涙雨が雪に変わる時
春の晴れた空に届いた知らせ。
全て嘘であってほしかった。
あの人は
いつだって残酷で優しかったから。
だから今回だって
残酷だけど優しい嘘であってほしかった。
落ち着いて聞いてほしいの、と友人のリアは話して言い始めた。
「ディシュレイ様が亡くなられたの。」
瞳に涙を浮かべながら、まるで本当のように私に言ったの。
今日はエイプリルフールではなかったはずなのに可笑しいことを言っているわ。
「まあ、可笑しなことを言うのね?」
全然笑えないし、ユーモアが足りないわ。
あの人はたとえ嘘であっても、自分が死んだなんて言われたことを知ったら本当に怒るのよ?
「アリス!!!!……本当…なのよ。嘘なんかじゃないの。」
リアの浮かべていた涙が落ちてしまったわ。
ディシュレイの率いていた部隊の隊員を庇って魔法に弾き飛ばされてしまったのだと、リアは嗚咽を零しながら私に必死に伝えてくれた。
泣かないで。
あなたに涙は似合わないわ。
「ディーってば、逝ってしまったのね。」
私を一人残して逝ってしまった。
寂しくなるわ。
きっとあなたはそんな私を嫌だというのでしょうけれど。
「いろいろと準備しなきゃならないわ。」
「……なん…で……なんで!?そんなことしてる場合じゃないでしょ!!」
そう…そうね。
そのとおりだわ。
だけど、なぜかしら?
全然悲しくないの。
「あなたって人は……本当に……」
どうしたのかしら?
突然抱きしめられてしまったわ。
「……馬鹿…なん…だから!!」
リアってば、私よりも泣いてるじゃない。
リアは泣き続けたわ。
体中の水分が無くなってしまうんじゃないかってくらいに泣いたの。
私は泣けなくて。
ぼんやりとリアが泣いていたのを慰めていたわ。
あの人が亡くなったという知らせを受けてから何日がたったのかしら?
私はそんなことも分からなくなるぐらい忙しかったの。
ご近所の人たちから慰めの言葉を貰うこともあったわ。
ディーが庇った隊員の方がわざわざ謝りに来たりもしたわね。
その時、自分の命で償います、なんてことを言ってきたから張り倒してやったの。
せっかくディーが助けた命ですもの、大切にしないとあの人はきっと怒るに決まっているわ。
たくさんの人が私のもとにやってきてくれた。
けれど、みんなどうして私のところに来るのかしらね?
疑問だわ。
ディーはいつも私のことを嫌っていたのに、みんなは知らないのかしら?
ディーの悲しい知らせが届いてから時は経って、もう秋になったわ。
秋になってたくさん美味しいものが売られるようになったの。
お花は少なくなってしまったけれど、お菓子やお料理は絶品よ。
いつもは、真っ先にディーのもとへ持って行ったお菓子。
この頃は、一人で食べているの。
あなたはいつだって、冷たく見て素っ気ない言葉しか返してくれないけれど、そんな事もなくなってしまうと寂しくなっちゃうわ。
最初の頃は、あなたの居ない、あなたの部屋に持って行っていたの。
けれど、みんながそれを見ると泣いちゃうから、やめちゃったの。
例の隊員さんがね、あなたの部屋に入る私を見るたびに悲しそうな顔をするのよ。
もう大丈夫、って言っているのにね。
けどね。あなたの部屋に行くたびに分かったこともあったのよ?
あなたがどれだけ、皆に愛されていたのか分かったわ。
あなたの部屋ってば毎日誰かが掃除してくれてるのよ?
毎日、お掃除をしてお花も飾ってあるの。
あなたが愛されているって私は知ったの。
もちろん一番あなたを愛しているのは私よ?
誰にも負けないわ。
あなたが愛されているって知って、すごく嬉しかった。
誇らしくて、私のディーはすごいのよ、って言って自慢したかったわ。
そういえば、あなたからの手紙が届いたの。
あなたはきっと恥ずかしがって認めなかっただろうけど、ちゃんと届いたわ。
プレゼントも届いたのよ?
だから安心してちょうだい。
あなたからの手紙は本当に嬉しくて、思わず涙が出ちゃったわ。
もっと早くに届いてほしかったの。
せめて、あなたがいなくなる、その前に伝えてほしかったの。
そうすれば、私も答えをあなたに伝えることができたから。
******
君は今日も変わらず元気なのだろうね。
僕も変わらず元気だよ。
今回は突然の手紙に驚いただろう?
僕も書く気はなかったんだけど、周りの奴が書けって煩くて書いたんだ。
書き終わるまで寝させねぇ、とか言ってくるからね。
本当に困った奴らだよ。
特に言いたいことはないんだけど、君なら何かあるかな?
君だったら、お菓子の話や花の話をするかな。
僕にいつも話してくれるだろう?
