Episode104 暗さが増した放課後で
久々に毎日更新で頑張ってたり。
放課後、今日も残って勉強に励んでいた。
教室を使って、弥生に英語を教わっている。
ちなみに教室には、俺と弥生、そしてティエルの三人しかいない。
どうやら青葉は用事があるらしくいない。
確か、お世話になってる人の手伝いをしているんだったか。
本当にいい子だよなぁ……。
美紗も何かあるようでそそくさと帰ってしまっている。
海斗は不明だが気にしないでいいか。
昨日のメンバーとは全く違うからか、どこか変な感じがする。
なんとなくだが、空気も違うような。
「ほら、洵はまず基礎の単語からなってないんだから……覚えましょ」
「わ、わたくしだって英語は得意なのですわ!」
「そりゃ、ティエルは帰国子女だしなぁ」
むしろそれで下手だったら、色々と疑ってしまいそうだ。
「じゃ、単語帳開いて」
「わたくしが手本で発音して差し上げますわ」
「それは心強いかも」
……なんて思った俺が馬鹿でした。
「あ、あの……ティエルさん?」
「なんですの?」
「いや、発音がとてもいいのはわかるんだ」
「ふふん」
そこでドヤ顔で応えてくれるティエルの正直な所はいいと思う。
でも、問題はそこじゃない。
「……最後まで聞いてくれ。あまりにうますぎて、なんて言ってるかよく分からない」
「oh......」
ネイティブ、って言うんだっけか。
本場の発音なんだろうけど……さっぱりわからない。
あと、ティエルの英語、何か違わないか?
「ほら、分かるように私がやるから代わりなさい」
「む……」
「それにね、ティエル。あなた、イギリス英語でしょ?」
悔し顔のティエルに、諭すように弥生は語りかける。
「そ、そりゃあイギリスに居ましたし……」
「日本で習う英語って、基本的にアメリカ英語なのよ、だから……一部違うところもあってね」
「なるほど、だからなんだか違和感があったのか」
俺は一人で納得がいって謎の満足感を得ていた。
ちょっとおかしいと思えば、そういうわけだ。
「むむう……あ、アメリカ英語も出来なくは……」
「アメリカ英語なら、あたしの方が得意ね」
「くっ……負けましたわ……無念」
がくりと膝をついて、敗北感を醸し出す辺り、表情が豊かって言葉でいいのか……オーバーリアクションというべきなのやら。
「敗者は大人しく勉強していますわ……」
「そうしなさい。洵にはあたしが教えるから」
「わざわざ言わなくてもいいのに、意地悪ですわね」
「あ、あのー……俺、完全に置いてかれてる気がするんですが」
二人の勝負も決着が着いたのなら着いたで、早く教わりたいのだけど。
「そもそも、洵が出来てればこんなことにはならないのよ?」
「そうですわ。無知は罪なのですわよ」
「あれ、なんで俺責められてるの……?」
勝手に話が進んでると思えば次は当たられるという、実に踏んだり蹴ったりである。
まあ確かに英語苦手なのはそうだけれど。
というか、この二人の目線でものを語られても、どちらも成績優秀で上位を占めるような布陣なのだ。
別次元と言いたい。
言い訳とかキニシナイ。
「まあ、やるわよ。時間が勿体ないから」
「そ、そうだな」
「分からないことがあれば遠慮なく言いなさい。一つ一つやっていくから」
「本当に助かります」
頭が全く上がらない。
学年首席は流石です。
「さ、今日は単語を完璧にしましょ。全部バラバラでテストするから、全問正解するまで終わらないわよ」
「ちょ、全問正解って!? 百くらいは単語ありません!?」
「そうよ?」
平然と、何の悪びれもなく弥生は頷いた。
「……え、マジで言ってます?」
「ええ。何か文句でもあるかしら?」
鋭い目つきが、俺の背筋をゾクッとさせる。
有無を言わせないような気迫で言われては敵わない。
「ないです、はい」
「分かればよろしい。じゃ、十分あげるから覚えなさい」
「え、この量を十分でとか頭おかしくない!?」
ざっと、見開き二十ページくらいだろうか。
いや、無理でしょ。
「普通ならこのくらい覚えないとだめよ? それに、この範囲は一度授業でやってるじゃない」
「ご、ごもっともです……」
弥生に口で勝ったことって、あったっけ。
改めて俺弱いなぁ。
「ほら、ぼーっとする暇あるなら覚えて」
「は、はいっ!!」
まるで鬼教官。スパルタめっ!!
