閉める。
「須田、伝言したのでしょう?」
「え、あ……その……実は……」
ぎくっとでも言いそうなほどに須田がうろたえはじめる。
突然言い淀んで、見つめる弥生と目を合わそうとしない。
「まさか……忘れてたとか言わないわよね?」
「……ま、まさかそんなわけがないじゃないですか。神崎家に仕え、なおかつお嬢様の執事たる私が」
「声が震えてるぞー」
「ま、まだ寒さが残ってるからだっ!」
全力で目を逸らす様子からは、とても説得力が感じられなかった。
「拷問するなら、私がやろうか」
ひょこっと現れたのは元歴戦の兵士であり、敏腕のアサシンとして闇を駆け抜けていた少女、宝生美紗だった。
「あ、いや……その、それは遠慮させていただきます……」
「須田、気持ちはわかるぞ。死ねる気がする」
彼女からの拷問となると、冗談では済まないレベルになりそうだ。
とてもとても受けたくはない。
何よりめちゃくちゃ痛そう。
「ちょっとシメるだけだ。吐かなければ次第に強くしていくだけだし、最悪骨が折れる程度だから問題は無いさ」
「それ、問題しかないですよね」
「……? 骨折くらいよくあるものではないのか?」
すごく不思議そうにしているが、どうやら住む世界があまりに違い過ぎたからだろう。
かれこれ約十年以上はそうして過ごしてきたのだから仕方がないのだろうが。
「美紗、骨折は十分大事だから」
「そ、そうだったのか……なら、折れない程度に済まそう」
「ちょ、待って待って。拷問するの前提になってませんか!?」
こうしてすごい慌てる須田を見ているのは割と楽しいかもしれない。
顔が引きつっているのもすごく新鮮に感じる。
まあ、普段は俺がその役割なんだからいいよね!
「須田。本当のことを言いなさい。さもなくば……分かるわね?」
「うっ……分かりました。その、完全に言い忘れてました……朝少し遅れてきてたのもあって、つい──」
「言い訳無用」
「いててててててっ!? ちょ、ギブ、ギブアップ! 関節外れちゃうから!!」
美紗により須田の腕があらぬ方向に曲げられ、そのまま体を押し込まれたようだ。
つまり、関節技を須田に決め込んだのである。
おかげで須田はすっかりお疲れの様子だった。
「須田さん、大丈夫ですか……?」
「大丈夫……なわけない」
「遊びで関節技をキメるくらいは普通ではないのか?」
「……美紗、遊びにしてももう少し力加減をな」
「む、むう……わかった、気をつけよう」
少ししょぼんとしている美紗が、どことなくかわいい。
って言うとおそらく俺も関節技をいただく羽目に遭うのでやめておく。
「ほら、探さないと昼が終わっちゃうわよ」
「そうですね……手分けして探しましょうか」
「見つけても連絡できなきゃ意味がないだろう?」
「それもそうですね……うーむ」
「なら集合場所を決めてやれば……ひいい!?」
恐る恐る須田が言ったのだが、すぐさま美紗と目が合うと悲鳴を上げてしまった。
さっきので恐怖が刷り込まれたのだろう。
正直言って俺もめちゃくちゃ怖いです。
可愛い一面もあるのに、もったいない。
「まあ、そうするのが妥当かしら」
「そうだな。じゃあここに戻って来ることにして、探そう」
「了解です! さて、この隙に洵さんと……」
いひひ、と気味の悪い笑みを浮かべている青葉を見ると、何かが変わってしまったような気がする。
「青葉、一人一人行動しましょ?」
「……はい」
弥生がすかさず釘を刺して、青葉は気圧されてはい、とだけ返した。
こういう光景を見ていると、やはり弥生も恐いと思うのだけど……あ、これ言ったら殺られるやつだ。
「さ、早く行きましょ」
「じゃあ、十三時にここで」
「今こそ汚名挽回のために頑張らなくては」
「須田さん、それを言うなら汚名返上ですよ。挽回してどうするんですか」
「……か、勘違いだからなっ」
恥ずかしさからか、逃げるように須田は走っていった。
それを尻目に、俺たちもそれぞれ探し始める。
人がごった返す廊下を進みながら、辺りを見回してみるが玲音の姿は見当たらない。
馬鹿みたいに生徒が多い学校でさらに校舎がとても広いため、人探しは本当に大変なのだ。
探しても探しても人だらけな校舎では、到底見つけられそうにもなかった。
ふと、目の前に赤髪をした女の子……美紗が目の前に現れる。
どうやら、少し困ったような顔をしていた。
「美紗、見つかっては……ないだろうけど、どうかしたか?」
「洵、か。よくよく考えてみたら……その探し人をよく知らないことに気が付いてだな」
「……一緒に行くか?」
「ああ、助かる。事前に話を聞いておくべきだったな」
