Episode101 文化祭をゆく
「さて、皆頑張ろー!」
なんて声高に言っているイケメン野郎は園田だ。
大変身を遂げて女子から脅威的な人気を誇るうちのホーム長である。
然る後くたばれ。
今日は文化祭。
とはいえ、頑張るも何も休憩所なるほぼすることもない出しものだ。
というか出しものと言ってはいけないと思う。
お化け屋敷とかやってるようなクラスに本当に申し訳ない。
「さて、特にすることないし適当に変なことする人いないか見張るだけでいいからねー。じゃ、事前に決めた時間の通りによろしくお願いします」
などと言い残したかと思えば女の子と何処かに言ってしまうホーム長である。
「リア充許すまじ」
まあ、海斗みたいなやつからすれば、園田は間違いなく憎悪の対象である。
俺はなんとも言えないので苦笑いしかできなかったりするのだけど。
「さて、今の時間は私たちすることないのでどこか行きましょっか」
「そ、そうだな」
そして俺、小波洵はこの頃実に大変な事態に見舞われている。
「洵、来たわよ」
「洵さん、来ましたわっ!」
「まこ、と……ほら、来たんだからもてなしてくれ」
目を見張るような美少女が三人。
まず、金髪ツインテールをお淑やかに揺らす彼女は学校でも知らない人がいないほど有名なクールビューティー、弥生。
次に現れた子は、アイドル顔負けのルックスにお嬢様然とした雰囲気を持つティエル。
そして赤髪の長いポニーテールに眼帯という特徴的な見た目をもつこれまた可愛い子は美紗。
傍から見ればなんて美しい画なんだろうなって、いつも思います。
「……はぁ」
しかしこの先のことを考えると、俺の口からはため息しか出ない。
「さて、今日こそ選んでもらうわよ」
「そうですわ。はっきりしてください」
「まあ、私はどちらでも構わないが……せっかくだからな」
「とりあえず皆さん落ち着きましょう。洵さんの隣は私ですから」
……近頃こんな調子だったりするのだ。
ちなみに、青葉は本当に俺の隣に居たりする。
あ、どうでもいいか。
「青葉さん、クラス同じだからってそれは許せませんわよ」
「そうね。平等とは言えないわね」
「まあ、それはそうだな……」
「あの、勝手に話進めないでください」
キッと四人に睨まれて、俺は黙るしかなくなってしまう。
迫力がおかしいですって。
しかもそのままなんか話し合い始めるし。
完全に蚊帳の外なんですけど。
「洵。お前絶交な」
「そのついでに誰か一人貰ってくれると助かるんだが」
「じゃあモテさせてくれ」
「ごめんそれは無理」
そもそも、お前は内面的な問題も多いだろうに……。
いや別にオタクだから悪いとかじゃないんだけど、色々と。
「何で園田の野郎はオタクなのに、ああもモテるんだよ……」
「さ、さあなぁ……」
「つーかお前も同じな。可愛い子ばかりかっさらいやがって、絶対に許さない」
「むしろ困ってるんだけど助けて」
「だが断る!」
海斗に見捨てられて、とうとう俺は一人になってしまう。
さらに、何人か店番──店番と言うのもどこかおかしいけど──がいるはずなのにいつの間にか消えているし。
「どうしたらいいんだ……」
正直、どうしていいのか分からないのだ。
仮に誰か一人を選べば他の三人は悲しむだろうから、中途半端な気持ちで接するわけにはいかない。
「洵さん。大丈夫ですよ。休戦協定を結びましたから」
「休戦協定ってもはや何!?」
「その代わり、洵。今日の文化祭、あたしたちの中から誰か一人と回ってもらうわ」
「あの、拒否権とかって……」
「ないな。なに、諦めも肝心さ」
本音を言うと知ってた。
どうせそんなことだろうと思ってたよ。
「さ、そうと決まればさっさとやりますわよ」
「そうね。時間がもったいないわ」
ティエルの掛け声で、じゃんけんによる真剣勝負が始まるのだった。
それで勝ち残った一人と回ることになるんだろうなぁ。
……って、店番いないじゃん。
「洵」
「は、はい……」
「近頃ずっとそんな感じじゃない。どうしたのよ」
「ごめんなさい……」
俺は弥生と二人並んで座っていた。
やけに長い校門から玄関への間は、文化祭で有効利用されているようだ。
確かにこれなら模擬店などを並べるのには苦労しない。
「洵、食べたいのあればなんでも買ってあげるわ」
「……とりあえずさっきから喉乾いてるから飲み物欲しいかな」
「じゃ、あそこのタピオカジュースでも買いましょ」
「そうだな」
学生達がひしめき合う中を、俺は弥生と手を繋いで歩く。
これは弥生の要望で、まあ俺からして断れるわけもなく。
今思えば、勝ち残ったのが弥生で良かったかもしれない。
仮ではあるけど、学校中に知れ渡っているカップルという感覚だからこそ、あまり気にならないのだ。
……ごめんなさい、手を繋いでるのもあってかなり気になってます。
そしてみんなの視線が痛い。
「久々に二人ね」
そう、弥生がぽつりと呟いた。
喧騒にかき消されそうな声をどうにか拾う。
「確かにな……」
最近は常に青葉たちがいたから、二人きりというのは久しぶりだ。
少し気恥ずかしいかもしれない。
