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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
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●番外編 アイリッシュ・モルト 1

バレンタインの番外編。の予定でしたが、間に合わず。出来上がっている所まで、上げます。

続きは16日以降かな(^_^;)


出している紅茶は、ロンネンフェルト社の「アイリッシュ・モルト」をイメージしています。


「ふわぁ、良い香り~! これなに? なんの紅茶?」



 店に入ったとたん、漂ってきた香りにティラミスは、思わず声をあげていた。



「こんにちは、ティラミスさん」


「紅さん! これって、バレンタインの紅茶? なんか、チョコみたいな、でもちょっと違う大人っぽい香り! フレーバード(香料入り)の紅茶だよね」



 この店ではどちらかと言うと、茶葉そのものの味や香りが尊重されており、香料で香りづけした紅茶はあまり、出てこない。チャイを頼んでも、その場でスパイスを砕いたり挽いたりして混ぜているらしく、香りが尖っているというか、おそろしく新鮮だ。


 最初の内は、市販のものとの違いがわからず、粉にしてあるもので、ぱぱっとやっちゃえば良いじゃない、時間も短縮になるし、とか思っていたのだが。今では挽きたてのスパイスの香りにはまってしまい、自宅でも、安いスパイス挽き(ミル)を買ってしまった。


 スパイスの事は良くわからないのでとりあえず、黒コショウの粒を入れて、ラーメンやふかしたジャガイモに、食べる直前に挽いてかけている。


 たかがコショウ。されどコショウ。挽きたての黒コショウの香りは、安いラーメンやただのジャガイモを、おそろしく美味にした。


 ミルを買う前は、そんなめんどくさいこと、なんでやるんだろうとか思っていたが。今では楽しくごりごり挽いている。わかる人にしかわからないんだけどね! とか言いつつ。



「珍しいよね、このお店でフレーバードのお茶って」


「そうでもないですよ。桜の葉を混ぜたり、スパイスを混ぜた紅茶は出していたでしょう。わたし自身が人工的な香料が苦手なので、どうしても、香りが限定されてしまいますが……。


 これは、ドイツの老舗しにせの紅茶です。あつかう茶葉の種類を増やすことはほとんどせず、決まった種類の定番の紅茶だけを、何年もずっと、お客さまに提供しています。


 試しに淹れてみたんですが……飲んでみますか」


「あたしタイミング良かったのね。うん、飲みたい!」



 ほどなくしてティラミスの前に、ふんわりと甘い香りの紅茶が出された。ミルクもついている。



「ああ~……やっぱり、チョコレートっぽい。でも、まんまチョコレートじゃなくて、大人~な感じ。さりげないって言うのか、自然って言うのか……」



 紅茶にココアを混ぜてみても、こんな味にはならないなあ。とティラミスは思った。



「ね、紅さん。いま、バレンタインでしょう。チョコレートの香りの紅茶って、わりと出てるんだよね。季節物みたいな扱いで。

 前に飲んだ事あるけど、でもなんだか、好きになれなかった。変に甘い香りで……」


「そうですか」


「あれなら、ココアを淹れて飲んだ方が良いんじゃないかなって思ったわ。でもこれは、……なんだろう。大人っぽくてさりげなくて、でも贅沢な感じ。チョコじゃないよね? この香り」


「カカオと、モルトウィスキーの香りをつけているそうです」


「へえ?」



 紅茶にウィスキーの香りづけ。それはなんだかすごい。



「高級なチョコレートに、ワインやブランデーで香りをつける事はあるでしょう? たぶん、その発想からでしょうね。考えついたティーブレンダーの方には脱帽します」


「そっかー。ああ、これ、アルコールの香りがあるから、深みを感じるのか。酔っぱらったりしない?」


「酔うとしたら、気分だけで、ですね。アルコール成分はありません。香りだけですから」



 そっかー。ともう一度言ってから、ティラミスは紅茶を飲んだ。大人っぽいビターな香り。


 香りを吸い込んだら、ちょっとレトロでクラシック、少しロマンチックな物語の、登場人物になったような気がした。



「この紅茶、家でも飲みたい……」


「お分けしましょうか?」


「え、売ってるの? このお店でも」


「ええ、でも、」



 店主は、ちょっと困ったような顔をした。



「袋のサイズが、日本人向けじゃないんですよ」


「たくさん入ってるの?」


「ええ」



 ティラミスは首をかしげた。普通、日本の紅茶屋さんで売られている茶葉は、袋も缶も小さめだ。入っている茶葉も、三十から五十グラム程度。ティーカップで十杯から、十五杯分ぐらいと言われている。


