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Episode103 心配を胸に

 「近頃弟の様子がおかしい?」

 「そうですわ。何か、思案に耽るような……考え事ばかりしてるようにぼーっとしていますの」


 お昼休み、部室で課題を片付けていた俺は、ティエルから相談を受けていた。


 「そりゃ……うーん、ほら、玲音だっけ。あいつ普通にイケメンなんだし、恋とかしててもおかしくないんじゃないか?」

 「イケメンだからってのは余計な気もしますわ……」


 そっか、何の関係もないじゃん。

 どこかイケメンに恨みみたいなものがあるんだろうなぁ。


 「で、心配なのか?」

 「ま、まあ……双子とはいえ、わたくしが姉ですもの。弟のことくらい心配はしますわ」

 「案外、優しいところあるんだな」

 「あう……」


 突然、ティエルは恥ずかしそうに俯いてしまった。


 「ティエル? 大丈夫か?」

 「だ、大丈夫ですわ。それで、なにかできることとかってないのかと思ったのですわ」

 「ふむ……」


 まだ赤みがかった顔で、真面目にティエルは応えた。

 珍しく部室には俺とティエルしかいないため、ちょっと不思議な気分もする。


 「いつも、私のわがままとかに付き合ってもらっているからこそ……わたくしからなにかしてあげたいのですわ」

 「なるほど。思い切って聞いたらどうだ?」

 「なんだかデリカシーにかける感じがしますわね……」


 呆れたようにふっと、息をつかれてしまう。

 だって分からないんだから仕方ないじゃないか。


 「んー、それしかないかもしれませんわね。きっと、聞いても言わない気がしますの」

 「じゃあ、俺から聞いたらどうかな?」

 「その方がいいかもしれませんわ! 恋の相談とかは、同性にする方が圧倒的に楽でしょうし……」


 ひらめいた、とでも言わんばかりにぱぁっとティエルの表情は明るくなった。


 「ちなみに、玲音がよく話す人って?」

 「よくつきまとってる女子が数人、その他諸々ですわ」

 「何それ全然絞れそうにないな……」


 俺みたいに、あまりたくさんの人と話さない人なら楽なのになぁ。

 いっそ園田に任せ……いや、あいつに任せるのは流石にやめよう。

 なんとなく嫌な気がする。


 「申し訳ないですわ。でも、よろしくお願い致しますの」


 ティエルは頭を下げて、俺にそう言った。

 なんだか見慣れない光景に、違和感を感じる。


 「分かったけど……ティエルが頭下げるのなんて珍しいな」

 「え、珍しい……?」

 「なんとなく、性格的に、かな」

 「わたくしだって、ちゃんとしますわよっ!!」

 「あだだだっ、怒るなって」


 軽い怒りを買ってしまったのか、頭をバンバン叩かれてしまった。

 地味に力が強いのか、想像以上に痛くて困る。


 ティエルのお怒りに触れながら、俺はどうやって聞き出そうかと考えているのだった。


 「徐々に痛くなってるからやめて!?」

 「わたくしは悪くないですわよ!」

 「だから、いてっ。余計に力入れなくたっていいだろ?」

 「後悔するがいいですわっ!!」


 さらにエスカレートして……ろくに考えることも出来ないまま、お昼は過ぎ去っていくのだった。




 「ねえ、聞いた?」

 「えー、なになに?」

 「なんかこのごろ、この学校に夜な夜な廊下を歩く霊が出てくるらしいよ」

 「え、何それ怖いよー」

 「そんなの大体迷信とかでしょ」

 「いやね、僕は実際に見たんだけど……ね」


 自習時間にしても、何故こうも女子たちはうるさいのやら。

 きっと元々うるさいのだろうが、その輪の中心にいるイケメンが余計に火をつけているに違いない。


 「え、園田くん見たの? どんな感じ?」

 「んー……分からないけど、昨日、課題を取りに来たら帰りに視線を感じてね。それからどんどん足音だけが近付いてきて……思わずびっくりしちゃって。無我夢中で走ってきたよ」


 雄弁に語る園田の言葉に耳を傾けてみた。

 どうせ適当な作り話とかじゃないのかなぁ。


 「行く前に小波さんとかにあったんだけどね……ついてきてって言ったら断られて、その後にあったんだよね。戻る頃にはいなかったし」

 「えー、ついて行ってあげればよかったのに」

 「友達なら普通ついていくよねー」

 「何で俺巻き込まれてるんだ!?」


 突然話題にされて、もはや晒し首である。

 おまけにいい話でもない。


 「薄情者ー」

 「急ぎの用があったんだよ……そんな責めないでくれえええ」


 散々な言われようで、少し泣きたくなってしまう。

 俺悪いことしてないよ!

