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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
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●番外編 アイリッシュ・モルト 3

「ふわぁぁ……」



 ショートブレッドは、かなり独特の味がした。



「これ、なんの香り……」


「キャラウェイです。日本では姫茴香ひめういきょうと呼ばれますね」



 ティラミスの言葉に店主が答えた。



「姫? ういきょう……? なんだか可愛い名前ね。ドライフルーツも半端なく入ってるんですが……なんでこのスパイス?」


「愛の季節に食べる食べ物は、『種』を意識するものでなければ、という考え方がありまして。キャラウェイは、種をスパイスとして使うんです。

 ぶどうもプラムも、種の多い植物と考えられていました。チョコレートのなかった時代、バレンタインには、甘い果物や、甘い香りのスパイスの入ったケーキを食べたんです」


「変わっているけど、美味しい。わりと好きかも」



 そう言って、ティラミスはショートブレッドをかじった。おばばは、とろりとした金色のジャムを添えたパンケーキを食べている。



「なんかでも、チョコレートのなかった時代があったなんて、想像できないなあ」


「そうですか?」


「うん、バレンタインって、チョコレート! って感じじゃない。そういうものだと思ってたから」



 ティラミスも、パンケーキをつついてみた。洋梨のジャムは素朴で、でも上品な甘さだった。



「美味し~」


「まるめろ(※洋梨のこと)も、愛の果物じゃった。甘く煮たコンポートは、それだけで御馳走じゃったのう」



 おばばが言った。



「愛の果物って、りんごって印象があるんだけど」


「そこの店主が言っておったろ。種の多い果物は、みな、愛を実らせるものと見なされたのよ」


「じゃあ、りんごは違うの?」


「いや、りんごもな。愛の果物の一種ではあった。昔の果物は、品種改良なんぞされておらん。種も、それなりにあったからの」



 ふうん、と言ってから、ティラミスは首をかしげた。



「でもどうして、種のある果物が愛の果物だったの?」


「種と言えば愛じゃろ」



 おばばが答え、ティラミスは首をひねった。



「どうして?」


「文化圏が違いますよ、おばばさま」



 店主の言葉に、おばばは、む、とうなった。



「農耕文化の民族の方が、種には思い入れがあるのではないのか? 大河の側で暮らしていた者たちは、みなそのようであったがの」


「元はそうでも、現代の方は、コンクリートの森の合間で、電子のかけらをやり取りしながら生きておいでです」



 店主の言葉に、紅さんのものの言い方って、いつもどこかファンタジーに聞こえるなあ、とティラミスは思った。



「コンクリートの森に電子のかけらって、なんだかすごくファンタジーね。自分が星のかけらを手にしている気分になれそう」



 思わず口を挟むと、店主はちょっと笑った。



「ビルの中でインターネットをしながら、と言うよりは、殺伐としていないでしょう」


「うん、ロマンチック」


「星のかけらか。そのように表現もできるの。では、インターネットは星の世界かの。壮大な事じゃ。星をやり取りする世界か……」



 おばばが、ふふ、と笑った。胸元のブローチに触れる。



「あれが知れば、何と言ったかのう」


「喜ばれたのではありませんか」



 店主の言葉に、おばばはうなずいた。



「そうじゃの。喜んで、それから憤慨したかもしれんの。からだを使ってやり取りができんのは、我慢ならん質じゃったしな。うざったいとか面倒くさいとか、ぶつぶつ言いおったじゃろ」


「意外と肉体派でしたしね」



 店主が相槌を打つ。それから、ティラミスの方に視線を向けた。



「種は、死んだように見えても、そこから新しい命を生み出すでしょう。だから、どの国の文化でも、命を象徴するものだったのですよ。

 日本でも、かつては種の多い果物を尊重していたはずです」


「そうなの?」



 おばばと店主のやり取りに、自分の知らない人物の思い出を語っているらしいと見当をつけたティラミスは、静かにしていた。気にはなったが、おばばにとっては大切な思い出のようだ。彼女が自分から話すつもりにならない限り、詮索するのは失礼だろう。



「ええ、お正月に、鏡餅の上にダイダイを飾るでしょう?」


「ダイダイ……ああ。みかん。置いてるね」


「あれは、種が多いから、乗せていたらしいです」


「えっ、そうなんだ? 今は、みかんとかでも種があると嫌がられるから、種なしのばっかりなのに」



 ティラミスはふうん、とつぶやいた。



「それで、命に関わるから、愛の果物?」


「愛は、命を生み出すと、考えられてもいましたから。死んだように見えても、よみがえる。永遠につながるものだと、そこから。

 他に、」



 店主は少し、いたずらっぽい顔になった。



「果物って、エロチックだと昔の人は思っていたようですよ」


「えっ?」


「ひひひ」



 ティラミスが目を丸くした。おばばが妙な笑い方をした。



「えー……えろちっく?」


「柔らかいでしょう、形が。まるめろなどでも、絶妙なカーブを描いていますね。食べる時でも、熟した果物は柔らかい。

 それが、女性を思わせたみたいですね」


「えっ、えー……、そう?」



 ティラミスは、りんごや洋梨の形を思い浮かべた。女の人の姿……かなあ?