僕は全く興味がないんだけど、君にとっては面白いものなのだと、僕でも分かるよ。
君はいつだってキラキラした瞳で話してくれるからね。
そういえば、君に良いお知らせだよ。
今度のパーティーのエスコートを引き受けてあげるよ。
君が何度も何度も言ってくるから、今回は僕が妥協してあげる。
ドレスや装飾品も全部オーダーしといてあげたから、感謝してね。
手紙と一緒に届くように頼んでおいたから、見ておいて。
僕が君のために選んだんだから、きちんと着てくること。分かったね?
それとパーティーで君に伝えたいことがあるんだ。
聞いてくれる?
君のことだから、聞いてくれるよね?
僕のためにも精一杯着飾ってきてね。
楽しみにしてるよ。
******
「本当に残酷な人ね。」
こんな手紙をくれたのに私のもとへ帰ってきてくれないなんて。
だって、次のパーティーはあなたの婚約発表のパーティーのはずでしょう?
私は誰と行けばいいの?
隣にいてくれるはずの、あなたがいないのに。
それにね。
私、見つけちゃったのよ?
あなたが選んでくれた装飾品の中にお揃いの指輪があったこと。
ドレスだってあなたの瞳の色だったわ。
「本当に残酷で優しい人。」
頬を涙が伝っても拭うことなんてできない。
あなたが拭ってくれなきゃ嫌なのよ?
本当は寂しいの、お話するのは得意じゃないの。
人見知りだってするの。我儘だって言うの。
本当の私はもっと嫉妬深いの。
あなたが私の笑顔が好きだって言ってくれたから、頑張っていたの。
いつだって
いつだって
あなたが私の世界の中心にいてくれたから
私のことを見ていてくれたから
あなたはいつだって残酷で優しい嘘をついていたわ。
私に愛しているとは言ってくれなかった。
私のことを嫌いだって言っていたじゃない。
私とは違う素敵で可愛らしい人と婚約するって言っていたじゃない。
私は聞いてたのよ?
愛らしい可愛い人だと
最高の女性だと
運命の人なのだと
愛おしい人なんだって言っていたことを
ちゃんと聞いていたの。
あなたと婚約者の方の幸せを願えるように諦めようとしたの。
せめて仮初であったとしても
その時だけであっても祝福できるように
あなたへの恋心を消し去ろうとしたのよ?
あなたは残酷な人だったわ。
そして誰よりも優しい人だった。
私は悲劇の主人公なんかじゃないの。
この恋は悲劇なんかじゃないわ。
たとえ私の周りの人達が私たちのことを可哀想だと涙しても
私たちの恋は可哀想なんかじゃない。
あなたは精一杯の愛を私に与えてくれた。
あなたが好きよ。
私が行くまで待っていてね。
神様の庭で結婚式を挙げるの。
あなたと私の結婚式よ。
あなたの贈ってくれたドレスを着るの。
あなたのくれた指輪は持っていくわ、だから、あなたが付けて?
あなたの指輪ももちろん持って行くの、私があなたに付けてあげるのよ。
春の晴れた空に届いた知らせ。
全て嘘であってほしかった。
あの人は
いつだって残酷で優しかったから。
だから今回だって
残酷だけど優しい嘘であってほしかった。
そう願っていたの。
だけどね?
やっぱり嘘なんかじゃなかったの。
あの人は私のもとには帰ってきてくれなかった。
だから、私が迎えに行くの。
あの人に、いつか会いに行くの。
春の晴れた空に届いた知らせは残酷なものだった。
秋の鮮やかな日に届いた手紙は優しいものだった。
そして
二十年後の冬
雪降る静かな日に、私はあの人を迎えに行く。
アリスティア・レイン
本作のヒロイン。とある国でお菓子屋を開いていた。ディシュレイのことを誰よりも、何よりも愛している。ディシュレイのことを死ぬまでずっと愛していた。生涯、独身を貫いて亡くなる。
ディシュレイ・エルバート
とある国の騎士団の部隊長をしていた。ずっとアリスのことが好きだったが、素直になれないまま、この世を去った。部隊の飲み会などでは、酔って惚気ることがしばしばあった。
リリシア・アルケスト
アリスの親友。アリスのお菓子屋の近くで魔道具店の売り子をしていた。ディシュレイの死を聞いたアリスの心が、あまりの悲しみで止まってしまったことに誰よりも早く気づいた。
庇われた隊員
敵国の魔法攻撃を回避できず諦めかけていた時にディーに庇われて生き残った。アリスのもとに償いに行った時には頬を殴られた。その時にディーの指輪を渡した。
「あの、アリス様。これを。」
そう言って例の隊員さんに渡されたのは、少し傷のついた指輪だった。
「隊長が最期の時に、これを、あなたに渡すように言われました。」
何かしらね?見覚えのない指輪だわ。
私のものにしては、大きいサイズだし、ディーのものかしら?
「よくわからないけれど、貰っていきますね。」
ありがとう、と言ってその場を後にした。
この指輪の意味を知ったのは、プレゼントが届いた日。
私に送られた婚約指輪と同じデザインの指輪。