「ねえ、洵……あの時、結局……したの?」
「その前に頬にはされたけど……口にはされてないかな」
俺が答えると、弥生は少し嬉しそうな顔をした。
「まあ、今は楽しみましょ。後でまた話すわ」
「おう、分かったよ」
それからタピオカジュースを飲んで、射的やお化け屋敷、中には一風変わったものを楽しんだり、美味しいものに舌鼓を打ちながら文化祭の時間を過ごしたのだった。
そして、俺たちはそっと部室棟まで来ていた。
だいぶ馴染んできたJRCの部屋に入る。
熱気がこもった外の空気と比べると、とても透き通るようだった。
いつも通り、パイプ椅子に腰掛けて一息つく。
「ふう。楽しんだわね」
「いやまさか大体回ることになるとは思ってなかったけどな」
弥生があれもこれもと回りたがったのに付き合った結果、校内を走り回ったのだった。
「楽しかったからいいでしょ」
「まあ、そうだけどさ……」
「あ、洵。キスして、どんな気分だった?」
「えっ」
突然の質問に、俺は驚いて言葉が詰まってしまう。
少し、落ち着きを取り戻して思い出すと、顔が火照る感覚がした。
「なんだろ……なんて言えばいいのかな。正直言うと……あんまり分からないかも」
「……じゃあ、もう一回して思い出させてあげるわ」
「それって、んん──!?」
弥生の唇が突然重なってくる。
前にしたようなほんの一瞬だけのとは違う、少し長いキスだった。
「ん。はぁ……どう?」
「えっと、その……その……」
頭がぼーっとして、上手く頭が働かない。
言いたいことはあるのに、言葉が出てこなかった。
「何? まだ足りないのなら特別にしてあげてもいいけど?」
「も、もういいからっ!」
「ふふ。こんなにドキドキするものなのね……知らなかったわ」
紅潮した頬の弥生は、微かに笑っていた。
やっぱり恥ずかしいのか、顔を逸らしている辺りが可愛らしい。
「なんだろ……なんて言えばいいのかは分からないんだけど……すごい、ドキドキする」
「それだけ? 期待した割には何もないのね」
少しがっかりするような反応をされてしまう。
なんて言えばいいのか分からないんだから仕方ないじゃないかっ!
「う……だって経験がないんだから仕方ないじゃないか」
「知ってるわよ。知ってて聞いたのだから。さて、そろそろ戻りましょ。まだ少し時間はあるけど……お互い当番もあるでしょ」
弥生に言われて時計を見ると、確かにそんな時間だった。
さっきまでは代わりに入ってもらっていたから、今度は自分が行く番だろう。
って言ってもすることないんだけど。
休憩所だし。
「じゃ、行くか」
今度は、自分から手を出して。
弥生はそっと俺の手を取った。
「少しは学んだようね。エスコートくらいは覚えるべきよ」
「それはまあ……頑張ります……」
軽い叱咤を受けた俺と弥生は手を繋いで、部室棟から離れていく。
それから、他愛もない話をしながら教室に戻り、弥生と別れた。
そんな矢先、受難が訪れることになるとは思ってもいないのだった。
「あ、交代してくれるんだよね」
「そうそう。代わりに入ってもらってごめんね、ありがとう」
「いいよいいよ、じゃ後はよろしくねー」
「お疲れ様ー」
代わりに入ってくれていたクラスメートにお礼を告げて入ろうとすると、教室内から異様な気配が滲み出ていた。
青葉、ティエル、美紗の三人が何やらすごい真剣な表情をしていた。
張り詰めた空気がゆるい教室の雰囲気とは相反していて、近寄り難くすら感じられる。
「……少しまずいな」
「むむむ……まだやれますわ」
「……ふっふっふ、ドローフォーです!」
「はう!? し、指定は……?」
「赤で」
「……無いですわ。むむむ」
……大したことでもなかった、うん。
三人で仲良くウノやってた。
「ふふふ、そう簡単にはあがらせませんよ」
「じゃあ私がウノだな」
「こうなればスキップをっ!」
「なん……だと……」
「仲良さそうで何より」
俺がそう言うと、三人は即座にこちらを振り向いた。
「あ、おかえりなさい! 洵さんもどうですか?」
「ちょっと待て、途中じゃないか」
「最初からやればいいんですわっ」
「なんか楽しそうだし俺もやろうかな」
正直、ウノやったの一回しかなくてうろ覚えなんだけどね。
「えー……私の勝ちだと思ったのになぁ」
「せっかくだから罰ゲームありでやりましょっか」
「いいですわね! 負けた人が何か奢るっていうルールでやりましょうっ!」
「え、ちょっと待って俺久々でやり方すら曖昧で……」
「勝てばいいんだよ、勝てば、な」
ごもっともです。
ぐうの音も出ません。
「まあ、お手柔らかに……お願いします」
「ふふふ……」
「なんか怖い!?」
結局、俺は最後まで残ることになり、後日デザートをご馳走することになるのだった。
そんなこんなで時間はすぎて、九月もそろそろ終わりに向かっていた。
これから、答えを出すために俺は真面目に彼女たちに向かわなくてはいけない。
まだまだ時間がかかりそうだと、俺は誰にも気づかれないように、そっと一つ大きなため息をつくのだった。