「昔は、胸ばーん、腰ばーん、な女性にょしょうが美しいとされたのよ。子どもをたくさん産めそうな、多産系がのう。

 ぷっくり膨れて、どっしり実る果物はだから、美しい女性と見なされたのよ。

 ドレスも、ずるずるひきずっておったしの? 腰がどっしりしておらねば、布がうまく広がらぬ。シルエットが美しく決まらんのじゃ」


「そうなんだ……」


「今は、外で働く女性が多くなったゆえ、活動的に引き締まった体が良いとされとるがの。しかし、現代日本の女子おなごは痩せ過ぎじゃと思うぞ、わしは」



 おばばは、ティラミスの体を見つめた。ほえ? と妙な返事をしてから、ティラミスは居心地が悪そうに、椅子の上でもぞもぞした。



「いや、あたしは標準ですよ」


「もう少し、太っても良かろうに」


「いやいや、もうこれ以上は! 二の腕とか、足の太さが気になってるのに! たぷんたぷんはイヤですう!」


「たぷんたぷん……」



 ティラミスの言葉に、店主が笑い出した。



「笑い事じゃないんだから! ホントに困ってるんだからあ!」



 思わず抗議の言葉を述べると、すみません、という返事がかえってきた。



「いんなーまっするを鍛えれば良いとか聞いたがの」



 おばばが首をかしげて言った。



「インナーマッスル?」


「なんじゃったか? ぴ、ぴ、」


「ピラティスですか?」



 店主が言うのに、「それじゃ」と答えた。



「ピラティス? えーっと、ヨガみたいな体操だっけ」


「ええ。ヨガでも良かったと思いますが。簡単な体操のようなものをして、日常的に使う筋肉を整える考え方だったと思います。

 体の内側の筋肉も、使わないと衰えますから。外側につけてムキムキになるのではなくて、内側のものを整えて、健康的になる方向のものですね」


「ふーん……それって、たぷんたぷんがなくなるの?」


「全体的に引き締まるはずですし、ダイエットの味方にもなってたはずですよ」


「うわ、それじゃ、やらないと。ネットで探してみよ」



 ちょっとした、おしゃべり。

 温かいお茶は、ほんのりと大人の香り。

 甘い、果物の入ったお菓子。



「こういう時間、やっぱり好きだな」


「突然、なんじゃ」


「うん、お茶を飲みながら、どうでも良いようなことをおしゃべりして、笑っているの、楽しいなって。

お菓子も美味しいしねえ」



 確かに、カカオの香りのお茶には、このお菓子は少し、合わない感じがした。スパイスの香りがどうしても、カカオの香りとケンカしてしまう。

 パンケーキの方は大丈夫だったが。



「わしのオルゾを飲んでみるか?」


「あ、ありがとう。うれしい。あたしのアイリッシュ・モルトも飲んでみて?」



 おばばの言葉に笑って、ティラミスは答えた。



「分け合って飲むのって、なんかうれしいね」



 おばばのお茶は、大きめのマグに入っていた。空になったカップに、おばばが注ごうとするのを、店主が止めた。



「こぼれますよ。ティラミスさんには、新しいのをおいれします。これは鍋で作りましたので。おばばさまには、新しいカップをお出ししますから。ティラミスさん、ポットから注いでください」


「あー、はい。お願いしまーす」



 出された新しいカップに、アイリッシュ・モルトを注ぐ。



「おお、大人風味じゃのう。確かにチョコレートっぽいわ」



 一口飲んで、おばばが言った。ティラミスには、マグカップに注がれた、スパイス入りのオルゾ。



「コーヒーみたいだけど、スパイス入ってて、あまーい。これだったら、スパイス入りのショートブレッドに合うね」



 うんうん、とうなずきながら、飲んでいる。



「決めた! 紅さん。あたし、お茶の葉っぱ、買って帰る!」



 そして、いきなりの宣言。



「よろしいのですか?」


「うん、分け合って同じものを食べたり飲んだりするのって、楽しいよね。お茶の葉っぱがたくさんあって、自分一人じゃ飲みきれないんなら、友だちに分けてあげれば良いんだわ。

 ジッパーつきのビニール袋に小分けして、みゆたんや、わけちゃんや、うとちゃんにプレゼントするわ。紅茶の淹れ方とか、メモをつけて。ふふ。なんだか楽しみ」


「良いのう。友とのティータイムか。まったり楽しめそうじゃの」



 おばばが笑い、何かをごそごそと取り出した。



「では、これをやろう」


「え?」



ずらずらずら。



 小さな袋が連続でつながっている、中に小さなお菓子が入っているそれは。



「なぜ、フエラムネ……」



 さわやかな味のラムネに穴があいている、息を吹き込むとぴーぴー鳴る、あの駄菓子だった。



「楽しかろう? まったりなティータイムで、おまえさんの心の友と、心ゆくまでぴーぴーするが良い」


「いや、この年齢でぴーぴーって……」



 どうしよう。という顔で、ティラミスは駄菓子の袋を受け取った。


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