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Episode106 帰りは車で勉強を

 「……で、どうするんだこれ」


 教室まで、気を失ったティエルを運んだのだが……一向に目を覚ます気配がしない。


 「いっそキスでもしてやりゃ、驚いて目を覚ましたりとかするんじゃね? そうか、それならば俺にもワンチャン──」

 「懲りなさいよ。いい加減にしないと、吊るすわよ」

 「吊るすって怖いですよ、弥生さまぁ。そんな愛情表現、うれしいけど困りますから」

 「はぁ……明日にでも、焼却炉に放り込んでやろうかしら」

 「あの、出来れば死なない程度でお願いします……」


 海斗ならそれでも生きていそうな気がするのは俺だけだろうか。


 「真面目にどうする?」

 「なんなら車で送っていくわよ」

 「そうだな。その時はよろしく」

 「お、こんな所に。こんな時間で、霊には会ってないのですかね」


 暗い廊下から出てきたのは、園田だった。

 なんで今日もいるのやら。


 「どうしたんだ?」

 「いやね、今日こそは来たくなかったんだけど……明日締切の提出物があるってことをさっき聞いて飛んできたんですよ」

 「それって、課題のことか?」

 「そうそう。ロッカーに入れっぱなしだって気が付いて……いやいや来たというわけ」


 その課題、ずっと前から話があったし、プリントにも書かれていたはずなんだけど。

 まあ自業自得だろう、授業中話してばかりだし。


 「まあ、だからすぐ帰る……と言いたいんだけど、一人で行くの怖いからついてきてくれないかな、と」

 「報酬があるなら手を打とう」


 すっと出てきたのは海斗だ。

 なんか絡むと急に動くよな、こいつ。


 「報酬、ですか。そうですね、フィギュアなんてどうです」

 「ほう……面白い。ここは俺が行こうではないか。ならば諸君、我はこのまま帰るとするよ」


 釣れやすいなぁ、こいつ。

 しゅたっと立ち上がった海斗はやる気満々の様子だった。


 「明日から来なくていいぞ」

 「リストラみたいな言い方しないでくれないか」

 「……ばれたか」

 「まあ、茶番に付き合うほど暇ではない。さあ、我は女の子を迎えるために行ってくる。さらばっ」

 「じゃ、僕も行きますね。小波さん、神崎さん、また」

 「おー、じゃあなー」

 「ええ。また」


 園田は海斗を連れて教室を出ていった。

 まあ、海斗が居ればもし本物が出てもどうにかなるだろう。


 「そういえば弥生」

 「なに?」

 「須田っているのか?」

 「何かあるの?」

 「いや……弥生の近くにいっつもいるイメージが」

 「いるわよ、そこに」

 「えっ?」


 弥生が指を指した方を見ると、ロッカーの影からひょいっと顔を出す須田がいた。


 「呼んだか?」

 「いや、気配がしなかったからつい」

 「ふっ。気配を殺す術を先日磨いたものでな」

 「なんだそれ……」

 「洵も教わってみる? 菊池に言えばやってくれるわ」

 「遠慮するよ……って、菊池さん何者」


 何されるかたまったものじゃない。

 執事とかメイドって、何なの? 秘密結社とかスパイとかなんですか。

 イメージ崩壊しそうなんだけど。


 「さて、そろそろ帰る?」

 「そうだな」


 時刻はそろそろ七時と言ったところだろうか。

 決められた下校時間はもう過ぎてしまっている。


 「注意されるからな、早く行くべきだろう」

 「そうね。帰りましょう」

 「わかった。今日は車か?」

 「車の準備なら出来ておりますよ、お嬢様」

 「じゃあ、歩こうかしら」

 「えぇ……」

 「冗談よ。洵、家まで送るわ」

 「なんだ、ありがとう」

 「お嬢様の冗談は分かりにくいので怖いですよ……」


 ため息混じりに須田がそう言うのを尻目に、弥生は荷物を持って歩き出した。


 「さ、洵行きましょ。須田、ティエルもお願いね」

 「かしこまりました」

 「須田も、大変だよなぁ……」


 こうも振り回されてばかりなのに、よく頑張っていると感心する。


 暗い廊下を行き、玄関を抜けて外へ出る。

 外は相も変わらず暗く、吹く風が冷たい。

 弥生はそっと、ふわふわした白いマフラーを首に巻いた。


 「温かそうだな」

 「まあ、高級品なだけはあるわ。洵は何かないのかしら?」

 「あー……マフラーは今ないんだよなぁ」

 「……そう」

 「何かあるか?」

 「何もないわ」


 そういえば、マフラーは持っていたが糸がすっかりほどけてしまっているのだ。

 そろそろ必要な時期に入るから、買わないと。


 俺たちは玄関口で、ぼーっと突っ立っていた。


 「って、突っ立ってても仕方ないじゃない」

 「あ、そうだった」


 ここのルールとして、迎えの車などは別途にある駐車場スペースに停めることになっている。

 うちは車を使わないから、すっかり忘れていたな。


 「ほら、歩きましょ」

 「そうだな」


 先に行く弥生を追いかけるようにして、ついていく。

