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Episode105 放課後ひぃーたいむ

ひぃー。

 「悪いね、いつも手伝ってもらってて」

 「いえ。いいのですよ。お世話になっていますから」


 そう言って、頭を下げる。


 「それに、お金までいただいてるのですから……むしろ申し訳ないくらいですよ」


 青葉は、スーパーの店長もとい社長さんの手伝いをしていた。

 時々人手が足りなくなるそうで、そういう時に手伝いとして入っている。


 こちらとしては恩を返そうとしているだけなのに、毎度その仕事分のお金まで丁寧にくれていた。

 食材その他の提供までしてくれているというのに、本当に頭が上がらない。


 「見合ったことをしたんだから、もらって当然なんだよ。それに、学生なんだから……たまには遊ぶお金も必要だと思ってね」

 「いつもありがとうございますっ!!」


 気さくに笑う社長さんに、青葉は再び深く頭を下げた。


 自分の親がこんな人だったら、大切にしてくれる人だったら。


 「今頃、どうなってたんでしょう」

 「ん? 何かあった? 質問?」

 「ああ、いえっ。何も無いです」


 考えていたことが、どうやら口に出ていたようだ。


 さて、良くしてもらってるのだから、やれるだけはしなくてはいけない。

 青葉は溜まった作業を片付け始めた。


 「それにしても、親御さんもいないとなると……学校、大丈夫?」

 「大丈夫です! ……多分」


 自信はないけれど、やろうとは思っている。

 何より、青葉は大好きなのだ。


 今の生活が、学校が、友達が、そして……この時が。


 「そっか。じゃあ、体調だけは気をつけてね? 私でできる限りのことはするから、頼りなさい」

 「はいっ!! 頑張ります!」


 思わず、いつもの癖で頭を下げ……。


 「きゃっ!?」


 置いてあった段ボールにぶつかり、辺りに中身が散乱してしまった。


 「あ……ごめんなさいっ!!」


 慌てて、散らばった紙きれを拾い集めていく。


 「あはは、大丈夫大丈夫。これまとめて捨てるやつだからね」

 「そうだったんですか……申し訳ないです」


 社長さんは一緒に紙を束ねていく。


 ──本当に優しい人で……なんだか、洵さんみたい。だから、洵さんに惹かれてるのかな……。


 「これで全部かな」

 「みたいですね」


 段ボールの中に戻して、段ボールを安全な場所に動かす。

 すると、部屋の扉をノックする音がした。


 「社長、すみません。お時間ありますか?」


 少しだけ開けた扉から、ちょこんと誰かが頭を見せている。

 今は店内の事務室にいるのだが、制服姿である辺り、きっと下で店員をしている人だろう。


 「何かあったのか?」

 「すみません。ちょっとお客様からクレームがあって、店長を呼べ、と」

 「分かった。今すぐ行くよ。じゃ、青葉ちゃん、行ってくるからやっててもらえるかな」

 「はい、分かりました」

 「じゃあ行ってくるね、また。で、お客様はどこに?」

 「案内します」

 「わかったよ」


 上着を羽織って、勇ましく社長さんは店員を引き連れて出ていった。


 「んー、洵さんもいつもこのくらい頼れればいいのに、なぁ」


 いざという時はすごく頼れる人だけど、普段はなんだか頼りない。


 「あと……気になるとはいえ、視線が……」


 洵を見ていると、視線がどうしても胸の方に行ったりするのが分かってしまうのだ。


 海斗に比べれば幾分もマシだが、やはり気になってしまう。


 「私って……ある方なのかな」


 ぽんぽん、と胸の辺りを触ってみる。

 大きい方が、好みなんだろうか。


 「そうだったら、ティエルさんには敵わないかぁ」


 洵の周りにいて好意を示している中で、おそらくきっとスタイルがいい。

 今年は行かなかったが、来年には海とかプールに行くことがあるかもしれない。


 「水着……そのうち買いに行こうかなぁ」


 考え事をしながら、作業を進めていく。

 割とこのお手伝いにも慣れて、そろそろ身に染み付いてきている。

 社長さんからは、飲みこみがとても早いと

 褒めちぎられていた。


 「さ、頑張ろっと。今日はこのあと勉強もしなくちゃだし」


 期末の試験は迫ってきている。

 青葉は人一倍頑張り屋だった。

 今のこの環境に、満足しているからこそ、やれるだけのことをやろうとしている。


 たまに、それで人を驚かせていることには気付いていないが。


 「あ……そろそろ面談かぁ。……はぁ」


 進路の話が、個人的な悩みなのだ。

 大きなため息を一つ零して、青葉は作業を次々とこなしていくのだった。


 そんなこんなで青葉が想像以上に進めたことに社長がまた驚くのは、また別の話。


 ◆


 真っ暗な校内、職員室と、さっきまでいた教室以外に明かりはなかった。

 消火栓のランプはもはや雰囲気を出しているため、明かりとは呼ばないことにする。


 「だ、大丈夫なんですの?」

 「さっきからそれしか言ってないな。大丈夫だよ、きっと」

