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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
73/79

やって来た者は。3

 ウィルフレッドの言葉にヴィンドファルは、「ふむ」、と言った。


「われらは様々な名を冠されるもの。吾も例外ではない」

「そうか……いや、そうですか」


 貴族であることを想定して、ていねいな口調を心がける。ヴィンドファルは、当然という顔をして、ウィルフレッドの言葉に鷹揚おうようにうなずいた。


「ああ……なるほど。騎士どのの時代では、言いたくない言葉じゃわな。あの馬鹿げた感じのイメージが広まるのは、いつごろからかのう」


 そこでおばばが、つぶやくように言った。


「馬鹿げていますか?」


 じんの言葉に、まあな、と言う。


「闇がおいやられた時代には、ああいうものでちょうど良いのやも知れぬがな。なんちゅうか、わしからすると、背筋がむずむずする感じじゃわ。なんじゃこりゃー、と言いたくなるような。

 畏れを忘れ、見えぬ目を持つものが増えると、ああなるのかのう」


 遠い目をしている。


「それほど酷いか」


 ヴィンドファルの問いかけに、おばばが答える。


「主は、面白がるやも知れぬがな。布きれ同然の服を着て、耳や尻尾を生やした、あちこちでっぱった娘が、『妖精』と呼ばれておった。

 あれを見た時には、人の欲望のねじまがり具合は果てしがないと思ったわ……」

「それは一度見てみたいものだな」


 珍しそうにヴィンドファルが言い、なぜかじんが、「すみませぇん」と言いながら小さくなった。


「耳と尻尾?」


 ウィルフレッドは首をかしげている。想像できなかったらしい。


「主は、知らんでも良いことじゃ。ところで。二つ名がどうしたのじゃ、騎士どのよ。主も、二つ名ぐらいは持っていよう。その図体では」


 おばばが言う。ウィルフレッドは眉をしかめた。自分で言うのもなんだが、あまり言いたくない。


「あるが。騎士の二つ名というのは、あまり上品なものではなくてな」

「そうなのか?」


 ヴィンドファルの言葉に、ウィルフレッドは答えた。


「ええ。黒髭とか、赤毛とか。姿から取られることもありますが。熊殺しや、殺し屋。時には悪魔の、とか。

 こういう二つ名は大体は、相手を恐れさせるのが目的です」


 ヴィンドファルに視線を向けられるたび、どうにも落ち着かない気分になる。それをこらえ、心を落ち着けるためにも、ていねいにウィルフレッドは説明した。


「面白いな。悪魔か」


 ヴィンドファルが小さく笑う。


「名を聞いただけで恐れられるのであれば、悪事をなすものは、戦わずに逃げてゆく。その名を持つものがいるだけで、その地での悪事をあきらめる。


 怪我人も出ない。悪名はむしろ、誇りです」


 ウィルフレッドの言葉に、じんが「うを~、渋カッコイイ」とつぶやいた。


「できる男の、実感の籠もった一言って感じですね!」


 きらきらした目を向けられ、ウィルフレッドは怯んだ。


「まあ……そういうものだ。だが、そちらの方が、よ、……『善き隣人』の二つ名を持つのは驚いた。ロード、と呼ばれておられたが。いずれかに領地を持つ貴族であられるか」


 こんな貴族は見たことがない。しかしこんなに目立ち、いわくつきの二つ名を持つ者であれば、一度は名を耳にしているはずだ。その思いからの質問だった。


 ヴィンドファルは軽く眉を上げた。


「貴族……ではあるな。領土も持っている」

「いずれの領地かお尋ねしても?」

「答えても良いが、人の子よ。己は名も名乗らず、吾にのみ名乗らせるつもりか」


 この言葉にウィルフレッドは、居住まいを正した。立ち上がると、騎士としての礼を取る。


「失礼を。わたしは、」

「待ちゃれ」


 鋭い声が、そこで割って入る。いらだたしげに腕組みをしたおばばが、とんとん、と床を軽く蹴った。


「丘の。これは迷い客。ここの流儀は知らぬ者じゃ。なにをするつもりじゃった?」


 ヴィンドファルは冷めた目をおばばにそそぐと、口の端を上げた。


「何も。吾はただ、名乗りもせず、吾に名乗らせるつもりかと尋ねたまで。

 それを聞いた人の子がどのような対応をするかまでは、責任が持てぬ」


 おばばが、わずかに目を眇めた。


「あざといの」

「吾は、吾であるゆえな」


 突然の緊迫した気配を漂わせる会話に、何事かとウィルフレッドは二人を見比べた。


「人の子が無礼ゆえ、相応の対応をしたまでだが」

「この店でか」


 おばばの言葉に、なぜか男は表情を消した。かまわずおばばが続ける。


「主は、約定を交わしたはずぞ」

「吾への無礼を見逃せと?」


 どこかうなるような響きで言うヴィンドファルに、おばばは言った。


「これは店主の客。主の良いようにしてよい相手ではない。であろう、紅どの?」


 そこでヴィンドファルは盛大に、しまった、という顔をした。顔を動かし、厨房の方を見る。おばばの視線もまた、そちらに向かっていた。


 ウィルフレッドが彼とおばばの目線をたどると、そこには焼き菓子を盛った器と小さな碗、妙な小物入れらしきものを持ち手のついた盆に乗せた、店主が立っていた。


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