 駐車場まではそこまで遠いわけでもなく、すぐに着いた。


 「お待ちしておりました。どうぞ」

 「ありがとう」

 「いえいえ」


 須田の時々見せる、こういう面を見ると真面目にしっかりやっているんだと思う。

 普段は海斗とふざけてるような様子ばかりだからかもしれない。


 「さ、小波も入れ 」

 「一瞬で言葉遣いが変わったな」

 「いいだろ、友人なんだから……」


 顔を逸らせて、なにごとかをぼそぼそと呟く。


 「え? なんて言った?」

 「いいっ。ほら、早く乗れ」

 「お、おう」


 急かされて車内に乗り込んだ。

 次いで須田が乗り込み、車は静かに走り出した。

 車内は暖房が入っているのか、暖かい。


 「行き先は?」

 「洵の家に行ってくれるかしら」

 「かしこまりました」


 車内はとても静かで、どこか気まずい。

 声をかけてみようかと思うが、話題が浮かばなかった。


 「なあ、小波」

 「ん?」


 そっと、隣に座る須田が話しかけてきた。


 「いや、数回休んでしまった授業があってだな」

 「ノート貸せばいいのか?」


 それなら、さっき言えばよかったのに。


 「いや、違うんだ。いまいち分かってない所があるから教えてもらおうかと」

 「それはそれでさっき言えばよかったのに」

 「気が付いたら、お嬢様共々どこかに行ってたんだよ……無駄に焦ったじゃないか」

 「あ、その時はいなかったんだな」


 気配を殺す方に意識しすぎてるからだな、きっと。


 「はっ!? わたくしは今まで何を!?」


 突然、横になっていたティエルが目を覚ました。


 「おはよう」

 「おはようございますわ……って、夜ですわよね」

 「そうね。あなたのこと完全に忘れてたとかそんなのじゃないから」

 「酷くありません!?」


 起きて早々、ツッコミざるを得ない辺りに、何か謎の共感を覚える。


 「ってことで家まで送ってあげるから、高橋に行く先教えてくれるかしら?」

 「ありがとうございますわ。じゃあ、案内させていただきますわね」

 「はい、かしこまりました」


 ドスが効いた声で、見た目も厳ついドライバーの高橋さんは違う世界の人にさえ見える。

 きっと俺なら睨まれたら逃げると思う。


 「で、せっかくだから今教えてくれるか?」

 「時間もありそうだしな。分かったよ」

 「助かるよ、ありがとう」


 そう言って、須田はふんわりと笑みをこぼした。

 どう見ても女の子にしか見えないルックスのせいで、少し慌ててしまいそうになる。


 「さて、テーブルを出すから少し開けてくれ」

 「おう。須田は口調さえ変えりゃ完全に女だよな……」

 「え?」


 少し口調が乱暴過ぎるのが、及第点な気がする。

 いや、これ以上レベル上げなくていいと思うけど。


 慣れた手際で、ささっと須田は内蔵になっているテーブルを出した。


 「さあ、教えてくれ。ここの法律とか、よくわかってないんだよ」

 「あー、そこか。えっと教科書見てもいい?」

 「ああ、いるのなら至って構わないさ」


 須田から教科書を受け取って適当にページを開いていく。


 「って、何ページだよこれ」

 「はぁ!? お前、授業受けてるのなら分かるだろ」

 「うろ覚え気味で……いやー、年かなー」

 「高校生が年とか言うなっ!」

 「冗談だって、ここだろ?」

 「最初からちゃんとやってくれ、もう」


 膨れっ面になっている須田を見ていると、一体男なのか女なのかわからなくなりそうだ。

 須田がやっていきながら、詰まった所で俺が教えるようにして、進めていく。


 気付けば、ティエルは降りていて……もうすぐ、俺の家に着く所だった。


 「助かったよ、これでどうにかなりそうだ」

 「俺で出来る範囲でよければ、また頼ってくれ」

 「そうだな、その機会があるかはわからないが考えておくよ」

 「おう、任せてくれ」


 とか言って、わからない所聞かれたら困るけどね。

 そういえばさっき、須田は小声でお嬢様に教わるのは気が引くから本当に助かると言われたっけ。

 まあ、確かに俺も慣れるまではどうにも気が引けるのはあったから当然なのかもしれないな。


 「洵様、着きましたよ」

 「あ、はい。ありがとうございます」


 高橋さんに呼ばれると、背筋が思わずピンと伸びてしまう。

 威圧感って恐ろしい。


 「じゃ、二人ともまた」

 「そうね、また」

 「ありがとう。じゃあまた」


 弥生は振り向くこともなく、素っ気ない。


 ……怒ったりしてるのかな?


 ドアを閉めると車は再び走り出し、すぐに車は見えなくなった。


 「考えても仕方ないか。とりあえず、入ろうっと」


 俺は家のドアを開ける。

 すると、母さんのサプライズという名の暇つぶしが俺を待っているのだった。

 余計に疲れて、すぐに眠りについたのは言うまでもない。


 「……むう」


 車内でぽつりと、少女は呟くのだった。

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