 「はうぅ……」


 ここまで極端なんだなぁと、後ろで震えるティエルの声を聞きながら思う。


 「にしても、何も無いわね。暗いだけじゃない」

 「待てぇ……」


 先導する弥生は、俺の手を固く握りしめながらそんなことをのたまう。

 出来たらもう少し、その手の力を緩めて欲しいです。

 地味に強い。


 「っていうか、さっきから声聞こえるの俺だけ?」

 「えっ、えっ!? ひいやぁぁぁぁ!!」

 「洵ったら、脅かそうとしたって無駄よ」

 「いや、聞こえない? まーてーって」

 「まーてー……」

 「き、聞こえましたわっ!? はわわわ」


 ティエルはすっかり足がすくんでしまったのか、今にも崩れてしまいそうだ。


 徐々に、足音も近付いてくる。

 一歩、また一歩と。


 「え、嘘……本気……?」

 「さぁ……でも、後ろから来てるよな」

 「あははははっ、怖くありませんわーっ」


 俺たちは立ち止まって、耳を澄ませている。

 なおティエルは恐怖のあまり壊れた模様。


 「まてぇぇ」


 声とともに、足音が少しずつはっきりとしてくる。


 「う、後ろ向いて見ましょう」

 「そうだな」

 「うふふっ。ふふふふっ、いいですわぁ」

 「おーい、戻ってこーい」


 ティエルが色々と危ない。

 どれだけ怖がりなんだろう。

 いや、怖いけどさ。


 「じゃ、じゃあ……一斉に」

 「そうね。いちにいさんで」


 弥生と掛け声の確認をして、覚悟を決める。

 もし、何かあれば俺が守らないといけない、そんな覚悟を。


 「ああ、いち」

 「にーい」

 「「さんっ!!」」


 俺たちが一斉に振り向いた先には、誰もいない。


 「弥生、どういうことだ……」

 「あ、あたしが聞きたいわよっ」


 流石に、弥生からも焦りの色が窺えた。


 「まぁぁてぇぇ」

 「きいやぁぁぁぁぁ!?」


 後ろから声──。

 慌ててそちらを振り向くと、


 「はっはっはっ! どうだ、俺様の演技は!! ティエルたんがもうへろへろになってるな! いやー、これは俺、俳優になれるわ。ってかなるわ、名俳優って呼んでくれ」


 豪快に笑い飛ばす、小太りの体躯。

 全身黒づくめの姿で、闇に紛れ込むようになっていた。


 「え、海斗かよ……」


 こちら側としては、戸惑いが隠せない。

 同時に、フッと全身から力が抜けた。


 「はははっ、われの名演技に皆ひれ伏すが良いわっ! 今宵、我の一人天下を見せつけてやろうぞっ!!」

 「このっ……」


 弥生は俯いて……あ、これやばいやつだ。


 「海斗、逃げた方がいいぞ」

 「なぬ? 我の天下の邪魔をしてくるとは、小癪こしゃくな!!」

 「いや、冗談抜きで」

 「え?」


 俯く弥生の手元には、愛用の武器──ピコピコハンマーに似た何か──が。


 ……手遅れだな。


 「ややこしいことするなぁぁぁぁぁぁ!!」

 「ちょ、痛、痛いですよ弥生さん! じゃなかった、マイエンジェル弥生さんっ! ってか真面目に痛い!? 外見の何倍も硬くね!?」


 弥生による怒涛のハンマー乱打が海斗を陥落させていく。


 「自業自得だから甘んじろ」


 フォローする気もしない。

 何してんだ、こいつ。


 「い、いやぁ……そんなやられたら感じちゃうからやらぁ。あはんっ、はぁはぁ……あぁ、らめぇぇぇ、何か来ちゃうのおおおおっ」


 ※男です。


 っていうか、ハンマーで殴られて勝手に悦んでる変態、でお願いします。

 こんなのと同類にされたくないです。


 「あぁん、ほんともうっ、おかしくなるからだめだようっ、弥生さああん」

 「気持ち悪いぞ、これまでの中で一番」


 無言で殴り続ける弥生も弥生な気がしたけど。


 まあこいつに慈悲とか、いらない気がする。


 「ああっ、いやでもね、あひぃ!? 我は噂に便乗しただけで……今回があはんっ、初犯なわけで……あああっ」

 「気色悪い声のせいでわかりにくいけど、つまり噂のではないと」

 「そうそう! ああ、そこだめですぅ……弱いのですぅ……」


 って、初犯って悪いの認めてるじゃん。


 「だから正体は分からないんだよな。ああ、そこ弱いんだってばぁぁ、そこばっかり責めないでぇぇぇ」

 「よし、もう分かったから大人しく黙っててくれ。じゃないと青葉のパラシュートなしスカイダイビングに招待するぞ」

 「ちょ、ちょっとそれは流石に遠慮願いたい……」


 まあ、それは死ぬだろうしね。

 弥生もようやく収まり、少し静かになった。


 「って、ティエルどうしよう」

 「……お持ち帰りで」

 「一ヶ月くらい、アラスカでのサバイバルでもやってみる?」

 「何もありません、何も言っておりませんよ、ええ」


 すっかり、ティエルはのびてしまっている。

 限界が来て狂った挙句に意識が飛ぶとは……重症だな。

 ティエルを背中にかついで、俺たちは教室へと戻っていくのだった。


 「いやでもさ、ここまでにさせた俺の才能を認めてくれたって」

 「懲りろよ」

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