隣で公民に悪戦苦闘しているティエルを見かねる余裕すら与えられず、俺は単語暗記の地獄でひたすらもがく羽目に遭うのだった。
◆
時計の時針が六を刺した頃。
地獄の英単語テスト、終わるまで帰れまてんを俺は無事攻略した。
「なんか、すごく疲れた……」
「お疲れ様。最初はどうなるかと思ったけど、割とやれなくはないのね」
「あ、ありがとう……」
俺は机に突っ伏すと、魂が思わず抜けそうになる。
海斗がいたら止めようもないし、本当に助かったな。
何よりホモ疑惑なんて勘弁だし。
「お疲れ様ですわ、洵さん」
「あぁ、ティエルも公民お疲れ様」
「公民は難しいですわね……あちらの滞在期間が長くて、細々と感覚が違いましてよ」
「まあ、それは仕方ないよな」
ティエルも俺と同じように、机に突っ伏した。
……なんだろう、この差は。
ティエルが机に突っ伏しているのを見ると、なんだか机がキラキラしているような気がしてきた。
──こんな可愛い子なら大歓迎さ! もっと、頬ずりとかしてくれていいのにな!
……貴様も男か。
って、俺は誰と話しているんだ?
どうやら、疲れすぎて幻聴が聞こえるようだ。
流石に、ここまでくると気をつけないと。
「そういや、このくらいの時間になるとなんか変なのが出るらしいな」
ふと、今日の自習の時のことを思い出す。
結局ネタにされて滅茶苦茶だったけど……。
「ああ、噂は聞いておりますわ! なんでも、このくらいの時間になると校舎内に霊が出るそうで」
「そうそう。うちのクラスの園田ってのが見た見たってうるさくてさ」
「そう……いっそ捕まえてみる?」
「えっ」
「し、しょ、正気ですの?」
……ティエルさーん、顔引きつってるよー。
「ほら、話題になるくらいなんでしょ? それならいっそ突きとめてやるなんてのはどうかしら? 勉強も一段落したし、構わないわよ」
予想外の提案に、俺とティエルは顔を見合わせて、それからもう一度弥生の方を見た。
真っ直ぐ見つめ返されて、綺麗な碧の瞳に吸い込まれてしまいそうになる。
「でも、どうするんだ?」
「どうするって?」
「そりゃ、仮に見つけたとして、だよ」
「なんなら洵を犠牲にするからいいわ」
「俺が全然良くないんですけど!?」
「わ、わたくしは降りさせてほしいですわ……怖いものは、あまり得意じゃなくて」
「あ、意外……でもないか」
さっきからティエルは隣で震えが止まらなくなっている。
辺りをじろじろと見ては落ち着かない様子だった。
本当に怖いのダメなんだなぁ。
「じゃ、私と洵の二人で行く?」
「そうするか」
「──っ!?」
ティエルが、俺の右腕の袖を掴んで離そうとしない。
もはや恐怖しかないようで、喋ることすら忘れて必死にしがみついていた。
「あ、あぅ……そ、その……わたくしも……行きますわよ……」
「声が震えてるけど、大丈夫か?」
「無理はしなくていいのよ」
「む、無理ではありませんわよ。このくらい、このくらいは……」
なんて言ってるけど、顔は引きつっててどう見ても怖がってるようにしか見えない。
「でも、行くは行くわよ。ついてくるのならついてくるといいけど、責任は自分だから」
「本当に大丈夫か? なんなら玄関まで送っていっても……って外暗いか……」
女の子に夜道を一人で歩かせるというのも、不安で仕方ない。
もしものことがあったらと思うと、それだけで。
「ま、洵さん」
「ん?」
「手……繋いでてもらえます……?」
「分かったよ、それで、一緒に来るのでいいのか?」
「どうせ一人じゃ帰れる気がしませんからついていきますわよ……どこへでも」
なんかそのセリフは少し怖いと思う。
「じゃ、行こうか」
ティエルの左手を掴んで、弥生と並んで廊下を歩く。
念のため、今いた教室だけは明かりをつけっぱなしにしておいた。
弥生と俺が肩を並べて行き、その後ろで引きずられるように歩くティエルというなんだか不思議な絵になったが致し方ない。
「ほ、本当に大丈夫ですの……?」
「多分、大丈夫だよ」
「多分ってぇぇ」
辺りは外も真っ暗で、屋内だからだろうか、余計に暗さが増している。
窓から月明かりも差し込まないせいで、暗さがますます際立っていた。
消火栓のランプの明かりが不気味に光っているように見える。
そして暗い中を歩きながら、先を進んでいくような弥生はこっそりと俺の手を……ティエルよりも固く固く握っていた。
冷たくて小さい手の感触と、ティエルの少し温かい手。
不気味な雰囲気なのに、俺は両手に花だなぁなんて、暢気なことを思っているのだった。
そして後ろから聴こえる声を、聴こえていたのに、俺はまだ気付けていなかった。
さっきと同じ、幻聴だと思い込んで。




