追随者の正体
「この世界から、戦争をなくすにはさぁ」
カシャンと音を立て、乱暴にフェンスを掴んだ男が突然話し出す。
僕は膝の上の文章から目を離し、隣を見上げる。
「宇宙からの侵略者が必要だと思うわけ」
ドヤ顔で僕を見下ろす男に、ため息だけ返して、再び膝の上の文章に目を落とす。
どこまで辿ったか、最後に読んだ文章を思い出すべく、瞬間記憶を探る。
「んだよ、無視すんなよ」
探し出した最後の文章に目を走らせながら、僕は答える。
「してないだろ」
僕の言葉が気に入らなかったらしい男は「しただろー」と騒がしくフェンスを揺らす。
「やめろ。読めないだろ」
寄りかかっているフェンスが揺れることで、視線が定まらず文章がうまく読み進められない不快感を、声に乗せる。
「俺の一大告白を無視するからだ!邪魔されたくなかったら、ちゃんと聞いて反応しろ!」
「は?今の使い古された中古発言のどこが一大告白なんだよ」
未だ揺らされ続ける視界に文章を諦め、男の顔に再び目をやる。
「続きがあるんだよ!」
声のボリュームを上げた男が突然しゃがみ、僕と顏が同じ高さになる。尖らせた唇は、可愛さの欠片もない。
「なら、続きをさっさと言え」
一大告白とやらを早急に終わらせることに決めた僕は、男の目を見る。
視線は絡まない。
僕の耳あたりを見ているのであろう男は、ゆるゆると尖らせた唇を開き、ぽそりと呟いた。
「俺、侵略者なんだ」
言葉が足元に落ちた。そう思える程に、脳に浸透しなかった。
落ちた言葉を指でつまんで、誇りを払い、もう一度脳に落とし込もうとしている間にも、男は言葉を続ける。
「お前がいるこの世界から戦争をなくそうと思って来た、宇宙からの侵略者なんだ」
まったく、忙しない男だ。
僕の理解が追いつくまで待てないなんて。僕と付き合いが長い友人とは思えない、忙しなさ。
出会ってから、今日まで変わることのない、この男の性質。
とりあえず、落ちている言葉のすべてを拾い、僕の脳に落とし込む。
「あぁ・・・。まぁ。そりゃ、お疲れ」
僕の言葉を待っている、と言わんばかりの表情で見つめてくる男の肩に手を置く。
いつの間にか、その目はしっかりと僕の視線を捉えていた。
「やっぱり、ダメか・・・」
硬かった表情が、悲しそうな苦笑いへとゆるゆると変わる。
「当たり前だろ。僕がなんの文章を読んで、何をしようとしてたか知ってるだろ」
「知ってる」
「じゃ、そういうことだ」
「そか。そうだよな・・・」
「そうだ」
短い言葉を交わし、僕は手を引いた。
「さよなら」
僕の言葉は届かなかっただろう。
僕の語彙では言い表せないような色の液体を首から撒き散らし、男は目の前で崩れた。
宇宙からの侵略者を排除するための休戦協定。
それを白紙化するために頭をひねらせていた僕に、お前の正体は邪魔以外の何者でもないよ。