 魔の手(海斗)から二人を守るためにですね!


 「そうだよな、薄情者。俺のことなんて追いかけなくたっていいのによ」

 「お前が元凶だろ!?」


 何故そこで海斗まで責める側につくのか。

 あ、私怨か。


 「え、もしかして小波くんってホモ?」

 「しかも相手が相手だよねぇ……ごめん、ちょっと引いた」

 「園田くんも気をつけてね?」

 「勝手にホモ扱いしないで!! 海斗が危なかったから止めるために追いかけただけだから!」


 こんなので変な噂が広がったりでもしたら、今後どう生きていいのか分からなくなりそうだ。


 神崎弥生の彼氏という立場から一変、ホモという扱いにでもされたら笑っていられようもない。

 っていうか不登校になりそう。


 「私は嫌いじゃないけどね、同性愛も」

 「あんまりフォローになってないと思う」


 本をひたすら読んでいた女子がぼそっと呟いた。

 趣向に関しては別にいいと思うけど、フォローにはあまりならないと思うんだよね。


 「まあまあ、皆そのあたりでやめてあげよう? あらぬ疑いをかけられるのは嫌でしょ?」

 「そうだね。ごめんね、小波くん」

 「はーい、ごめんなさい」

 「園田。うまくまとめたつもりかもしれないけど、お前から始まったってことは忘れないでくれ」


 原因は園田なのに、なんで園田がいい所を持っていくんだか。

 許さないからな。


 「でも、もしかしたらホモなのかもしれないし」

 「そうだよ、こいつはホモだよ」

 「海斗は黙ってくたばってくれ」

 「なにおう、我はまだまだ死なぬよ。そもそも死ぬならヤンデレ美少女に刺されて死ぬくらいじゃないと、死ぬに死にきれないな」

 「そうか、もういいから黙ってくれ」

 「黙らせます?」


 腕まくりをして、やる気満々の青葉までも会話に入ってきた。


 「青葉ちゃんにボコられるのなら本望ですとも。我々の業界では御褒美──ぐほうっ!?」


 最後までいう前に、青葉の遠慮ない下敷きによる一撃が、海斗の頭にクリーンヒットしたようだ。


 「か、角でやる辺り、本気だね……よろしい、いくらでも来なさい!! 全部受け止めてやんよ!」


 それから数分後、海斗は床に寝そべって潰れていた。

 何があったかは言わなくてもわかると思う。

 海斗はすごい満足した顔をしているのが実に気色悪かった。

 もちろん、これでまた女子たちに引かれていることを彼は知らない。


 「さ、自習に戻りましょうか。あ、昨日の続きやります?」

 「お、それは助かるな。お願いします」

 「私にお任せあれっ」


 意気揚々と、青葉と勉強を始める。


 「まあ、そんな感じだから、皆も気をつけた方がいいかな。何があるか分からないし」

 「正直、あの人が何故学年トップクラスに勉強できるかってことの方が不思議だよね」

 「確かに……」


 激しく同意だよ、こいつこんなのでもめちゃくちゃ出来るんだからな。

 その部分だけください、ほかの部分はお返しします。


 「さて、課題やらないとだよ。みんな、頑張ってね。僕もそろそろ真面目にやるから」

 「分からないところあったら聞いてね、弘樹くん」

 「あはは、ありがとうね。その時になったらよろしく」

 「うんっ」

 「抜け駆けっぽい、許さないんだから」

 「第一、私の方が勉強できるのに」


 恐るべき女子の競争。

 イケメンともなると競争率が高いんだろうな。


 それに性格も基本的にいいし。


 「一緒にアニメ見てくれる子とか、個人的には歓迎かな」

 「今度見よっ、ねっ?」

 「私が見るもん」

 「いっそみんなで見ようよ」


 一言でこうも周りが動くとは、流石園田。


 いや、自分もそういう所あるのかもなぁ。


 「ほら、ここは二次関数のこの公式を使ってやるんですよ」

 「あ、そっか。これで求めればいいのか」


 順調に課題は進んでいき、今回もどうにかなりそうだ。

 ……あとは英語だけ、か。


 「……はっ!! いつの間にか我は絶頂を迎えていたのか!? あぁ、思い出すだけでご飯がいけそうだな……」


 ……こいつ気持ち悪いので誰か処分しておいてください。

 ある意味天才にも感じる。

 天才には変人が多い、なんてのは割と当たっているのかもしれない。


 「いいから座れ、な?」

 「ご飯をください」

 「わけわからないから!?」


 何故か釈然としない様子の海斗は、渋々自習に戻るのだった。


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