「美紗って、たまに抜けてるよな」
「……もう一度言ってもいいぞ?」
彼女の目が笑っていない。
元々冷めたような目をしているのはあっても、そういう域ではなかった。
「遠慮しておくよ」
「そうか。なら行こうか」
「ああ」
二人で校舎内を再び歩んでいく。
知らないうちに彼女の手を取っていたことに、俺は気付いていないのだった。
◆
部室棟と校舎の合間は外の短い道がある。
部活生ならよく通る道で、昼休みであろうとそれは変わらない。
部室で昼を過ごす者も勿論いるわけで、人が多い学校であれば相対的にその人数も増えて当然である。
それとは別に実はもう一つ、道があった。
かと言って、無駄に迂回をするような道であり、道は細い。
わざわざこのような道を通る者はほぼ、いない。
しかしそんな場所に、見た目の麗しい男女の姿があった。
「姉さん、頼みがあるんだ」
「な、何ですの? 突然連れ出して……別にこんな所じゃなくてもいいですのに」
「いや……実はさ、夏場はよくライブやってたよね」
「してましたわね。まあ飽きたのと時間が無くなるという理由で今は月一でしかやらなくなりましたけども」
相変わらず、この姉は身勝手なものだとつくづく思う。
しかし、時には頼れる所もあるのが、いい所であり。
だからこそ、連れてきた。
自身の姉が頑張っているように、自分も一歩踏み出そう、そう思って。
◆
「その時の……何回目かは忘れたけど、来てた人がいるわけだよね」
「そりゃあわたくしのファンでいっぱいでしたものね」
「そうじゃなくって……八月頃かな。一人でほんの少しだけ顔を出して帰った人が居てさ」
「……その方がどうなさいましたの?」
いつになく真剣な弟の様子に、ティエルは固唾を飲んだ。
「簡単に言うなら、その人に惚れたんだ。僕は女の子の友達も結構多いんだけど……そういうのとはまた別の何かを感じて、ね」
「あの玲音が……一目惚れ、とはどういった風の吹き回しですの?」
これまで、弟の恋愛に関してを詳しくは知らないが、そういった話はこれまでに一度もなかった。
だから他人のために必死になってくれる洵に、任せたつもりだったのだが……予想外の展開になってしまった。
しかしここで何も出来なくては姉の威厳も保てない。
例えそれが双子の姉だとしても、わたくしは姉であり、頼られるべき存在なのですわ。
わたくしが、しっかりしなくては……。
「なんかその言い方は癪に障るんだけど……まあ、それは置いといて、姉さんは誰か分からないかな?」
「って言われても……情報がなさ過ぎですわよ。見た目とかを教えてくださらないと」
「やっぱそうだよね……すごい綺麗な人なんだけど……なんて言えばいいか」
「……その気持ちはわかりますわ」
洵のことを頭に浮かべて……どう説明したらいいのだろうとふと思った。
彼のことが好きなことに代わりはない。
優しいところや叱ってくれたところ、他人のために必死になってくれるところ……思えばまだまだ浮かんできそうで。
しかし言葉というのは不便だった。
思い浮かんだことを本当に正しく表すことが難しく、それでいて表せても相手に伝わるとは限らない。
きっと、玲音も同じような気持ちなんですわね。
いいえ。会えない分、わたくしよりもずっと辛いに違いないですわ……!
それなら、わたくしが出来ることは一つ──
「もう、仕方ないですわね。わたくしが手伝える限りは手伝ってあげますわ」
「姉さん……!」
「これでも、姉ですものね。ここは姉らしく、やってやりますわ!」
「……ありがと、姉さん」
わざと強がるように、言ってみせる。
自信は全くなくても、信じていればきっと……。
これは洵を通じて、知れたこと。
失敗に終わるかもしれない。それでも、やるしかない。
失敗するかどうかは気の持ちようからだと、ティエルは思っている。
ライバルはとても強力だけどめげてはいないのと同じく、可能性はゼロではないのだから。
「……今日の放課後からにしますわよ」
「ごめん、実は今日用事が……」
「………………本当に、やる気があるのか不安になりますわね」
「ドタキャンしたら何言われるかたまったものじゃなくって……明日以降頑張るから、ね?」
「はいはい。わかりましたわよ……玲音は今出来ることをしてなさいな」
いつも通りな弟に半ば呆れつつも、周りをとても気にするその性格は嫌いではない。
自分にとってないものを持っている、そんな弟がどこか誇らしくもあったから。
玲音が自分にいい影響を与えてくれる気がして、怒るに怒れないティエルなのだった。




