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Episode102 近付く冬

 「……おかしいなぁ」

 「どうしたの?」

 「ああ、いや……大丈夫だよ」

 「そうですの? 相談とかあれば言いなさいね?」

 「あはは。問題ないから」

 「そうでしたの。分かりましたわ。じゃあ、おやすみですわ」

 「うん。おやすみ、姉さん」


 姉が行くのを見届け、窓から外を見た。

 夜空に月は見えないが、綺麗に晴れている。


 「こんな胸騒ぎがするものなんだなぁ……これは確かに姉さんが悩んだりするのもわかるかも。僕の場合は、まず誰かも分からないから論外なのかもだけど……」


 そっと、独り言を吐きながら窓を開けた。

 開いた窓から、すうっと一筋の風が部屋を通り抜けていく。

 それと同時に、少しこもっていた空気が逃げて、新鮮な空気が入ってくる。


 「姉さんだって諦めてないんだから……僕も頑張るべきだよね。そろそろ、真面目に探そうかな」


 窓を閉めて、一人の青年はベッドに入る。

 布団は温かくて、気付いた頃には眠りに落ちているのだった。


 ◆


 月日が経ち11月。

 二学期も、気付けば終わりが近付いていた。


 すっかり日が沈むのも早くなり、秋の気配も少しずつ消えている気がする。

 風が強い日が多く、外にいればすっかり冷えてしまいそうなものだ。


 今回の中間テストは弥生たちの協力もあって、だいぶ上の方に上がることが出来た。


 個人的に言うと、内心ほっとしていたりする。


 だがしかし。


「はい、皆さん。もうじき期末の試験が始まりますからね。もちろん、期末と中間の両方が成績に入りますからね。今のうちに頑張っておいて損はないと思います。各自、出来る限りを尽くして頑張ってくださいね」