 それでもどうかすると、二、三カ月残っていたりする。日本人の場合、毎日紅茶を飲む人は、まだ少ないからだ。


 けれど、海外の紅茶の缶や、袋と言うと……。



「そう言えば、海外の紅茶って、ワンサイズ大きいのよね。缶とか」



 最小単位が百グラムから、というのが、ざらである。ティーバックも、百個から箱に入れて売っているのが普通。


 某紅茶メーカーの『ポット用ティーバック』(日本で言うなら、『急須用ティーバック』)が、お徳用でも何でもなく、ごく自然に百個、紙の箱に入って売られていたのを見た時は、何事。と思った。あれを海外の人は、個人が、自分用に買って帰る。



「輸入物のお店で見たら、日本で売られているのより大きいからびっくりした。どうしてかなって思ってたけど……」


「あちらの方には、紅茶を飲むのは、日本の方が番茶や玄米茶を飲むのと同じような感覚なんですよ。だから日常使い用に、量が多くなっているんです」


「それだけ普段から飲むんだ……」


「コーヒーの方が手軽だと、紅茶を好まれない方もいますが。好きな方は好きですから。


 どうしてでしょうね。長年、お茶を飲んできた国。そこでお茶が好きだと言う方には、好みを頑固に守る方が多いみたいです。一度これが好きだと決めたら、滅多に浮気をされません。ずっと、自分の決めたお店の茶葉を買い続けます。


 そういう国では作り手も、同じ味を頑固に守り続けますね」


「そうなんだ?」



 うーん、とティラミスは思った。



「あたし、いろんな味や香りの紅茶を飲むの、好きだけど。浮気っぽい風に見えるのかなあ、そしたら」


「それはそれで良いと思いますよ?」



 店主は答えた。



「お茶の楽しみ方は、これしかない、という事はありませんよ。その時、そこにいる人と、楽しい時間を過ごせるのが一番です。


 風邪をひいた時にはジンジャーティー。お腹の具合がおかしい時は、カフェインの低い番茶やほうじ茶。別に、お茶じゃなくてもかまいません。オレンジジュースやりんごジュースでも良いんです。


 お茶の時間というのは、飲む人が、ああ、良かった、ああ、うれしいと。そう思うことが大事なんです。


 誰かと会話を楽しんで。気分を楽にして。ああ、この時間があって良かったなと思う。


 一人で思い出を大切に思い返したり。ほんの少し、心を別の世界に遊ばせる。


 そのために、茶葉を選んだり。ミルクや蜂蜜の種類を変えてみたり。


 それで良いと思いますよ。そういうものです」


「そっか」


「そうです」



 店主の言葉に、ティラミスはちょっと気が楽になった。



「なんか、安心した。味は知らないけど、名前で選んじゃったりすることもあったから……」


「きっかけは、そんなものでしょう。それで気に入ったら、また同じものを買えば良いし。気に入らなかったら、別のを試せば良い。それだけの話ですよ」



 ふふ、と笑ってから、店主は「それで、どうされます?」と尋ねた。



「この茶葉だと、一袋が百グラムからになります。お値段もその分、高めになってしまいますが……」


「あ、そうね。百グラムかあ。それって、どれぐらい?」


「スーパーで売られている、玄米茶とかの袋、あるでしょう。あれ、一袋が二百グラムです。確か」


「あれの半分……だとしても、葉っぱの量、多い……」



 自分一人で飲んでいたら、一年たってもなくならないかもしれない。


 うぬう。と悩むティラミス。


 その時、からんからん、とドアベルの音がした。




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