 なんてことを、終礼で言われてしまう頃にさしかかっていた。


 そう、もうすぐ期末のテストがやってくるのだ。

 なんか妙に早く感じる気がするのだが、きっと気のせいだろう。


「また慌てる姿が見れるかと思うとメシウマだな、はっはっはっ」

「殴っていいか?」


 席替えをしたにも関わらず、すぐ隣に奴はいた。

 ひとまず黙れ。


「まあまあ、出来る限りはサポートしますから。頑張りましょう、洵さんっ!」


 唯一の救いは、青葉が後ろの席に居るということだろうか。


 ちなみに席替えの時に、青葉は声高に『洵さんの近くになりますからね!』なんて言っていたのだけど……本当になって驚いている。


「青葉、ありがとうな。こんなのとは全く違って優しくて癒されるよ……」


 毒に毒を塗り重ねた矛をこれでもかと刺してくる海斗。

 たまに怖いけど優しく接してくれる青葉。


 十中八九、青葉がいいに決まっているわけで。


「えへへ」


 あと、かわいい。

 青葉は恥ずかしそうに、頭をわずかに揺らしながら微笑んでいた。


 とても眩しいよ。

 ……銀髪が光に反射して。


「こんなのって言い方は酷いよな。おまけに青葉ちゃんは否定もなしか……」


 がっくりと項垂れた海斗は、何やら呪詛を呟き始めている。


「放置でいいよな」

「はい。いいと思います」

「君たち酷くないか!?」

「素行が悪いからだな。簡単に言うならざまぁみろ」


 横から、少しハスキーな声が割り込んでくる。

 髪、瞳など……赤がとにかく特徴的な、美紗だ。


「だよなぁ。流石に周りの迷惑とかをもう少し」

「まあ自業自得ってやつですから」

「これ以上フルボッコにしないでくれる!? もう俺のライフが限界なんだけど!!」

「うるさいな。だから言われるんだ、少しは気付け」

「うっ……もうやめて! 海斗のライフはもうゼロよ!」

「ゼロじゃなくてマイナスにしていいか?」

「それだけはやめてくださいお願いします」


 美紗と海斗の口論──で、合ってるのかはわからない──は海斗の土下座で締めくくられた。


「よし。今日はそのままで」

「酷くないですか!?」


 思わず、海斗は顔を上げた。

 しかしそれすら許されないようで、上げた頭を美紗は床に押し付けている。


「そのままって言ったろうに」

「はいいい! あ、でもこれもいいかもなぁ……」


 ぐりぐりと押し付けられた海斗は、どこか恍惚としていて不気味だった。


「うわ……」

「流石に無理、こんな奴だとは……知ってたけど」

「だから酷──くがががががっ!?」


 海斗が喋ろうとすると、美紗による武力制裁──やりすぎてる感もするがいいとする──が下る。


 放課後の教室の光景にしては異様だが、そもそも海斗自体がおかしいので諦めよう。


「さて、洵さん今のうちに」

「ちょっとだけ哀れにも見えるけどまぁいっか」

「ぐ……しかし、美少女に哀れんでもらえるのなら最高ですっ!」


 どこから出てくるのか分からないが、気力を振り絞って海斗は高らかにそう言った。


「だから黙れ」

「あひぃ!?」


 美紗の一撃で海斗はあえなく撃沈。


「美紗、助かるよ」

「なに……このくらいは容易いさ」


 外を見つめながら、美紗はほんのり頬を染めていた。

 なんとも言えない可愛らしさみたいなものを感じるのだけど……言ったら怖いのでやめておこう。


 前に一度、似たようなことがあった。

 その時はつい、言ってしまったのだ。

 その結果、その日はそれから口を聞いてくれないという結末を迎えてしまったのだった。


「洵さんっ!」

「うおっ!?」

「美紗さんに見惚れてないでやらないと」

「あ、ああそうだな……って見惚れてはないからな」

「ふーん」


 一切信じてないと思われるジト目で返されてしまった。

 ただちょっと前のこと思い出してただけじゃんか。


「せっかく人数が少ないから、青葉が得意な所を先に教えて欲しいって言ったのは誰ですか……まったく」


 やれやれ、と言った表情を見せる青葉。


 今日は弥生、付属品とも言える須田、ティエルなどがみんな私用でいないのだ。

 その分、いつもより静かなのもあり、青葉に教わろうと思ったのだった。


 「その結果がこれですよ」

 「ほんとな……海斗が騒ぐから」


 海斗にはとりあえず責任転嫁を。

 でもその海斗は今、何も言えない状況になっているから問題ない。

 ついでにざまぁみろ。


 「気を取り直して、やりましょうか」

 「そうだな。青葉、よろしく」

 「お任せ下さい!」


 胸をドン、と拳で突いて自信に満ち溢れた様子はやる気のようだ。


 「さ、頑張るか。どうにか一学期分を取り返さないと」


 俺と青葉はそれから二時間ほど、勉強に励むのだった。

 時々聞こえる海斗の悲鳴をBGMにして。




 勉強を終えた俺たちは、今から帰途につこうとしているところだった。


 「痛い、コレ痛い! あれ、でも悪くない? くふっ、くふふふふ」


 などと不気味な笑みを浮かべているのは、言わずもがな海斗である。


 目隠しをされて、さらには荷物置きにされているというのに、何でこんな嬉しそうなのやら。


 ちなみに荷物を先程から置いては持ってを繰り返しているのは美紗だ。

 無表情でただただ繰り返していたりする。

 その度に気持ち悪い笑みが聞こえてくるのだけど。

 まあ海斗はスルーでいいよね。


 「さ、そろそろ帰ろっか」

 「そうですね。それにしても、すっかり冷え込んできましたね」

 「確かにな」


 時刻は六時を過ぎた頃だろうか。

 もうすっかり日は沈んでいて、辺りは暗くなっている。

 空気も冷たくなっていて、若干肌寒く感じられた。


 と、突然前から誰かが走ってくるのが見えた。

 暗いため誰かまではわからない。


 「って……園田じゃないか。どうしたんだ?」

 「お、こんな時間まで残ってたのかな。お疲れ様。いや、勉強道具を忘れちゃってさ……明日でいいかなって思ってたんだけどね」


 園田は流れるように、身振り手振りで話を続けていく。


 「友達の女の子がさ、一緒にやろうって。わざわざ通話してやる意味は無いと思うんだよね……」

 「ギルティ、有罪だっ! そんな、あはんっ……リア充リア充してるのなんて許せ……あふん……許せるわけがなかろう!」


 キィィィィヤァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!


 「喋るな」

 「はいっ!!」


 そんな荷物置きも、美紗の一言で静まるのだった。

 というか延々と黙ってていいぞ。

 むしろそのままの方が社会貢献……は無理か。


 「それで、取りに来たと」

 「そうそう。せっかくだし、ついてきてくれないかな?」

 「断る」

 「ええ、そんなぁ……じゃあ青葉ちゃんか美紗ちゃんのどちらかを」

 「嫌です」

 「どうせすぐ終わることだろう。ほら、行くなら行ったらどうだ?」

 「予想以上に辛辣だね……じゃあ一人で行ってくるよ……」


 とぼとぼと園田は校舎の中に消えていった。

 

 「さ、気を取り直して帰ろうか」

 「そうだな」

 「じゃあ、洵さんまた明日」

 「私もついていくとするよ。それじゃあな」

 「おう、気をつけてなー」


 二人は並んで歩いていく。

 少し寂しい気がするが、方向が少し違うから仕方ないだろう。


 「ほ、放置プレイってのもいいと思いますがそろそろ放してくれませんかね」

 「海斗、いっそそのまま一日過ごしてみるか?」

 「明日の新聞の一面を飾っちまうじゃないか。有名人になるつもりはないのでね。それに俺は真っ当にしているさ」


 目隠しをされて縛り付けられてる人が言っても、なんの説得力もないのだが。


 「まあ外してやるから動くな」

 「恩に着る。今度新作おすすめのギャルゲをお前に勧めてやろう」

 「いらないから」

 「ちっ。お前もリア充だったな。リア充は許せぬ!! 非リア充の会の会長たる我だけではないか! なぜ園田もお前もこうなったんだぁぁぁぁぁ!!」

 「いいから動くなって!」


 海斗がじたばたしているせいで、手元が狂って仕方がない。

 どうにかしてほどいてやると、海斗はしゅたっと立ち上がった。


 「ふう。助かったぜ。じゃあ今からさっきの二人追いかけてくる」

 「ちょ、海斗! 逃げるなっ!」

 「逃げてなどいない。私は向かっているのだよ、女神の元へと」


 おそらくたどり着く前に捕まるぞ。


 「ああもうっ! 海斗待てええええっ!」


 暗いため、早くしないと見失ってしまいそうだ。

 俺は暴走する海斗を追いかける羽目に遭うのだった。

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